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海に堕ちた太陽 【蒼碧の鎖-4-】  作者: 沖津 奏
第2章 泡沫の末路
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12 招かれざる客

 処刑の日、広場には多くの観衆が集まった。貴族だけではない。民衆も大勢やってきた。その名を世界に響き渡らせたウィリアム=ローランド卿とはどんな顔をしているのか、どんな最期を迎えるのか―――人々の興味関心はそれだった。スペイン海軍は公開処刑を予定したので、大人も子どもも、こぞって集まった。誰もが、これから演劇か何か娯楽を観に行くような雰囲気だ。

 ローランド卿と彼の部下は重い鎖の手錠をかけられ、牢から広場まで歩かされた。人々の視線が突き刺さる。手錠が重い。石も投げられた。ほとんど怒っているかのように嬉々として顔を赤らめている者もいる。自分が情けもかけずに殺したスペイン兵の家族もいる、当然だと思った。ふと、シアーズに公賊になれ、と言った時の事を思い出した。あの時の奴もこんな気持ちだったのだろうか、と思う。だが後悔の感情は無い。

「見ろよ、あれが世界一の国のお偉いさんだってさ!」

「すました面しやがって!こっち向け!」

「え?あいつだろ?白くって女みてえな顔してやがるぜ!」

「なよっちそうな身体だねえ、きっとそれで大将なんて位までよじ登ったんだろうぜ」

「はん、どんだけ偉かろうがただの男娼じゃねえか」

「もったいねえなあ、うちの店で雇ってやるのによ」

「軍人さんばっかり、いいねえ。もう随分使い古しになったんじゃねえの。ちったあ俺らにも愉しませてくれたって罰は当たらねえだろうによ」

 声が突き刺さる。屈辱?まさか。もう傷つくものすら持ち合わせない。耳から入って頭で響いて、また抜けていく。ただの声。音。それだけだ。意味はない。何も必要ない。

 ローランド卿はその言葉を聞いているだけだった。だが、彼の部下は泣いていた。掛ける言葉が見つからず、彼は部下から目を逸らした。

 スペイン軍の処刑班が持っているものを見て、銃殺だと分かった。する事が無いので、ぼうっとして空を見た。青く澄んだ空には、雲が模様のように流れている。色あせたようなイギリスの空とは違う。スペインの太陽は眩しく、青はどこまでも青かった。目を背けた。きれいだ。敵対国の空とはいえ、美しいと思う。だが、それでも色あせたあの空が懐かしくてたまらない。

 ふと部下を見た。そういえばさっきから、牢にふた月も閉じ込められていた割には、体力の衰えを感じない。あの時部下に命令しておいて良かったのか悪かったのか。もうその力を使うことも無いんだ、としみじみ思う。部下には悪いことをしてしまった。だが自分一人の死と引き換えに部下を救っても、部下は彼を助けるか、仇を討とうとしてやはり死ぬだろう。同じことか、と笑った。

 用意が出来たらしい、スペインの将校がローランド卿の腕をとって引きずって行こうとした。それを乱暴に振り払い、自分で歩ける、と睨みつけた。兵は気分を害されたようで、銃床でローランド卿の背中をつついた。ローランド卿がわざと聞こえるように舌打ちした。兵が怒ったようで、乱暴にローランド卿の肩に手を置いて振り向かせた。だが、彼は兵を竜のような冷たく威厳に満ちた目で見据えた。兵が絶句して手をおそるおそる離す。

 そのまま指示された場所まで歩いていく。向かいには捧げ銃をして待機している兵がいる。

 自分に銃口が向けられるとは、と内心驚いていた。苦笑に近い。真っ暗な穴を見つめて、女王陛下、と心で祈るように呟く。心の支えになるというのは、気のせいだろうか。いや、気のせいだな。祈ったって助からない。このまま地獄へ引っ張られるのだろう。天国よりましか。快楽と平和に溺れるだけの世界なら、憎悪と悲しみのこだまする地獄の方がいい。自分でも驚くほど冷静だ。いや、もう狂ってしまって何が冷静なのかも分かってないのかも。

 その時、群衆の後ろの方から悲鳴が上がった。

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