10 一本道
「馬鹿なことを言うな、最初に言ったはずだ。港を出た時から、私はお前達と運命を共にする覚悟だ。我らが女王陛下のために、お前達と死ねるなら、本望なんだ。それに、まだ死ぬと決まったわけではない」
兵士たちの目に、小さな希望の光が差した。そして、兵士に体力を落とさないよう念を押した。かすかな希望、それでいい。だが、本当にここから生きて出られるのだろうか……。もし出られた時が最期の時なら、どうしようか……。
その日からちょうどふた月後、カニバーリェス卿は部下を一人も連れず、青空の下を歩いていた。海から吹く風が、心地よい潮の香りだ。清潔な軍服の裾をはためかせている。
明るい光が差し込む中、白い石造りの階段を牢獄へと降りて行く。牢獄は地下にあるわけではないが、それでも陽の当らない暗いところにある。明るさが無くなっていく。カニバーリェス卿は途中で立ち止まり、階段の入り口を振り返った。眩しい光が漏れている。再び進む先に目を戻すと、薄暗さに慣れるのに一呼吸ほどの時間が必要だった。ちっと軽く舌打ちし、また右足を踏み出した。
牢では、捕えたイギリス海軍が魂の抜けたように座り込んでいた。当然と言えば当然だ。何も情報はないし、多くの人間が詰め込まれた中で、ただ生きるだけだ。衛兵の話では、数人が発狂してしまったらしい。そいつらは隔離して医者に見せたが、精神に異常をきたして、遂には自殺した者もいると聞く。
ローランド卿を見ると、疲れ切った表情でうつむいていた。そして、無意識なのか額の右側の古傷を指でなぞっている。自分から切った髪もだいぶ伸びていた。牢に入れる前と比べると痩せていた。もともと男にしては華奢な体つきだったが、ますます細く見える。陽に当たらないせいで肌が白くなっている。男だと分かっていてすら綺麗だと思う。これがもし女なら、どんなにか同情を誘うだろう。
「ふた月経ったな……本国からは何もなしか」
「驚いた。日数を覚えていたのか」
「ああ、ここではやることがないんでね」
どうやって正気を保っているのか。カニバーリェス卿には不思議でならなかった。普通の人間なら、あの発狂してしまったという数人のようになるのが当然だろう。その上日数まで正確に数えていたとは。
「予定どおり、明後日の正午から処刑を始める。それまでに皆で最後の別れでもして、神によく祈っておくんだな」
カニバーリェス卿はそれだけ言うと、去って行った。彼の去っていく方からは光が見える。ローランド卿は思わず鉄格子を握り、その背を目で追った。
いよいよ部下の絶望が深まってきた。もう逃げられない。




