01 直線上の運命
「不吉な空だな」
セイレーンが出るといわれる海域で、艦隊を率いたウィリアム・ローランド卿が呟いた。イギリス海軍大将の制服に身を包んでいる。象牙色の肌に黒い瞳。同じ黒の長髪は、紺色のリボンで一つに束ねられ、潮風になびいている。大人しげな整った顔立ちは、まるで女性のようだ。
どこからともなく不思議な歌声が響くのは、海の魔物であるセイレーンが歌うからだろう。
空は夕日の色に染まっていたが、異様な程紅かった。そして闇が迫るせいで、雲は空の破れ目のように暗かった。雲はさほど大きくもなく、数もほとんど無いが、隙間から垂れ幕のように洩れる光が美しい。空は紅と黒の二色に不気味に光っていた。
その空を睨むように見た後、彼はふと笑った。
「まるで軍服に滴る血のようではないか」
自嘲気味に呟いた。だが彼の部下は一人としてそれに気付かず、立ちこめ始めた霧に皆、顔をしかめていた。この海域を抜ければ、緊張はもっと高まるだろう。ローランド卿は部下を全員甲板に集めた。
「この度の戦、私は港を出た時から、お前達と結婚したつもりでいる。お前達が死ぬ覚悟で私について来てくれるならば、私は命をかけてお前達と運命を共にする。共に我が女王陛下の栄誉ある軍として誇り高く戦おう」
兵士たちの間に、安堵のような雰囲気が漂い、誰もが無言ではあったが、ある種の喜びを感じていた。
そしてその間にも、ますます霧が深くなっていった。
同じ頃、スペインにほど近い場所にも艦隊がいた。空は日暮れが近づいているものの、太陽は黄金の鏡のように光り、極彩色の雲がそれを取り巻いていた。画家の描く楽園のような光景だ。
船の上には一人の指揮官がいた。彼は目を眩しさに目を細めている。
「我々の勝利を暗示しているようではないか、え?……天すら未来は分かりきっているとでも言いたげだな」
カニバーリェス卿は誇らしげな顔をして、水平線を見つめた。ウェーブした明るい茶長髪を、耳にかけた。最近海軍大将に昇進し、そのせいで軍服はまだ新しい。胸には誇らしげに勲章が飾ってある。
ウィリアム・ローランド。異国の友人であり、幼い頃から競り合ってきた。そして、同時に非常に妬ましい存在。長年敵視してきた相手をこの手で仕留めるチャンスだと思うと、年甲斐もなく子どもに戻ったような興奮が襲ってきた。ふと上を見上げると、掲げた帆が潮風を吸い込んでこれ以上ない程膨らんでいる。
「ローランド……待っていろ、この手で貴様の首を刈ってやる。必ず、だ」
そして、兵士の方に向きなおって朗々と言った。
「お前達に、勝利という名の美酒に酔いしれる権利か、名誉という名の血にまみれて死ぬ権利を与えよう」
兵士たちの頬が紅潮し、綱を握る手に力が入った。兵士たちは指揮官と同じように、太陽の眩しさに目を細めていた。