流れ星の行方
流れ星の行方 銀神月美
『【拡散希望】今夜の流星群があと五分後に衝突して、人類は滅亡します。ソースはNASAに勤めてる友人。取り敢えず、僕はみんなが天国に逝けるよう祈る。』
†††††
一組のカップルが夜空の下で愛を語らっていた。本来ならば、今空を翔ける流星群を背景に、彼らの愛を謳歌するはずであった。けれども、ついさっき人類滅亡の情報を見て、この夜は一変してしまった。
最初はデマだと思ったが、この情報が広く拡散していることを目の当たりにして、真実なのだと確信した。とはいえ、慌てるでもなく、二人はいつものようにお互いの愛を確かめ合っていた。
「ねぇ、本当に死んじゃうのかしら?」
「さぁ、どうだろう。残念だけど、僕には分からない。でも、一つ確かなことがある。たとえ死んでしまったとしても、僕の愛は変わらないってことさ」
「何言ってるの? 『僕』じゃなくて『僕ら』でしょ? それじゃまるで私があなたを愛していないみたいじゃないの。そんなのひどいわ」
「そうだね、ごめんごめん」
二人の時間は穏やかで、とても人類滅亡の直前とは思えないものだった。
空の彼方で光の尾を引く星々。でも、それは二人の未来を奪う悪魔だった。あと数分で人類は滅亡する。当然、二人も死にゆく運命だ。
「愛しているよ」
「私もよ」
唇を重ね、二人は永遠の愛を誓った。
†††††
正直、がっかりした。世界は最期の最期まで私のことを愚弄するのかと思った。
ビルの屋上で静かに携帯電話を閉じた。眼下に広がるのは、眩い光に包まれた都市。貪欲なそれは醜態を晒しながら、発展という欲望を更に追求している。
これから私は飛び降りる。
もう、嫌気が差した。自分を悉く否定され、奴隷のように、いや機械人形のように振る舞わなければならなかった人生。友人も恋人もいない。両親ですら、私が間違っていると言った。私に味方なんていなかった。
ずっと我慢してきた私が今日という日になって抵抗を試みる。最初で最後の抵抗。でも、こんな抵抗が今まで私を蔑んできた連中に何の影響も及ぼさないことを私は知っている。寧ろ厄介者がいなくなったと、諸手を挙げて喜ぶかもしれない。
だからといって、これまでの生活を続けていく気にはならない。もう、限界だ……。
金メッキを施した汚物を見下ろして、ふと汚物の中に住まう連中は今何を考えているのか気になった。理由は分からない。強いて言うなら、連中が如何に卑しいか無性に確認したくなった。そうしたら、小惑星が地球に衝突して人類が滅亡する話題で持ち切り。
私は歓喜した。到頭この時がやって来たのだ。私を嘲り、謗り続けてきた罰が咎められたのだ。
しかし、それがすぐにデマだということを確信する。こんな情報源の不確かなものは嘘に決まっている。それに空を見ても、星が接近しているように見えない。
自分の最期とこの世界の最期が同じだなんて、そんな都合の良いことがある訳なかった。
大きく深呼吸する。
兎に角、人類が滅亡しようがしまいが、私には関係ない。どちらにせよ私は死ぬから。
そして自由への一歩を踏み出した。
†††††
焦っていた。何度電話を掛けても繋がらない。一体どうなっているんだっ!。
思わず受話器を叩きつける。
先程、小惑星群に関する情報が入ってきた。最初は国内を混乱させる工作活動かと考えた。しかし、情報を収集している内にこれが真実だと判明した。そして今、国防総省へ連絡を取ったところだ。
私が入手した情報に拠れば、あと五分後には小惑星が衝突して、人類が滅亡する。そんな危機をあそこが知らない訳がない。当然、大統領を始め政府の用心がシェルターに避難するはずだ。それなのに、どうしてこの私には何の連絡もないのだ。大統領を補佐し続け、国を動かしてきたこの私に!!
天板を割る勢いで拳を振り下ろす。もはや痛みなど感じなかった。それよりも時間の方が気になった。
もうすぐタイムリミットの五分になる。今から避難しようとしても無駄だ。この部屋を出る前に衝突するだろう。そもそも、人類を滅亡するだけの破壊力があるのなら、何処へ逃げても無意味な気がする。
あと三十秒。
ここまで上り詰めるのに、半世紀も費やしてしまった。勿論、それ以上の価値があった。政府に取り入り議会を牛耳って、私はこの国を動かしてきた。あらゆる権力を握ったというのに、まさか小惑星ごときに潰されるとは思ってもみなかった。
「……ふっ、ふはははははははは」
突然、笑いが込み上げてきた。
ある意味私らしい最期かもしれない。いいだろう、全てを受け入れよう。その代わりただでは済まない。
不敵な笑みを浮かべて、深く椅子に腰掛けた。
†††††
友人から送ってもらったネタに僕は大満足だった。
今夜の流星群に際して、隕石衝突ネタは早いうちから広まっていた。当然それがデマだってみんな思っていたけれど、中には信じてしまう人もいた。だから、NASAは「地球に衝突しない」と正式に発表した。その後、デマは鎮静化して、みんな星にどんなお願い事をするのか考え始めていた。
僕もその例に漏れず、願い事を考えていた。そんな時、NASAに勤務する友人から連絡があった。
『今夜の流れ星が地球に衝突する軌道に入った。もう何も出来ない。人類は消滅しちゃう』
この文面を見た時、僕は驚いた。だって、友人はNASAの職員だ。彼女がそんなことを言うのだから、本当のことだと信じそうになった。
でも、すぐにNASAからの発表を思い出した。僕は笑った。これは友人からのジョークだ。全く、友人も悪い奴だ。自分の立場を利用して、こんな派手な嘘を吐くなんて。そもそも、衝突までの時間があと五分ちょっとだし、人類が消滅するほどの小惑星を見逃すはずがない。とっくに対処しているに決まっている。
こんな毒のあるジョークは久し振りだった。だから、世界のみんなに知ってもらいたくて、僕は呟いた。あと五分で人類が滅亡するってね。
†††††
もう、手遅れだということは分かっていた。でも、科学者としての使命感が私を動かした。
研究所の窓から空を翔ける星々が見える。ここからだと、なんらいつもの流れ星のように見える。けれども、あの星々は人類を滅亡させてしまう。
果たして彼はちゃんとメッセージを受け取っただろうか。メールを送った直後、不安に苛まれた。彼のことだから、冗談だと決め付けてしまったかもしれない。
今、研究所の中は先程とは打って変わって静かだ。私一人だけしかいない気がしてくる。
窓の外を眺めて、深く息を吐く。
もう私達に出来ることはない。何をしようとも隕石の衝突は回避できない。
無気力感が支配する。一体私は今まで何をやってきたのかと、呵責の念に打ちのめされる。科学は人類の発展だけではなくて、命を守る為にも存在する。それなのに、今回の終末を想定することが出来なかった。
あと数十秒で全てが終わる。生き残れる人類はいないはずだ。当然、私の人生もここで終わる。
どうして同僚達は私の言葉を一蹴したのだろうか。私には理解出来ない。あのデータを解析すれば、必然的に地球へ衝突する軌道になる。にも拘らず、彼等はそんなことはないと私の言葉を聞かなかった。
だからといって、彼等を責める気にはなれない。私は彼等と対立してでも、この危機を主張しなかった。それは、結局彼等と同じだ。
色々と考えても、人類は死滅する。今私に出来ることは、神様に祈るくらいのこと。
星々はなおも天空を翔けている。
どの人の発言が本当のことなのでしょうか。もしかしたら全部が本当?それとも全部が嘘?取り敢えず、内定が欲しいと願いたいです。