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UBASUTEYAMA

掲載日:2026/05/26

【UBASUTEYAMA】は、その名の通り山の頂にあるリゾート施設である。完全会員制で、会員条件は七十五歳以上であること。入会金に一億円と年間使用料が一千万がかかり、そして一度入会したら最後、死ぬまで出ることは許されない。


 そんな莫大な費用と半ば監禁状態にされるというのに、リゾート【UBASUTEYAMA】はオープンしてからというもの、入会希望者があとを絶たなかった。基本的に例外は認められなかったが、ときどき金持ちらしく金にものを言わせて、七十五歳になるのが待ちきれず入会金を勝手に上積みして年齢を偽装してくる者や、抽選から漏れないよう頼まれてもいないのに寄付金を出す者もいたりするくらいの人気っぷりだった。


「生前最後に欲望の坩堝へ」というキャッチフレーズのもと、リゾート 【UBASUTE YAMA】では現世で味わうことができる欲望のほとんどを体験することができた。暴飲暴食はもちろんギャンブルにセックス、それに会員が望むのであれば世間じゃ許されないようなことも叶えられるともっぱらの噂だったが、そこに関しては公の情報には記されていない。ただとにかく人生の最後に思い残すことがないよう、会員は【UBASUTEYAMA】で神の如く扱われ、そしてその生涯を終えることができた。


 それはまさに人間が求めるであろう最高の死までの過程のはずだったが、沖村泰造はそんな施設での生活をよくは思っていなかった。日々目にする会員たちの怠惰な生活を心から嫌悪していたからだ。


 というのも、彼は望んで 【UBASUTEYAMA】の会員になったわけではなかった。 彼の息子が長年仕事一筋でやってきた父を労うつもりで、七十五歳の誕生日プレゼントに 【UBASUTEYAMA】の会員証を贈ったのだ。社長の席こそ息子に譲りはしていたものの、自分はまだ会長職として現役で働く気でいた泰造にとって、それはある種の死刑宣告と同じだったが、父親として息子の好意を無碍にするわけにもいかなかったから、老兵は黙って退くのがあるべき姿なのだと自分に言い聞かせて入会したのだった。


 しかしいくら運命を受け入れたつもりでも【UBASUTEYAMA】での生活は、それまで真面目一筋で生きてきた泰造には到底馴染めるものではなく、この世の最後の楽園で残された余生を謳歌する会員たちをよそに、彼は頑なまでにそこでの生活を拒否し続けた。現役だったころと変わらず日の出とともに目を覚まして、日課のラジオ体操とウォーキングを欠かさずこなし、食事も極力質素なものを選び、空いた時間はすべて読書に費やして、午後九時にはベッドに入った。本当は寝酒に一、二杯引っ掛けたい気持ちをグッと堪えて。


「それじゃまるで修行僧じゃない」花枝はクスクスと笑いながら言った。「せっかくの残された余生なのに、もったいない」


「でもそれが私の生き方なんだよ」泰造は照れくさそうに笑い返した。「修行僧みたいだろうともったいなかろうと、そうやって生きてきたからこそ、私はここまでやってこれたんだから。今更変えようにも変えられないさ」


「それなら無駄に金なんて払わないで、下界で過ごしてればよかったのに」


「息子に引導を渡された以上、それを拒むのは父親として無粋だと思ったんだよ。私にしてみれば生き地獄でも、せっかく息子が用意してくれた花道にケチをつけるようなことは父親としてしたくなかったんだ」


 泰造はそう言ってウィスキーのストレートを勢いよく煽った。すでに時刻は午前零時を回っていて、いつもならとっくに夢の中だったが、まだ眠くはなかった。酔ってはいたけど、気分も悪くなかった。そんな感覚になったのは【UBASUTEYAMA】に来て初めてのことだった。


【UBASUTEYAMA】に来て一か月が過ぎたある夜、いつもの時間にベッドに入った泰造だったが、どうにも寝つけなくて、そこで初めて夜の【UBASUTEYAMA】を探索してみることにした。律儀に髭を剃り、寝間着からスーツに着替えて。いくら隠居の身とはいえ、身だしなみを疎かにして外出することは泰造にはできなかった。


 夜の【UBASUTEYAMA】は山の頂にあるせいか、少し霧がかっていたが、それでも多くの老人で賑わっていた。棺桶に片足を突っ込んだジジイとババアが、寝間着同然の格好ではっちゃけている姿は見るに堪えなかったが、だんだんそれも見慣れてくると気にならなくなっていた。


 そんな矢先のことだった、泰造がその店を見つけたのは。


 路地裏の先にぼんやりと浮かぶ淡い褐色の灯り。その灯りに照らされた飾り気のない木の扉は開いていて、中を覗くと階段が薄暗い地下へと続いている。そこからではどこまでその階段が続いているのかはわからない。ただそういった不安とは裏返しに、下りてみたいと好奇心をくすぐるだけの雰囲気がそこにはあった。


 気がつくと吸い寄せられるように路地裏を進んでいた泰造は店のまえに立ち、どこか見覚えのあるその佇まいを眺めながら、ふとそこがかつて自分が通っていたバーにそっくりなことに気がついた。働き盛りだった四十代のころ、仕事終わりに毎日足を運んでいた行きつけの店。もう何十年も顔を出していなかったが、当時と変わらない店の雰囲気をまえにだんだんと当時の記憶が甦ってきて、泰造は居ても立っても居られなくなってその敷居を跨ぎ、階段を下りていった。あのころの記憶を一つ一つ手繰り寄せるようにゆっくりと一段、また一段と。


 おかげで階段を下りきって店内に足を踏み入れたときには、すっかり泰造は過去に浸りきっていた。姿は年老いたジジイでも、中身は当時の精気みなぎる男になりきっていて、 目のまえにむかしと変わらぬ様子の花枝が現れても、当時の思いがこみ上げてきて驚きもしなかった。


 その日を境に泰造は毎晩その店に足を運ぶようになった。店はいつ行っても他に客の姿はなく、マスターと花枝そして泰造だけだったから、心置きなく酔いに任せて昔話に花を咲かせた。そうなるととうぜん帰宅時間は遅くなり、それまでの生活を保つことは難しくなった。明け方に床につき、早くても昼過ぎに目を覚ますようになって、日課だった運動はもちろん食生活も乱れ始め、空いた時間があっても二日酔いで読書なんてする気にはなれなかった。それ以前に頭の中は花枝のことでいっぱいだったから、そもそも他のことになど興味ももてなかったが。泰造が考えることといったら、どうやって花枝をものにできるか。ただそれだけだった。


  悶々とした思いを抱えながら、時間だけは無情なほどにただ過ぎていった。その間に泰造の生活はあれだけ嫌悪していた怠惰な生活そのものになっていて、あれだけ気を使っていて身だしなみもまるで気にしなくなり、中身はいつでも臨戦態勢が整った若者気取りでも、その姿は棺桶に片足を突っ込んだジジイのなれの果てだった。慢性的な睡眠不足と日々の飲酒で肉体はいつ朽ちてもおかしくない状態だったが、当の本人はそんなこと知る由もなかった。


 そして【UBASUTEYAMA】に来て一年が過ぎたある日、沖村泰造は亡くなった。 死因は急性心不全による窒息死。ようやく成就した花枝との行為の最中での出来事で、最後まで達することなく息を引き取ったが、その死に顔は満足げで一点の曇りもない晴れやかなものだった。


「こんな嬉しそうな顔しちゃって」泰造の息子はそんな父の死に顔をまえに言った。「よほどここでの生活が楽しかったんですね」


「最初は戸惑っていましたけど」職員は言った。「でも最後にはちゃんと 【UBASUTE

YAMA】の会員らしく、残された余生を満喫していました」


「でも本当に契約通り一年で亡くなるとは思っていませんでしたよ」


「お客様に余計な負担をかけないのが当社のモットーなので」


「いったいどんなマジックを使ってるんです?」


「種も仕掛けもありませんよ」職員は真っ直ぐに見つめる息子の視線に笑いかけた。「私たちはただみなさんの欲望を満たしてあげるだけ・・・・ただそれだけです」


息子はしばし疑いの目を職員に投げかけていたけど、「まあ、べつになんでもいいんだけど」とつられるように笑みを浮かべた。


「俺としちゃ親父をお払い箱にするため金を払っただけだからさ。あんたたちがどんな手を使おうが、興味なんてないね」


そう言い残して息子は帰っていった。「連れて帰ろうにも、もう墓じまいも済ましちゃったから」と悪びれる様子もなく、父親の遺体はそのまま【UBASUTEYAMA】に捨てて。そこまで料金に含まれているとはいえ、自分も人の親である職員にしてみれば、明日は我が身と戦々恐々とした思いに一瞬駆られもしたが、これも仕事のうちと自分に言い聞かせて泰造の遺体を火葬場に運んでいった。

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