Episode.18 エルフと食事をします
――なんだこれは?
どうしてこうなった!?
「リュウさん、こちらがソルグラーレ王女のフリーディア様です」
約束の食事会に来てみたら何故かそこに王女がいた件。
おのれエレノア嬢、謀りやがったな。
「先日は御挨拶も出来ず大変失礼しました。改めまして、フリーディア・フォルグラーレと申します。リュウさんの事はエレノアから色々と伺っております。今日お会いできるのを心待ちにしておりました。どうぞよろしくお願いします」
王女だというのに、なんなんだこの腰の低さは。
こんなくたびれたただのオッサン(中身は虫)に対して、そうそう出来ることではないぞ。
「ほら、リュウさん!」
エレノア嬢に肩を叩かれてハッと我に返った。
リアル王女に畏れ多くも口をきけというのか、このエルフは。
王妃に化けてたンダーベナとはわけが違うんだぞ。
『それなら王女もンダーベナだと思って接してはどうですか?』
できるかッ!!!!
「あ、えーと、事情がよくわかりませんが、リュウです。ただの民間人です」
この世界の作法については調べていなかったので、一応軽く礼をする。
「もう、リュウさんったら。もっとちゃんと御挨拶してください!」
知らねーよ。
ちゃんとってなんだよ。
こんな騙し討ちみたいなこと仕組んだ張本人がなに言ってんだ。
「いいのよエレノア。私が無理を言ったんですもの。リュウさんに申し訳ないわ」
無理だとわかってるなら思い留まってくれたら良かったものを。
「フリーディア様がそう仰るなら構わないけど」
ってこっちを恨めしそうな目で見るな。
「それより皆さん、席に着きましょう。せっかくのお食事ですもの。冷めないうちにいただきましょう」
地獄の食事会が始まった――。
* * * * *
「リュウさんはもしや、どこかお加減でも悪いのですか?」
「そうよ、さっきからちっとも食べてないじゃない。せっかくフリーディア様が行きつけのレストランに御招待くださったのに」
勝手に招待しておいて恩着せがましい事を言うな。
オレは食えねーんだよ。
「生憎と好き嫌いが激しいもんで。どうもすみません」
一応そういう事にしておく。
「リュウさんは何かお好きな食べ物などはございますか?」
「はい、あります。稲です。マイマイではなく、そのまんまの稲」
どうだ。
正直に答えてやったぞ。
「ちょっとリュウさん、ヘンな冗談言わないでよ」
「稲ならきっとここにもありますわ」
王女が手を二回叩くと給仕係がやってきて王女が耳打ち。
まさかと思ったら案の定。
カップ麺の待ち時間より早く持ってきやがったよ、稲を!
しかも御大層な大皿の上に山盛りにして。
「さぁ、召し上がってください」
満面の笑みの王女。
こえーよ、なんだこの女。
食えるもんなら食ってみろってか?
『御主人様、どうするつもりですか?』
聞くな。
ってかもっと早くアドバイスしてくれりゃ、こんな事になってねぇだろ。
ええい、もうどうにでもなれ!
「わざわざオレなんかのためにすみませんね。んじゃま、いただきます」
必殺! セルフ脱穀食い!
ズァァッ……。
――ん?
恐ろしいまでの緊張感を伴う静寂。
そしてオレは己の過ちに気付いた。
今は人間形態なのだった。
セルフ脱穀食いは怪人形態専用だった。
オレは盛大に稲をまき散らしながら半分以上辺り一面にブチまけてしまったのだ。
口の中に残った稲を幾らもしゃもしゃやっても、なかなか擂り潰せない。
静寂に響くエンドレス咀嚼音。
極めて行儀の悪い、汚いオッサンが今ここに爆誕!
「ちょっとリュウさん……」
エレノア嬢がドン引きしている。
王女に至っては苦虫を噛み潰したような表情で眉間に大きな皺。
眼光の鋭さがいちいち突き刺さってきて痛い。
『御主人様、やってしまいましたね』
お前、さては面白がってるな。
『私にそのような嗜好はありません』
嘘吐け。
いや、今はオズとくだらんやり合いをしている場合じゃない。
とりあえずこの場を取り繕わなければ。
「もごもごむがもがんごまごむごごご」
――言葉にならなかった。
その上、口を開いた事でまたしても稲を大量に溢してしまった。
「ちょっと!」
エレノア嬢が大きな声を出して席を立った。
うん、我ながら弁明しようがない。
あいすまぬ。
そしてオレは小一時間説教を食らう羽目になった。
* * * * *
「それで、王女様がいったいオレに何の用ですか?」
デザートと紅茶の時間になってもまだ呑気に雑談をしているのにしびれを切らしたオレは、自ら直接口火を切ることにした。
「あ、はい。そうでしたね、申し訳ありません。楽しくてつい本題が後回しになってしまいました。実はリュウさんが母とどういうお知り合いなのかお尋ねしたかったのです」
ははーん、そういう事だったか。
なるほど。
穏やかな物言いだが目が笑ってないぜ。
「いや、知り合いっていうか、なんというか」
これは困った。
そもそもあの時、この王女が一緒にいたのが完全に想定外だったのだ。
エレノア嬢のせいだとも言えるが、エレノア嬢がいなければ門を通れなかったのだから文句を言える筋合いではない。
『御主人様、ここは慎重に』
わかってるっつーの。
「以前ちょっとした縁でご挨拶させていただいただけです。本当に」
自分で言いながら無理があるな、と思ってしまった。
「それは具体的にはどのような?」
ぐいぐい来るねぇ。
まぁ今の説明で納得するぐらいならわざわざ呼び出さねーよな。
どうしたものか。
『ちょっとその辺は王妃様との約束で口外出来ないんだ。すまない』
これでどうだ。
「そうですか。わかりました。では質問を変えましょう」
ん?
なんか急に雰囲気が変わったんだが。
「母は――いえ、あの王妃はいったい誰なのですか?」
は!?
まさかのバレてーら。
ンダーベナの野郎、下手こきやがったな。
「誰? とはどういう意味ですか?」
「とぼけなくて結構です。私にはわかります。あの者が実の母でないことくらい」
あちゃー、これは詰んだな。
怪しい偽物と仲良しの怪しいオッサン。
その尋問のためのセッティングだったってわけだ。
『この王女はなかなかやり手ですね』
関心してる場合じゃねぇだろ。
なにかうまい言い訳はないのか。
「リュウさん、ちゃんと答えて」
エレノア嬢も知っててオレをここに連れてきたのか?
そんな素振り全くなかったぞ。
「それを知ってどうするつもりだ」
とぼけても無駄なのはわかったが、だからといって全部しゃべるわけにもいかない。
考えろ、考えるんだ、オレ!
2%をフル稼働させろ!
「まず真実を確かめたいのです。お願いします、リュウさん。あなたは悪い人ではないとエレノアから聞いていたので、こうしてお伺いしているのです」
「じゃあまずそこから訂正だ。オレは悪い人だ。いや、人ですらない」
「リュウさん、何を言ってるの!?」
さすがのエレノア嬢もオレの正気を疑ったかもしれない。
王女は――表情ひとつ変えていなかった、マジか。
「人でないとはどういう意味でしょうか」
「言葉通りだ。なんなら見るか?」
『御主人様、それは――』
うるさい。
もうこうなったら全部ぶちまけてやる。
あ――。
すっかり冷静になってしまった。
畜生、またやられた。
『さすがにあの状態は捨て置けません』
だよね、うんわかるよ。
今回はさすがにくるかなーと内心思ってたよw
「見る、というのは?」
あ、話まだ続いてるんだ?
そりゃそうだよな。
「これだ!」
オレはありったけの金をテーブルの上にぶちまけた。
「これは?」
それでもまだ冷静な王女。
「オレが盗んだ金だ。ここに来るまでオレはほぼ無一文だったんだ。だからこの金は全部この町の貴族の家から盗んだもんだ。どうだ! これでオレが悪人だってわかったろ?」
「本当なの!?」
驚きと怒りと疑念の表情のエレノア嬢。
うん、少し黙っててくれないか。
「わかりました。リュウさんの事についてはもう結構です。王妃の正体について教えてください」
!!??
マジか、この王女どんだけ肚座ってんだよ。
全然こっちの思惑に乗ってきてくれないんだが。
『一国の王女たるもの、これくらいの器量は当然なのかもしれませんね』
お前まで関心してんじゃねーよ。
「王女様には不本意かもしれねーが、知らない方がいいってことも世の中にはあると思うぜ」
ちょっとアプローチを変えてみる。
「私にこれからもあの偽物と一緒に生活しろと仰るのですか」
「いやなら城を出ればいいじゃないか」
「そうは参りません。私が出ていったらこの町は、ノプスバイツはどうなるのです!」
「そっちは案外とうまくいくと思うぜ。もう少し様子を見たらどうだ?」
ンダーベナも任務だけはちゃんとやってくれるはずだ。
この町がどうなるかまでは詳しく聞いてないが。
「デルバーザ帝国とウォルフリード公国が魔王軍に滅ぼされた今、国家の一大事なのです。それをあのような者に任せるわけには参りません」
あー、それは大変申し訳ない。
王女にも、濡れ衣の魔王にも。
あ、でも帝国を燃やす時、四天王もいたからまんざら間違いでもないか。
「魔王軍のことなら心配するな。当分なにもないはずだ」
ンダーベナがここで仕事をしている限りは。
「どうしてあなたにそんな事がわかるのですか?」
「オレは予言者なんだ。未来が見えるんだ」
『御主人様、また大風呂敷を広げましたね』
だから事前にアドバイスしろよ!
いっつも言った後にチャチャ入れやがって。
「予言者? リュウさんが?」
エレノア嬢は以下略。
『リュウよ』
「のわぁぁぁぁっ!!」
「どうしたの? リュウさん!」
「突然どうなさったのですか?」
このタイミングで魔王通信とかやめてくれ!
「なんでもない。ちょっと静かにしてくれ」
『もしや取り込み中だったか。すまぬな』
「そうだよ、毎度いきなりすぎるんだよ」
「リュウさん?」
あ、しまった。
「ちょっと申し訳ないが、用を足しに行って来る」
『ナイスです、御主人様』
うるさい。
足早にその場を離れて食卓のある部屋を出る。
「なんだよ、なにがあったんだ?」
『実は困った事になった』
魔王が?
ウソだろ。
「オレと何の関係があるんだよ」
『あると言えばある』
「あああ、もういいから早く話せ」
「アグナスとズールが血迷ったようだ」
「ちまよ……いや、なんでその二人が」
ちょっと意味がわからんし、その二人の組み合わせも謎だ。
ってかズールとか半分忘れかけてたんだが。
「我にもわからぬ。リュウよ、お主が行って話を聞いてやってくれぬか」
いやいやいや。
「行くってどこに? ってか話聞いてどうすんだよ。そもそもアイツらがオレの話なんか聞くと思うか?」
「やってみなければわからぬではないか」
「自分でやれよそんなもん」
「これでも長年苦楽を共にした部下なのでな。こんな事になって我も心中穏やかではないのだ。第三者のお主の方が適任であろう」
意外と繊細なのか、魔王。
それともまた何かの試験じゃねーだろうな。
どうにも胡散臭い。
『可能性はあります』
チッ、だよな。
「その二人はどこにいるんだよ」
なんだかもうやらされる方向になってきているのが自分でもムカつく。
「ズールはクルック、アグナスはミレニクスに向かったようだ」
「は!? なんだよそれふざけんな!」
ミレニクスはオレのもんだっつーの。
「頼むリュウ。二人を止めてくれ」
「殺してもいいのか」
ズールはともかくアグナスだけは許さん!
「いや、殺さずに止めてくれ」
「はぁ!? 虫が良すぎるだろ」
そもそも死んだとしても、魔王が生き返らせればいいだけだろうが。
意味がわからん。
あ、もしかしてやっぱ使用回数制限でもあるのか?
「頼む、リュウ」
「知るかっ!」
タンカをきったものの、オレの心は決まっていた。
まぁ一応、努力だけはしてみるよ。
期待すんな。
そしてオレは指輪に触れた。
初めてこっちから切ってやったぜ。
ハハハ。
* * * * *
「悪いが急用が出来た。失礼する」
戻るなりそれだけ言うと、オレはUターンして外に出ようとする。
「待って! 何があったのリュウさん」
エレノア嬢に袖を掴まれた。
めっちゃ素早かった。
そういやSランクパーティの冒険者だったっけ。
「クルックとミレニクスに魔王軍の四天王が現れたらしい。すぐに行かないと」
ざっくり説明する。
『ざっくり過ぎますね』
面白がるな。
「そのような知らせはまだ届いていないはずです。どうしてわかるのですか?」
王女も食い下がるか。
「エレノア嬢、クルックの方へ行ってもらえるか? 足止めだけでいい」
オレがミレニクスから戻るまで、という意味だが伝わるか?
ただ、正直ミレニクス以外がどうなろうと関係ないという気分だった。
「ラルックまでなら門で行けます」
マジか。
ゲートってそんなに誰でも使えるもんだったのか?
『ゲートは高難度魔法ではありますが、Sランクのエレノアなら使用できても不思議はありません』
マジかよ、すげーなエレノア嬢。
さすがSランク。
さすエス。
「私も連れて行って! エレノア」
「えっ、でも……」
「これは命令です。一緒に連れて行きなさい」
おいおい、四天王が暴れてる現場へ行こうってのか、この王女は。
お転婆にも程があるだろ。
「わかりました。では急ぎましょう」
あっさり折れるエレノア嬢。
「頼む。時間がない。ミレニクスの方が片付いたらオレも向かう」
「向かうって、ここからミレニクスまで三日はかかるわよ」
「ふん、そんなもんオレにかかれば……」
『御主人様!』
あー、はいはい。
すみませんね。
「大丈夫だ、なんとかなる。いいから行ってくれ」
「……わかりました。どうかご無事で、リュウさん」
「ああ、エレノア嬢もな。無理はすんなよ」
まだ何か言いたげな二人の美人を残してオレはダッシュで外へ出る。
そして周囲に誰もいなさそうな路地に飛び込んで変身解除。
そのまま、飛び立つ。
『だいぶ無理がありましたが、大丈夫でしょうか』
お前が心配するならヤバイのかもな。
それよりもアグナスとズールだ。
あいつら何考えてんだ?
『既にそれぞれ町を破壊し始めています。急ぎましょう』
くそ!
ミレニクスはオレが復興して稲を育てる予定なんだぞ。
好き勝手は絶対に許さん!!
全速力で飛びながらも、脱皮後初の戦闘にオレはウズウズしていた――。





