チョコは嫌いぶひ
二月十四日。
全国の男子が、少しだけそわそわする日。
朝の登校時間。
下駄箱。
机の中。
男子生徒たちは、無意識にいつもより慎重に覗く。
もしかしたら――
そんな期待を、心のどこかで抱きながら。
そんな様子を、冷ややかな目で見ている男がいた。
トレ高クレーンゲーム部。
豚田武。
小学校。
中学校。
バレンタインにチョコを貰ったことは――
一度もない。
毎年。
二月十四日に家に帰ると、母親が聞いてきた。
「今年もチョコ貰えなかったの?」
豚田は言う。
「学校で全部食べちゃったぶひ」
そう言って、自分の部屋にこもるのが恒例だった。
⸻
そんな豚田だが。
トレ高クレーンゲーム部に入ってから、少し状況が変わった。
女子が四人。
昏華すき。
天秤沙希。
雨瑠凛。
銀泉舞子。
ある日の一月。
部員たちでパフェを食べに行った。
「ここのチョコレートパフェ、めちゃ美味しいよ!」
沙希が言った。
すき、凛、舞子、針千はチョコレートパフェを注文した。
豚田は言った。
「自分はフルーツパフェにするぶひ」
「チョコは嫌いぶひ」
それは――
豚田なりの予防線だった。
クレーンゲーム部のみんなと仲良くなれた。
女子は四人もいる。
だからこそ。
期待してしまう自分が怖かった。
貰えなかったときのショックを、少しでも小さくするための防御。
豚田はチョコが嫌い。
それさえ伝わればいい。
そう思った。
⸻
そして迎えた。
二月十四日。
豚田は、期待などしていなかった。
授業を受ける。
昼ご飯を食べる。
何も変わらない。
そして部活の時間。
部室の扉を開けた瞬間。
すき、沙希、凛が小包を差し出した。
「はい!豚田!あげる!」
満面の笑みの三人。
豚田は固まった。
「え?」
「チョコ嫌いって言ってたから」
すきが言う。
「クッキーを三人で作ったの!」
その瞬間。
豚田は思った。
自分は――
こんな優しい子たちに、
自分を守るためだけの嘘をついていたのか。
「ありがとう……」
「ありがとうぶひ」
本当に嬉しそうに言った。
沙希が笑う。
「ホワイトデー期待してるからね!」
「うん!三人とも期待しててぶひ!」
三人は喜んだ。
その時。
ガラッ。
針千が部室に入ってきた。
手には小包。
「お?」
豚田は思った。
(針千、誰かにチョコ貰ったのかぶひ?)
すき、沙希、凛は針千にもクッキーを渡した。
「おぉ!ありがとう!」
「こんなにもらったの初めてだよ!」
凛が聞く。
「ところでその小包は?」
針千は答えた。
「さっき校門で享楽先輩に呼ばれてさ」
「運命先輩が、おれと豚田にってチョコ持ってきてくれたんだよ」
女子三人。
「えー!!」
「優し〜!」
「運命先輩!」
豚田の心の中。
(運命たんのチョコ!!)
しかし。
針千は続けた。
「でもさ」
「前、豚田チョコ嫌いって言ってただろ?」
「だからそう言ったら、
じゃあ針千くんにだけって」
その瞬間。
豚田の脳が停止した。
(は?)
わざわざ持ってきてくれた。
運命たんのチョコ。
自分のチョコ。
それを。
断った?
生まれて初めて、
殺意が湧いた。
豚田は部室を飛び出した。
校門を抜ける。
駅へ向かって走る。
間に合う。
きっとまだいる。
何年ぶりだろう。
全力疾走なんて。
自分がこんなに走れるのかと驚きながら。
無心で走った。
⸻
駅の改札前。
柚木運命。
享楽伝。
ぜぇぜぇと息を切らす豚田。
運命が気付いた。
「豚田くん?」
「どうしたの、そんなに汗かいて」
言葉が出ない。
息が続かない。
その様子を見て。
享楽は察した。
「運命」
「それ、渡してやれよ」
運命は困った顔をする。
「でも豚田くん、チョコ嫌いって……」
豚田は必死に首を横に振った。
運命が覗き込む。
「嫌いじゃない……のかな?」
豚田は何度も頷いた。
運命は小さく笑った。
「じゃあこれ」
「作ったから、よかったら食べてね」
手作りチョコ。
豚田はそれを受け取った。
まるで。
長年王に仕えた騎士が、
王からの褒美を授かるように。
逞しく。
凛々しく。
誇らしく。
運命が言った。
「また一緒に練習しようね!」
改札を抜けていく。
享楽が言う。
「あいつ、色々鈍いからな」
「悪かったな」
そして去った。
⸻
豚田は倒れた。
コンクリートの上。
空に向かってチョコを掲げる。
⸻
家に帰ると。
母親が聞いた。
「またチョコ貰えなかったの?」
豚田は言った。
「学校で全部食べちゃったぶひ」
そう言って部屋に入った。
母親は思った。
(あぁ)
(今年は貰えたんだね)
嬉しそうな息子の顔を見て。
すべてを察した。




