奇跡のクイニーアマン
トレトレ高校――通称トレ高。
文武両道の進学校として有名なこの学校には、
昼休みになると必ず起きる戦争がある。
購買戦争。
昼休みのチャイムが鳴った瞬間。
三階。
二階。
一階。
生徒たちは一斉に走り出す。
目指すのは――
一階下駄箱前に設置された購買。
手作りおにぎり。
弁当。
サンドイッチ。
どれも人気だが。
その中でも、
トレ高の生徒の間で伝説となっている商品があった。
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“奇跡のクイニーアマン”
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一日限定、一個。
バターたっぷりの生地。
キャラメリゼされたカリカリの表面。
甘さと塩味が絶妙なそのパンは、
食べた者が皆口を揃えて言う。
「人生で一番うまい」
しかし。
誰も買えない。
「ほんとに売ってるのか?」
「先生がこっそり買ってる説あるぞ」
「俺、三年間一回も見たことない」
そんな声が絶えなかった。
⸻
その日も。
昼休みのチャイムと同時に
トレ高の廊下は大混乱だった。
三階から駆け下りる二人。
針千突と銀泉舞子。
「今日こそ買いますわ!」
「いや、あれ都市伝説だろ」
階段を降りながら言い合う。
その時だった。
針千の目の前を――
黒い影が横切った。
「……ん?」
針千が立ち止まる。
「なにしてますの?」
舞子が振り返る。
「いや、今なんか……」
その瞬間。
購買へ向かう生徒たちに
一気に抜かれる。
舞子は呆れた。
「もう売り切れですわね」
だが。
針千は階段を上がり始めた。
「ちょっと!?」
舞子も慌てて追いかける。
辿り着いたのは――
屋上入口。
針千は扉を見る。
「説明してくださる?」
舞子が腕を組む。
「黒い影を追ってきた」
針千は真顔だった。
「意味わかりませんわ」
舞子はため息をつく。
そして扉を開けた。
⸻
屋上。
そこには。
七輪。
ササミを炙る煙。
そして。
それを待つ――
一匹のフェレット。
「もうすぐ焼けるぞ」
炭火の前で座っている男子生徒がいた。
「……え?」
針千が固まる。
フェレットの手には――
クイニーアマン。
「お?」
男子生徒が振り向いた。
「珍しいな」
「見ない顔だな、一年か?」
「いや、情報量が多い」
針千が言う。
舞子は軽く礼をした。
「一年の銀泉舞子ですわ」
針千も慌てて続く。
「一年の針千突です」
男子生徒は笑った。
「三年の市原佑京だ」
そしてフェレットを撫でる。
「こいつはチャーリー」
その時。
針千と舞子は
同時に叫んだ。
「あぁ!!」
「それが奇跡のクイニーアマン!!」
市原は笑った。
「ああ、これか」
「一年の頃から好きでさ」
「チャーリーに買いに行ってもらってる」
「代わりに俺はササミを焼く」
チャーリーは
焼けたササミを受け取ると
クイニーアマンを差し出した。
市原はそれを受け取る。
そして――
舞子に投げた。
舞子は反射的にキャッチした。
「……よろしいんですの?」
市原は笑う。
「レディーファースト」
舞子の顔が少し赤くなった。
袋を開ける。
一口。
カリッ。
次の瞬間。
舞子の目が見開かれる。
「……美味しい」
カリカリのキャラメリゼ。
バター香る生地。
甘さと塩味。
「奇跡のクイニーアマン」
舞子は言った。
「その名に恥じぬ商品でしたわ」
完食。
針千は羨ましそうに見ていた。
市原が手招きする。
「こっちこい」
「昼飯食ってけよ」
その日。
屋上では
BBQが始まった。
学校で取れた野菜。
そして。
チャーリーがテントから
牛肉を持ってくる。
「いやいやいや」
針千はパニックだった。
「学校でBBQ!?」
「テント!?」
「冷蔵庫!?」
市原は笑った。
「俺の秘密基地みたいなもんだ」
針千は肉を食べた。
野菜も食べた。
腹いっぱい食べた。
舞子はチャーリーと遊んでいた。
市原が言った。
「クイニーアマンは悪かったな」
「そんな争奪戦になってるとは知らなかった」
チャーリーも
ぺこっと頭を下げた。
それ以来。
チャーリーのおつかいは
週一回になった。
そのおかげで。
奇跡のクイニーアマンを
買える生徒は少しずつ増えていった。
⸻
ある日。
クレーンゲーム部。
「おぉ〜」
扉が開いた。
「ここがクレーンゲーム部か」
「すげぇな」
市原だった。
「市原先輩!?」
舞子が驚く。
「見学にきたぜ」
プレイを眺める市原。
そして言った。
「これ、何手くらいで取れるんだ?」
沙希が答える。
「三手〜六手くらいかな」
「運が良いとワンパン」
市原は笑った。
「へぇ」
「俺は0手だな」
全員が止まる。
「……え?」
市原は言った。
「いけ、チャーリー」
チャーリーが
市原の胸ポケットから飛び出す。
獲得口から侵入。
橋の上の景品を持ち上げる。
少し重そうだが――
落とした。
ゴトン。
獲得。
「ナイス」
市原は笑った。
舞子は笑う。
針千は言った。
「そんなのあり?」
「禁じ手だな」
市原は笑った。
⸻
それから。
市原とクレーンゲーム部は仲良くなった。
屋上でBBQ。
チャーリーと遊ぶ日々。
そして――
春。
卒業式。
チャーリーは号泣していた。
市原は笑っていた。
卒業式後。
市原の周りには
女子が集まっていた。
第二ボタン目当てだった。
屋上。
クレーンゲーム部が挨拶に来た。
市原はテントを片付けていた。
「先輩」
「お世話になりました」
「おう」
市原は笑う。
その時。
舞子は気づいた。
市原の制服。
第二ボタンが無い。
その時。
チャーリーが
ポケットから顔を出した。
口にはボタン。
市原は受け取る。
そして。
舞子へ投げた。
舞子は受け取る。
「えっ……第二ボタン…よろしいんですの?」
市原は照れくさそうに言った。
「レディーファースト」
舞子は少し笑った。
⸻
奇跡のクイニーアマン。
一日限定一個。
その美味しさと希少性。
今日も生徒たちは
昼休みに走る。
そして最近。
こんな噂もある。
奇跡のクイニーアマンを
好きな人と食べると
恋が実る。
そんな噂だ。




