一人の造形師
造形師。
それは、形を作る仕事だ。
粘土の塊から、
キャラクターの表情を掘り起こし、
一ミリの線で、命を与える。
フィギュアは工場で量産される。
だが――
その“最初の一体”は、
たった一人の人間の手から生まれる。
削る。
削る。
削る。
ほんのわずかな線を削るだけで、
表情は変わる。
優しさになる。
冷たさになる。
誇りになる。
だから造形師は言う。
「魂を削る仕事だ」
その男の名は――
万年梳。
五十二歳。
造形師歴、三十年。
⸻
若い頃、万年は天才と呼ばれていた。
二十代。
初めて原型を作ったフィギュアは、
業界誌の特集に載った。
「新星現る」
そう書かれた。
三十代。
キャラクター造形の第一人者。
展示会では、人が集まった。
スポンサーも付いた。
未来は明るいと思っていた。
だが――
流行は変わる。
スポンサーは言った。
「最近は、もっと“可愛い顔”が売れるんですよ」
万年は言った。
「このキャラは、そんな顔じゃない」
スポンサーは笑った。
「売れないと意味がない」
その日から、万年は削り始めた。
キャラクターの顔を。
そして――
自分の誇りを。
⸻
四十代。
展示会の中心にいたのは、
若い造形師たちだった。
目が大きい。
頬が丸い。
“映える顔”。
万年の作品は、端の方に置かれた。
ある評論家が言った。
「古い」
万年は何も言わなかった。
ただ、削った。
削り続けた。
⸻
五十代。
仕事は減った。
下請け。
修正係。
若手の原型を直す仕事。
万年は思った。
(終わったな)
そんなときだった。
スポンサーが言った。
「今度、クレーンゲームのプライズ作ってください」
万年は眉をひそめた。
「……クレーンゲーム?」
「ええ。今、プライズ市場大きいんですよ」
安い。
箱に詰められる。
百円で掴まれる。
万年は、内心で吐き捨てた。
(安売りだ)
だが、仕事は断らなかった。
断る余裕は、もうなかった。
⸻
完成したフィギュアは、
ダンボールに詰められた。
万年は、ゲームセンターに足を運んだ。
理由はわからない。
ただ、自分の作品が並ぶ場所を、
一度見ておきたかった。
店内は明るい。
音楽。
笑い声。
クレーンゲームの列。
その一角に、
自分のフィギュアがあった。
箱に入って。
ビニールに包まれて。
百円の景品として。
万年は腕を組んだ。
(……くだらない)
隣には若い造形師の作品。
ポップが貼られている。
『超人気!』
『今月の目玉!』
万年の作品は端だった。
(やっぱりな)
そう思った。
⸻
そのとき。
少女が台の前に立った。
天秤沙希。
箱を見る。
一度だけ。
ボタンを押す。
アームが降りる。
触れる。
持ち上がる。
落とす。
ゴトンっ。
一手。
ワンパンだった。
「すげぇ!」
周囲がざわめく。
沙希は何事もなかったように景品を取る。
当たり前のように。
万年は、その様子を見ていた。
(なっ!100円で?)
⸻
そのあと。
別の子供が台の前に立った。
小学生くらいの女の子。
財布を開く。
中には小銭が少し。
震える手で、百円を入れる。
一回。
二回。
三回。
取れない。
それでも続ける。
周囲の音が遠くなる。
万年は腕を組んだまま、
その様子を見ていた。
(無理だ)
設定は甘くない。
子供の小遣いで取れる台じゃない。
さっきはたまたまだ。
それでも――
少女は諦めなかった。
最後の百円。
コインを入れる。
祈るようにボタンを押す。
アームが降りる。
触れる。
少しだけ動く。
箱が傾く。
そして――
ゴトン。
景品が落ちた。
少女は、声も出さずに
フィギュアを抱きしめた。
そのあとで、やっと笑った。
万年は動かなかった。
三十年。
削り続けた。
売れない作品。
古いと言われた顔。
それでも削った。
そして今。
自分の作ったものを、
誰かが、
こんな顔で抱きしめている。
ゴトンっ。
その音が、
今日だけは、
一人の造形師に贈る
拍手に聞こえた。




