初期位置とアシスト
ゲームセンターのクレーンゲームコーナー。
今日も、子どもの声が響いていた。
「あと少し!あと少し!」
「もう一回やる!」
小学生が筐体の前で必死にボタンを押している。
その横に、ひとりの店員が駆け寄った。
「ちょっと待って」
派手な動きでガラスを開ける。
景品を持ち上げる。
そして——
「ほい」
あと一手で落ちる位置に、置き直した。
子どもの目が輝く。
「いいの!?」
店員は笑う。
「いいよいいよ」
「今の惜しかったから」
子どもは震える手でコインを入れる。
アームが降りる。
押す。
——ゴトン。
「やったああ!!」
歓声。
店員は一緒に拍手する。
「おめでと」
その様子を、少し離れた場所から見ている男がいた。
ミスター初期位置。
山口一。
そして、その店員の名は——
他力大助。
⸻
他力は、とにかく忙しい。
困っている子どもを見つければ、すぐ駆け寄る。
ガラスを開ける。
景品を直す。
「惜しい惜しい」
「今の良かった」
「もう一回やってみ」
アシスト。
アシスト。
アシスト。
その様子は、すぐに口コミで広がった。
「あの店、優しい店員いる」
「アシストしてくれる」
「子どもでも取れる」
やがて。
店は人で溢れた。
子ども。
学生。
カップル。
筐体の前には、いつも笑顔があった。
だが。
その店にはもう一人、店員がいる。
山口一。
彼は——
アシストをしない。
ただ、初期位置に戻す。
それだけ。
だから客からは言われていた。
「店員ガチャ外れ」
「あの人何もしてくれない」
山口は何も言わない。
ただ。
忙しそうに走り回る他力を、
静かに見ていた。
⸻
ある日。
本社から連絡が入った。
「山口の店舗」
「獲得率が異常に上がっている」
「利益が半減している」
「問題になっている」
その夜。
閉店後の店内。
照明の落ちたゲームセンター。
山口は他力を呼び止めた。
「他力」
「はい」
山口は静かに言った。
「お前がやる気なのは分かる」
「客が喜んでいるのも事実だ」
一拍。
「だが」
「俺たちはボランティアじゃない」
他力は黙った。
山口は続ける。
「このままだと」
「お前はクビになる」
少しの沈黙。
他力は、困ったように笑った。
「……山口さん」
「俺、昔」
「ゲームセンター嫌いだったんですよ」
⸻
幼い頃。
母子家庭だった。
毎朝起きて、最初に考えるのは
今日のご飯。
学校の給食が、
その日の唯一の食事だった。
蒸発した父が残した借金。
家には毎日のように取り立てが来た。
母と二人、
怯えながら過ごす日々。
ある日。
学校で話を聞いた。
「今、あのアニメのフィギュア出てる」
「ゲーセン行こうぜ」
自分も欲しかった。
でも。
お小遣いなんてない。
だから断った。
その日の夜。
母が聞いた。
「何かあった?」
他力は話した。
ゲームセンターのこと。
友達のこと。
お金がないこと。
母は少し黙った。
それから、
タンスの引き出しを開けた。
奥から取り出したのは、
何度も折られた跡のある、
ボロボロの千円札だった。
「これ」
母は言った。
「少ないけど、
せっかく誘ってもらったんだから
いってらっしゃい。」
他力は喜び、走った。
ゲームセンターへ。
初めての場所。
光。
音。
人。
全部が楽しかった。
友達と筐体の前に立つ。
目当てのフィギュア。
友達がプレイする。
500円。
1000円。
1500円。
取れない。
近くには店員がいた。
でも、
何もしない。
友達は2000円使った。
それでも取れなかった。
「大助やってみろよ」
母にもらった千円札を両替する。
100円。
500円。
800円。
900円。
「いける!」
「次取れる!」
最後の100円。
失敗。
でも。
景品は完璧なリーチ。
あと少しで落ちる。
でも。
お金がない。
他力と友達は、
台の前で立ち尽くした。
その時。
店員が来た。
ガラスを開ける。
他力は一瞬思った。
もしかして、
くれるのかな。
でも。
店員は、
景品を持ち上げた。
そして——
そっと初期位置に戻し、
何も言わず。
去っていった。
帰り道。
他力は思った。
ゲームセンターって
子どもから
お金を巻き上げる場所なの?
楽しい場所じゃないの?
家に帰ると、
母が笑顔だった。
「大助、
お金足りた?
楽しかった?」
他力は笑った。
必死に。
「うん!楽しかった!」
「ありがとう!」
⸻
店内。
他力はガラスを開ける。
景品を持つ。
涙を浮かべながら言った。
「でもさ、山口さん」
一拍。
「俺にとっての初期位置は」
「ここなんですよ。」
山口は、
何も言えなかった。
⸻
二ヶ月後。
他力はクビになった。
「お世話になりました」
深く頭を下げる。
山口が聞いた。
「次の仕事は?」
他力は苦笑した。
「恥ずかしながら、
今から探します」
その時。
携帯が鳴った。
「はい」
「……はい?」
「え?」
「本当に……?」
少し沈黙。
そして。
涙を流しながら言った。
「ありがとうございます」
電話が切れる。
呆然と立つ他力。
クレーンゲーム協会からの
採用連絡だった。
⸻
その頃。
協会会長室。
九条恒一が椅子に座っていた。
一ヶ月前。
山口が訪ねてきた。
「借りがあるな」
会長が言う。
「晴谷の件」
山口は微笑んだ。
「その借り」
「今返してもらえますか」
「何をすればいい?」
山口は少し考えた。
そして、
静かに笑った。
「バカな後輩を」
一拍。
「一人雇ってもらえませんか?」




