部活動対抗リレー
秋。
トレ高の空は、よく晴れていた。
校庭には、普段この学校では見られないほどの人が集まっている。
体育祭。
勉強中心のこの学校でも、年に一度だけは妙に熱くなる日だった。
⸻
二週間前
その校庭の端で。
クレーンゲーム部の六人が集まっていた。
「で」
針千突が紙を見せる。
「部活動対抗リレー」
紙には、こう書かれていた。
《4人》
沙希がすぐに手を挙げる。
「私出る!」
元気な声。
運動部ではないが、運動神経はいい。
針千が頷いた。
「よし一人」
すきが首を傾げる。
「走るの?」
「リレーだからな」
「へぇ」
少し考えてから言った。
「じゃあ私も出る」
針千が止まる。
「運動したことあるか?」
「ない」
凛が淡々と言う。
「体育の授業レベルね」
針千の脳裏に、いくつかの最悪な未来がよぎる。
すきが転ぶ。
すきが逆走する。
すきがゴール手前で立ち止まる。
全部ありえそうだった。
舞子が優雅に笑う。
「走り方くらい教えますわ」
針千が舞子を指差す。
「よし、舞子も決定」
舞子は肩をすくめた。
「元フィギュアスケーターですもの」
「多少は速いと思いますわ」
その言い方が、もう速そうだった。
残る一人。
針千が胸を叩く。
「アンカーは俺だ!」
凛が腕を組む。
「一応言っておくけど」
「出るなら、優勝よ」
針千が言い返す。
「当たり前だ!」
その時。
豚田が小さく手を挙げた。
「ぼ、ぼくも練習してるぶひ」
全員が見る。
「もし誰か出れなくなったら困るぶひ」
針千が笑う。
「ありがとな」
凛が小さく言った。
「補欠がいるからチームは安心して走れるのよ」
豚田は、少しだけ誇らしそうだった。
こうして。
クレーンゲーム部のリレーメンバーは決まった。
⸻
体育祭当日
実況が響く。
「続いての競技は!」
「部活動対抗リレー!!」
歓声が上がる。
各部のエースが並ぶ。
実況が叫ぶ。
「野球部!四番エース!茂野四郎!」
歓声。
「サッカー部!小空翼!」
さらに歓声。
「水泳部!西島康介!」
「オカルト研究部!霊憑忠志!」
そして。
「天体観測部!」
観客がざわつく。
一人の男が手を挙げた。
市原右京。
実況が少し困った顔をする。
「天体観測部は……部員が一人のため……」
一拍。
「一人で二周走ります!!」
観客
「ええ!?」
「無理だろ!」
市原は笑った。
「まぁいいか」
「星見るよりは楽だろ」
針千が思わず突っ込む。
「何その基準!?」
観客席。
フェレットのチャーリーが立ち上がる。
「キュッ!」
舞子が微笑む。
「チャーリー、応援してますわ」
⸻
第一走者
沙希。
スタートライン。
少しだけ、わくわくしていた。
大会とは違う。
でも。
こういう“勝負”も嫌いじゃない。
パンッ!
スタート。
陸上部が飛び出す。
だが次の瞬間。
足を滑らせる。
「うわっ!?」
そのままサッカー部と野球部を巻き込む。
観客
「おおおお!?」
凛が呟く。
「……沙希の幸運ね」
沙希は何も知らないまま、普通に走っていた。
ただ、気持ちよく走っている。
そしてバトンを渡す。
「すき!」
⸻
第二走者
すきが受け取る。
ぎこちないフォーム。
けれど、思ったより速い。
その時。
オカルト研究部。
霊憑忠志が目を閉じた。
ぶつぶつと呟く。
「古き霊よ……」
「見えざる力よ……」
「この競技場に満ちる運命を歪めよ……」
「我が敵に災いを……」
「呪いを……」
周囲の部活で、異変が起き始めた。
野球部。
茂野四郎が突然立ち止まる。
「……あれ?」
次の瞬間。
逆方向へ全力疾走。
「ちょっ!?茂野そっちゴールじゃねぇ!!」
観客席がざわつく。
「方向感覚なくしてるぞ!」
⸻
サッカー部。
第二走者の無名部員が突然うずくまる。
「ぐっ……!」
「おい!?どうした!?」
次の瞬間。
部員が叫んだ。
「ボールが……」
「ボールが呼んでる!!」
そして――
バトンを思いきり投げた。
「うおおおおお!!」
観客
「なんで投げた!?」
⸻
遠くのアンカー位置。
小空翼がその光景を見て絶叫する。
「なにしてる!!」
校庭に響く声。
「バトンは友達だろ!!!」
観客席
「違うスポーツ混ざってるぞ!!」
⸻
水泳部では、走者が急にクロールのフォームで前進しようとして転んだ。
観客はもう、何を見せられているのか分からない。
だが。
すきだけは避ける。
境地の恩恵。
“未来選択”
「危なかった」
一歩ずれる。
転びそうだった走者を回避する。
順位は
1位 天体観測部
2位 陸上部
3位 水泳部
4位 クレーンゲーム部
バトンが渡る。
「舞子!」
⸻
第三走者
舞子が受け取る。
「任せなさい」
次の瞬間。
爆発的なダッシュ。
観客
「速い!!」
元フィギュアスケート選手。
校内女子最速。
凛が思わず叫ぶ。
「舞子!!」
舞子は水泳部を抜いた。
順位
1位 陸上部
2位 天体観測部
3位 クレーンゲーム部
そして。
バトンを渡す。
「針千!!」
⸻
アンカー
アンカーライン。
針千。
その隣。
陸上部エース。
速水瞬。
速水が話しかける。
「……お前」
針千を見る。
「隣の中学にいたよな」
針千は首を傾げる。
「?」
速水が言う。
「補欠だったし」
「陸上やめたんだろ?」
針千は笑う。
「まぁな」
⸻
バトンを三位で受け取る針千。
速水が飛び出す。
速い。
針千も走る。
まず市原を抜く。
市原が笑う。
「お、速ぇな」
少しだけペースを落とす。
二周走った脚は、さすがに重かった。
「まぁ二周目だしな」
「後は任せた」
針千はその横を駆け抜ける。
そして。
速水に並ぶ。
その時。
針千が言った。
「あっ」
速水を見る。
「思い出した」
中学の大会。
観客席。
必死に応援する針千。
その近く。
スマホを触っている速水。
針千が笑う。
「てかさ」
一拍。
「お前も補欠だったじゃねぇか!!」
速水が一瞬だけ黙る。
針千が笑う。
「今日は」
「俺が走る番だ」
次の瞬間。
加速した。
速水を抜く。
ゴールテープ。
実況が叫ぶ。
「クレーンゲーム部ーーー!!!」
歓声。
沙希が飛び跳ねる。
「やったーー!」
すきが首を傾げる。
「勝ったの?」
舞子が笑う。
「ええ」
凛が静かに言った。
「優勝よ」
⸻
針千は答えなかった。
少しだけ前に歩く。
そして、
空を見上げた。
秋の空は高かった。
息がまだ荒い。
胸が痛い。
脚も震えている。
(……速水)
陸上部のエース。
中学の頃。
針千は観客席にいた。
選手じゃなかった。
応援席。
誰より声を出していた。
必死に。
それしかできなかったから。
(補欠だったからな)
思い出す。
スタンド。
走る仲間。
自分は走れない。
でも。
それでも。
(楽しかったんだよな)
陸上が。
チームが。
誰かが走るのを応援する時間が。
だから。
やめても。
嫌いにはならなかった。
針千は小さく笑う。
(……でもさ)
一拍。
(今日は)
自分の足で走った。
みんなのバトンで。
自分でゴールした。
勝った。
胸の奥で、
なにかがゆっくりほどける。
ずっと固まっていたものが。
少しだけ軽くなる。
遠くから声が飛ぶ。
「針千ーー!!」
沙希。
舞子。
凛。
すき。
豚田。
針千は振り返る。
みんな笑っていた。
(あぁ)
(今度は)
(俺が)
一歩踏み出す。
「今行く!!」
秋の空の下。
クレーンゲーム部は、
部活動対抗リレーで優勝した。
そして――
針千突は、
はじめて
「アンカー」になった。
誰かの応援席ではなく。
ちゃんと、
コースの上に立ってい




