とうに超えてる
冬。
トレ高の昼休み。
クレーンゲーム部。
アームが降りる。
ゴトン。
沙希が拍手する。
「やったー!」
その時。
部室の扉が開いた。
「凛」
顔を出したのは
夢幻高校1年寸胴姫歌だった。
「今度さ」
「後輩の試合あるんだ」
舞子が振り向く。
「フィギュアですの?」
「うん」
寸胴が頷く。
「よかったら見に来ない?」
舞子は笑う。
「もちろんですわ」
凛は少し考えた。
リンク。
氷。
思い出。
胸の奥が、少しだけ動く。
「……いいわよ」
寸胴が嬉しそうに笑った。
⸻
数日後。
スケートリンク。
冷たい空気。
刃が氷を削る音。
舞子が小さく言う。
「懐かしいですわ」
凛は黙ってリンクを見ていた。
昔。
ここが自分の世界だった。
⸻
最初の演技。
軽やかなステップ。
舞子が呟く。
「……いいですわね」
凛も頷く。
「リズムがいい」
寸胴が嬉しそうに言う。
「この子」
「私の後輩」
リンクの上。
足運び。
テンポ。
寸胴のステップだった。
舞子が笑う。
「しっかり継いでますわ」
寸胴は照れくさそうだった。
⸻
次の選手。
舞子が少し身を乗り出す。
「この子、私の後輩ですわ。」
ジャンプ。
回転。
綺麗な着氷。
観客がどよめく。
寸胴が言う。
「速い……」
舞子が誇らしそうに言う。
「回転は負けませんの」
凛が言う。
「空中姿勢が綺麗」
舞子は満足そうに笑った。
⸻
寸胴が凛を見る。
「凛の後輩は?」
凛は少しだけ考えた。
「……いないわ」
「仲良かった後輩なんて」
舞子が笑う。
「凛らしいですわ」
その時。
アナウンス。
次の選手の名前が呼ばれる。
凛の目が止まった。
「……あ」
舞子が聞く。
「知り合いですの?」
凛は首を振る。
「話したことはない」
一拍。
「でも」
「同じリンクにいた子」
⸻
演技開始。
滑り出し。
静か。
洗練されている。
舞子が言う。
「……綺麗」
寸胴も頷く。
「うん」
凛は黙って見ていた。
ジャンプ。
回転。
スピン。
整っている。
(……似てる)
昔の自分。
でも、
もっと柔らかい。
そして――
ジャンプ。
回転。
着氷。
凛の目が止まる。
(……あ)
肩が開いていない。
昔。
この子には癖があった。
着氷の瞬間。
左肩が少し開く。
凛は一度だけ言ったことがある。
リンクの外。
すれ違いざま。
「着氷」
「左肩」
「開いてる」
それだけ。
振り返りもしなかった。
でも今。
その癖は
消えていた。
完璧な着氷。
⸻
演技終了。
拍手。
結果発表。
一位。
凛の後輩。
二位。
舞子の後輩。
三位。
寸胴の後輩。
舞子が笑う。
「後輩対決でも勝てませんでしたわ」
寸胴も笑う。
「悔しいなぁ」
舞子がぽつりと言う。
「でも」
「あの子」
「凛を超える選手になるかもしれませんわね」
寸胴も頷く。
「うん」
凛は少し首を振った。
「それはないわ」
舞子が凛の顔を覗く。
「どうしてですの?」
凛はリンクを見たまま言った。
「私なんて」
一拍。
「とうに超えてる」
舞子と寸胴が黙る。
リンクの上。
凛の後輩は
仲間に囲まれていた。
笑っている。
嬉しそうに。
楽しそうに。
凛は思い出す。
中学の優勝。
歓声。
表彰台。
でも。
隣には
誰もいなかった。
凛は小さく目を細めた。
「……いいわね」
リンクの上では
まだ歓声が続いていた。
後輩は
仲間に囲まれて笑っていた。
凛は静かに思う。
あれが、本当の優勝かもしれない。




