約束のコラボ
プロライセンス試験から
約1ヶ月
「はーい!みなさーん!」
配信画面いっぱいに、明るい声が響いた。
羽澄京子――バズ子がカメラに向かって大きく手を振る。
「今日はなんと!スペシャルゲストが来てくれてます!」
コメント欄が流れる。
「きたw」
「バズ子配信」
「今日はなに?」
バズ子はにやりと笑った。
「この人です!」
画面にゆっくり映る人物。
優雅な所作で椅子に腰かける。
「こんばんは」
プリンセス葉子だった。
コメント欄が一瞬で爆発する。
「葉子さん!?!?」
「世界一のマジシャン!」
「豪華すぎw」
葉子は微笑んだ。
「挨拶代わりに、少しだけ」
テーブルの上のコインを指で弾く。
コインは宙に舞い、
――消えた。
「え?」
次の瞬間。
バズ子の耳の後ろからコインが出てきた。
「えぇ!?!?」
コメント
「早すぎw」
「今なにした?」
「見えない」
葉子は優雅に肩をすくめる。
「ウォーミングアップよ」
バズ子はカメラに向かって言った。
「そして今日は!」
画面に大きな文字が出る。
《激辛専門店 鬼辛楼》
コメント
「終わったw」
「逃げろ葉子さん」
店の入口には張り紙があった。
辛さレベル
一 汗
二 涙
三 覚悟
四 絶望
五 地獄
バズ子が指をさす。
「もちろん!」
「一番辛い、地獄でいきます!!」
コメント
「バカw」
「死ぬぞ」
葉子はメニューを見ていた。
湯気の匂いを吸い込んだ瞬間。
「……っ」
軽くむせた。
バズ子が笑う。
「葉子さん辛いの苦手なんですか?」
葉子は微笑む。
「少しね」
料理が運ばれてきた。
真っ赤。
いや、赤ではない。
危険色だった。
湯気が上がる。
まるで火山。
コメント
「兵器」
「食べ物じゃない」
バズ子が一口食べた。
瞬間。
汗が噴き出した。
「辛っっっ!!!」
コメント
「顔w」
「バズ子w」
だがバズ子は笑う。
「でも美味しい!!」
葉子も一口。
そして、
普通に食べ始めた。
コメント
「葉子さん強い」
「余裕?」
実は。
葉子は小さなマジックを使っていた。
スプーンをくるりと回す。
その瞬間。
湯気の色がほんの一瞬だけ変わる。
辛味が、わずかに酸味と甘味へ変わる。
誰も気づかない奇跡。
バズ子が首を傾げる。
「……葉子さん」
「なんかしました?」
葉子は優雅に言う。
「あら?」
「バズ子ちゃん、辛いの好きなんじゃないの?」
バズ子は汗だく。
「す、好きですよ!」
コメント
「疑ってるw」
バズ子はカメラを見る。
「食べ切ったら皆さん!」
「チャンネル登録と高評価お願いします!!」
コメント
「商売上手w」
二人は食べ続ける。
バズ子は汗だく。
葉子は優雅。
だが。
バズ子の勢いは止まらない。
葉子は少しだけ驚いていた。
(この子……)
(本当に食べるのね)
そして。
――完食。
店主が呟いた。
「……初めて見ました」
「この料理を完食した人」
「お二人の写真と名前、店に飾らせてもらいます」
コメント
「伝説w」
「バケモノ」
配信は終了した。
店の外。
夜風が少し涼しい。
バズ子が聞いた。
「葉子さん」
「なんでプロ試験の相手、引き受けたんですか?」
葉子は少しだけ空を見た。
そして話し始める。
昔。
あるマジックショー。
葉子は世界一の技術を持っていた。
だが。
観客には、その凄さが理解できない。
だから。
最高のマジックをやめた。
無難な。
誰でもわかるマジック。
ショーは終わった。
観客は大歓声。
割れんばかりの拍手。
葉子は思った。
(……これくらいでいいの)
(私は何のために磨いたのかしら)
控室へ向かう通路。
その時。
声がした。
「あれは、なんだ?」
振り返る。
九條恒一。
クレーンゲーム協会会長。
「観客をバカにしているのか」
「それとも」
「世界一のマジシャンとは、その程度かな?」
葉子は息を呑んだ。
自分を見抜いた人。
初めてだった。
恒一は名刺を渡す。
「プロ試験がある」
「最終試験の相手をやってくれないか」
葉子は笑った。
「クレーンゲームなんてしたことありませんよ」
恒一は言う。
「できないことを」
「できるように見せる」
「それがマジシャンじゃないのかね」
葉子は少し黙って、
そして笑った。
「ええ」
「そうですね」
「今日のお詫びに」
「新しいマジック、お見せしますよ」
夜風が吹いた。
バズ子が言う。
「葉子さん」
「かっこいいですね」
葉子は微笑む。
「そうかしら?」
人気インフルエンサー。
世界一のマジシャン。
肩書きだけ見れば、
遠い世界の二人。
けれど。
夜の帰り道を歩く姿は、
まるで仲のいい姉妹みたいだった。




