すきの初バイト
高校を卒業してから、プロになるまでの間。
昏華すきは、週四日、家系ラーメン店で働いていた。
店の名は――武骨家。
重たい寸胴。
濃い豚骨の匂い。
油の熱気。
怒号のような注文。
最初の日、すきは入口の前で深呼吸をした。
(……場違いかも)
暖簾をくぐる。
⸻
「おう」
低い声。
寸胴の前に立つ男。
職人の目。
店長。通称――大将。
奥でテキパキ動く男が振り返る。
「新人?よろしく」
35歳バイトリーダー、光一。
⸻
大将が生地を打っている。
叩く。
伸ばす。
畳む。
切る。
無駄がない。
すきは見入っていた。
「……面白ぇか?」
「は、はい…」
「麺の声を聞くんだよ」
すきの目が瞬く。
「魂込めてこねて、伸ばして、形にする」
麺を持ち上げる。
「今日は湿気が多い。水を欲しがってる」
沈黙。
「わかるか?新入り」
「……まだ、わかりません」
大将は鼻で笑った。
「だろうな」
⸻
客が入ってくる。
すき:
「い、いらっしゃいませぇ…」
か細い声。
背後から――
大将:
「いらっしゃい!!」
光一:
「しゃっせぇ!!」
店の空気が震えた。
⸻
注文を飛ばす。
湯切り。
配膳。
常連との会話。
完璧なリズム。
すきは立ち尽くす。
「ちゃんと見とけよ?」
光一が言う。
「じゃねぇと俺みたいになれねぇぞ?」
(別に35歳バイトリーダーになりたいわけじゃない)
すきは小さく頷いた。
⸻
扉が開いた。
一瞬、店内の空気が変わる。
カウンターの常連が小声で言う。
「おい……あれ」
「辛口評論家のメン蔵じゃねぇか?」
「評価次第で潰れた店もあるらしいぞ」
「まじかよ……」
厨房に小さな緊張が走る。
光一がすきの肩を軽く叩く。
「お、っ、落ちっ、つけ新人。」
どうしたバイトリーダー
すきは思った
大将は振り向かない。
ただ寸胴の火を少し強めた
⸻
すきが水とおしぼりを持って行く。
「しゃ…しゃっせぇ…ご注文どうしやす…?」
光一の真似。
メン蔵、やれやれと首を振る。
「ラーメン」
一言。
「ご注文を繰り返させていただきやすぅ…
ラーメン…以上でよろしいですかぁ…」
メン蔵、小声で。
「接客……星0.5」
すき
(採点された!?)
⸻
「持ってけ」
すきが丼を運ぶ。
「お待たせしやしたァ…」
メン蔵はまずスープを飲む。
止まる。
目が見開く。
すきを見る。
(このポンコツ店員の店で……この味だと…?)
次に麺。
すすった瞬間――
衝撃。
豚骨の旨味。
醤油のキレ。
麺の弾力。
スープとの調和。
チャーシュー。味玉。
料理ではない。
作品だ。
厨房を見る。
職人のように動く大将。
完璧に回す光一。
覇気のない新人。
しばし沈黙。
そしてゆっくり、すきの方を見る。
覇気のない顔。
上の空の目。
棒立ち。
メン蔵、口を半開きにしたまま固まる。
(……ほう)
(こやつもしや)
(わしを欺くための演技か?)
背筋がぞくりとする。
(絶対評価と定評のある、このわしを)
(逆に試すほどの策士……?)
すきを凝視する。
(覇気のない接客。魂の抜けた目。)
(だが……)
(この味は本物)
(もしここで低評価を下せば)
(わしの名が落ちる)
(罠か?)
メン蔵の口元が歪む。
「ふふ……見破ったぞ」
すき:
「え?」
「ぬるい、ぬるいのう」
「店員の皮を被った刺客よ」
「惜しかったのう」
ニヤニヤと笑う。
すきは思う。
(なんかこの人、こわい)
光一が耳打ちする。
「目ぇ合わせんな」
⸻
メン蔵、静かに丼を置く。
「……侮れん」
それだけ言い、去る。
店内の空気がゆっくり戻る。
常連が囁く。
「生き残ったな、武骨家」
⸻
半年後
ピークタイム。
満席。
湯気。
怒号。
光一
「ラーメン2!!」
大将
「麺上げるぞ!!」
扉が開く。
客
「すいませーん」
その瞬間――
すきの声
「しゃせぇぇぇぇぇっ!!!」
店内が一瞬静まり、
光一:
「気合い入ってんなぁ」
大将:
「育ったな」
⸻
すきは流れるように動く。
無駄がない。
丼を置く音が静か。
客の呼吸を読む。
注文の間を感じる。
⸻
閉店後。
湯気の消えた厨房。
大将が言う。
「……少しは聞こえてきたか?」
「はい。少しだけ」
「そうか」
それだけだった。
本編に書ききれなかった、間話。
不定期になるかもしれませんが、
短編として、掲載していきます!
よろしくお願いします(●´ー`●)




