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『人事部長、空き時間でスポットワーク始めました』──英雄も聖女も評価対象です  作者: 月白ふゆ
第4章 第七管理区画・第197世界

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第4話 一次――怨恨を、相談へ落とす

 朝から、街の空気が落ち着かない。


 怒鳴り声が出ているわけではない。刃傷沙汰もない。露骨なデモもまだだ。けれど、結晶板の前に立つ人の数が増え、噂の走り方が速くなっている。噂の速さは、火種の乾き具合と比例する。乾いているほど燃える。燃えるほど、観客が増える。


 そして観客が増えるほど、“相談”は消える。


 人は観客になると、自分の火を持つ。火を持った人間は相談をしない。相談する前に叫ぶ。叫べば旗になる。旗になれば、もう止まらない。


 だから今日の仕事は、叫ぶ前の工程を置くことだった。


 巫女はいない。誰かが神託を「聞いて」それを緩衝材にする文化もない。あるのは正しさの衝突と、戦利品の記憶と、正統性の火種だけだ。だから“聞く工程”を制度として作るしかない。


 


 誠二が向かったのは、治安総監レオンの詰所だった。


 現場の匂いが集まる場所だ。汚いという意味ではない。むしろ整っている。だが整っているのは、崩れを隠すためではなく、崩れが出た瞬間に動けるようにするためだ。治安の整い方は、火事場の整い方だ。


 レオンは机に腰掛け、肘をつき、鼻先を少し動かした。癖のようでいて、観測の動きだ。


「相談窓口の話だろ」


 言い方が砕けているのに、目は現場の目だ。


「はい。ここには“相談”が存在しない」


「存在しないっていうか、禁忌に近い」


 レオンは鼻で笑った。


「相談って言葉、ここじゃ“密告”と同じ匂いがする。誰かを落とす匂い。だから、まともな奴ほど言えない」


 誠二は頷いた。相談が密告と同義の文化では、一次の安全地帯が機能しない。入口の言葉から変えなければならない。


「どういう時に“相談”が密告になるんです」


 レオンは雑に指を折る。


「まず、相談したやつが疑われる。次に、相談された側が恨む。最後に、周りが距離を取る。匂いがつく。残り香ってやつだ」


「相談しただけで」


「そう。相談しただけで。正しいことをしたつもりでもな。……だから皆、黙る」


 黙る。黙ると熱が溜まる。熱が溜まると爆ぜる。爆ぜると強権が出る。強権が出ると再戦になる。ここまでの連鎖が見えている。


 誠二は机の上に一枚、紙ではなく結晶板のメモを置いた。改竄不能ログに入れる前の設計図だ。


「言葉を変えます。“相談窓口”ではなく、“詰まりの申告”にします」


 レオンが眉を動かす。


「詰まり」


「詰まっている、という状態だけを扱う。誰が悪いかは扱わない。罰の匂いを消す。密告の匂いを消す。まずは入口の匂いを変えます」


 レオンが鼻で息を吐き、少しだけ笑った。


「匂いの話が通じるの、助かる」


 誠二は笑わない。ただ頷く。笑うと軽くなる。軽くなりすぎると線が溶ける。溶けた線は燃える。今日の仕事は燃えない形を作ることだ。


 


 一次安全地帯の設計は、昨日までの案を“この世界用”に作り直すところから始まった。


 この世界には巫女がいない。つまり「聞く人」を神聖視する文化がない。聞く人はすぐに買われる。買われれば腐る。腐れば燃える。だから、聞く人を作らない。聞く工程を作る。


 誠二は女王のブリーフィング室に、関係者を呼び戻した。席に着くメンバーの温度差が、いつもより大きい。要旨公開の波紋が出た直後だからだ。


 ヴァルディアは短く言った。


「今日の議題は一つ。一次を作る。ここからが延焼前の止血だ」


 ガルドが雑に言う。


「一次ってのは、“相談所”だろ。扇動の温床になりそうで嫌な匂いがする」


 予想通りだ。強権派は一次を嫌う。一次は逃げ道だからだ。逃げ道は、統制の目から見ると「抜け道」に見える。抜け道に見えるから潰しにくる。潰せば凍る。凍れば爆ぜる。


 誠二は否定しない。否定するとガルドは反発する。反発は旗になる。旗になれば観客が増える。


「温床になります。設計を間違えれば」


 誠二は淡々と言った。淡々と言うと、相手は“反射で怒れない”。これが権威耐性の加護かどうかは分からないが、少なくとも誠二は“怒らせない言い方”を知っている。


「だから、温床にならない要件を置きます。抜け道ではなく工程にします」


 ノワールが短く言う。


「要件を置け。恣意を殺せ」


 セレーネが柔らかく言う。


「罰の匂いを消すことが先です。罰の匂いが残ると、誰も来ません」


 サイラスが紙の角を揃えながら、丁寧に刺す。


「誰も来ない窓口ほど優秀に見えるものはありません。数字は美しくなります。……そして、静かに燃えます」


 レオンが鼻で笑う。


「言ったろ。相談は密告の匂いだ。匂いを変えないと誰も来ない」


 誠二は頷き、机の上に“一次安全地帯の仕様”を並べた。


「一次はこうします。

一、匿名。名前は取らない。取るなら二次へ上げる。

二、報復禁止。一次に触れた者への不利益取扱いは、二次決裁で即停止とする。

三、担当ローテ。固定担当は作らない。買われるから。

四、傾向監査のみ。件数と類型だけ監査する。本文は残さない。

五、ログに残さない。ただし件数だけは残す。件数は事実だから」


 ガルドが眉をひそめる。


「ログに残さない? それ、腐るだろ」


 いい反応だ。腐敗の恐怖がある。恐怖は正しい。恐怖を無視すると腐る。腐れば燃える。


 誠二は答える。


「本文を残さないだけです。件数と類型は残します。あと、一次担当の動きは“監査ログ”として残します。相談内容ではなく、手順の遵守状況を監査する」


 ノワールが即座に拾う。


「手順監査は必要だ。本文監査は不可。本文監査は密告の匂いを増やす」


 セレーネが頷く。


「本文が残ると、相談した人が怖くなります。怖いと黙ります」


 レオンが軽口で言う。


「黙ると熱が溜まる。溜まると爆ぜる。爆ぜるとガルドの出番」


 ガルドが鼻で笑う。


「俺の出番が増える話はやめろ。胃が死ぬ」


 サイラスが淡々と締める。


「胃が死ぬ前に工程を置く。素晴らしい。胃薬はあとで経費にしましょう」


 ヴァルディアが短く場を締めた。


「一次は作る。国家決裁で保護する。報復は許さない。外部助言者、条文化しろ」


 女王が決めると、一次は“制度”になる。制度になると、少なくとも表向きに潰されにくくなる。表向きに潰せない分、裏で潰しに来る者が出る。裏で潰しに来る者が出るから、ローテが必要になる。設計は連鎖だ。連鎖を見越して置く。


 


 一次の場は、その日のうちに形になった。


 場所は王城の外縁、民が入りやすい動線の途中。だが目立ちすぎない場所。目立つと旗が刺さる。刺さると燃える。目立たないと来ない。来ないと意味がない。だから、目立たせ方を“生活”に寄せる。


 看板には「相談」と書かない。「申告」と書かない。「窓口」とも書かない。


 書いたのは、こうだった。


――詰まり受付(一次)

※罰の手続きではありません

※匿名で構いません

※報復は禁止です(国家決裁)


 短い説明だけを添える。短いのに刺さる。刺さるが燃えない言い方にする。ここはサイラスの助言が効いた。燃える語彙を避け、説明可能性の語彙を残す。


 入口の担当はローテ制。今日の担当は内務の若手と治安の現場係。法務は直接置かない。置くと罰の匂いが濃くなる。軍務は置かない。置くと圧が強すぎる。宰相は置かない。置くと観客が増える。女王はもちろん置かない。女王が置いた瞬間、旗が立つ。


 誠二は担当者に短く言った。


「判断しなくていい。聞くだけ。分類するだけ。二次へ上げるかどうかも、今日は“要件の確認”だけ。結論は出さない。出すのは工程だけ」


 担当者は頷いた。頷くしかない。ここは現場にとっても新しい。新しいものは怖い。怖いものほど、工程が要る。


 そして、その怖さを誠二は否定しない。否定すると無理が出る。無理は燃える。


 


 夕方、一次に最初の短文が入った。


 紙片ではない。結晶板の入力欄に、震える指で打ち込まれた短文だ。匿名。名前はない。種族もない。年齢もない。ただ文字だけが残る。


『返して』

『怖い』


 昨日の『返して』だけでも重かった。今日、『怖い』が付いたことで、火種の質が変わった。


 返して、は要求だ。

 怖い、は状態だ。


 状態は扱える。要求は燃える。要求を状態へ落とせるなら、工程が回る。


 セレーネがその文字を見て、喉を鳴らした。白エルフの善意が強く揺れる。揺れると押し付けになる。押し付けは燃える。だから彼女は自制する。


「……怖い、が出ましたね」


 ノワールが短く言う。


「状態だ。状態は一次で扱える」


 レオンが鼻で息を吐く。


「ほらな。相談は密告の匂いだって言ったろ。怖いって言えるだけで、匂いが変わる」


 ガルドが眉を動かす。


「怖い、って言われても、誰が怖いんだ。何が怖いんだ」


 誠二は答えた。


「今はそこを決めない。決めた瞬間に犯人探しになる。犯人探しは密告になる。密告は燃える」


 サイラスが丁寧に頷く。


「怖い、は燃料ではなく温度計です。温度計を叩き壊すと、火が見えなくなります」


 ガルドが鼻で笑う。


「温度計を壊すと燃える。……面倒だな」


「面倒だからこそ、工程です」と誠二は淡々と返した。「面倒を省くと、最後にもっと面倒になります」


 その日のうちに、二件目、三件目が入った。


『夜、出られない』

『子どもが見られた』

『名前を呼ばれた気がする』


 全部、状態だ。全部、短い。短いから重い。短いから補完されやすい。補完される前に、工程に落とす。


 誠二は一次担当に“返しのテンプレ”を渡した。返しもログに残さない。だが返しが恣意だと燃える。だからテンプレにする。


「あなたは悪くない」ではない。

「相手が悪い」でもない。


書くのはこうだ。


――受領しました(一次)

――あなたの安全を優先します

――報復は禁止です(国家決裁)

――必要なら二次へ上げます(要件確認のうえ)


 温度を上げない言葉。だが冷たすぎない言葉。情緒で慰めると期待が生まれる。期待は裏切られる。裏切られた期待は燃える。だから慰めではなく工程を渡す。


 


 夕刻、一次の場が動き始めたことが分かった。


 そして同時に、潰しに来る気配も出た。


 ガルドが部屋に入ってきた時、空気が一段硬くなった。巨人の圧はそれだけで火種になる。本人が悪いわけではない。存在が強権カードだからだ。


「で、これが一次ってやつか」


 ガルドは看板を見て、鼻で笑った。


「扇動の温床になりそうで嫌な匂いがする。匿名ってのが最悪だ。匿名は無責任だ。無責任は燃える」


 予想通りの論点だ。匿名=無責任。一次=怠慢。そう見える側の視点。ここを潰すと凍る。凍ると爆ぜる。爆ぜるとガルドが出る。ガルド自身がその連鎖の中にいる。


 誠二は否定しない。否定ではなく、要件で返す。


「匿名は無責任ではありません。匿名は“報復を防ぐ装置”です。報復がある社会では、実名相談は成立しません。成立しない相談窓口は、統計を美しくするだけです」


 サイラスが後ろで丁寧に刺す。


「美しい統計は、最も高価な嘘になります。スポンサーが喜びます」


 ガルドが睨む。


「お前は黙れ。胃が痛い」


 レオンが鼻で笑う。


「胃が痛いなら帰れ。ここは喉が乾いてるやつの場所だ」


 ガルドが唸る。


「喉が乾いてる? だから酒飲むのか」


「違う」とレオンは肩をすくめた。「乾いてるのは、怒りが燃える前のやつだ。水をやらないと燃える」


 セレーネが柔らかく、だがいつもより硬く言った。


「ここは罰の場ではありません。罰に見えると、誰も来ません。誰も来ないと、熱が見えません。熱が見えないと、突然燃えます」


 ノワールが短く止める。


「匿名は一次。二次は実名。決裁はログ。責任は残る。よって無責任ではない」


 誠二はガルドに向き直った。


「あなたの懸念は正しいです。匿名は悪用されます。だから、悪用を止める工程を入れます」


 ガルドが眉を動かす。


「工程?」


「一次の本文は残しません。だが、件数と類型は残す。傾向が偏れば監査する。

担当はローテで買われにくくする。

そして、一次の“結論”は出さない。出せるのは二次だけ。二次は実名でログ決裁。

匿名が権力になる余地を殺す。匿名が武器になる余地を殺す。匿名はただの温度計です」


 サイラスが静かに付け足す。


「温度計を叩き壊すと、火が見えなくなります。火が見えないと、軍が突然出ます。——それは陛下が最も嫌う形でしょう」


 ヴァルディアが短く言った。


「嫌う」


 女王の一言で、ガルドの圧が少しだけ引いた。ガルドは女王には逆らわない。逆らうと自分が旗になることを知っている。


 ガルドは大きく息を吐いた。


「……分かった。潰さない。だが、監査は入れろ。腐ったら俺が叩く」


 誠二は頷いた。


「腐らない形にします。叩く前に、工程で止めます」


 ガルドが鼻で笑う。


「その言い方、嫌いじゃない。胃は痛いが」


 軽口が落ちる。落ちると空気が少し緩む。緩むと割れにくい。割れにくいと燃えにくい。一次の場は、こうして守られる。


 守られる、というより“潰されない仕様になる”。


 


 その夜、誠二は胸元の札を押した。


 神界へ。日次終業。区切りの工程。現実に戻る必要はない。案件期間中の停止は継続している。神界で休み、明日またここへ戻る。出向のようなスポットバイト。矛盾しているが、矛盾を運用するのが仕事だ。


 


 神界の執務室に戻ると、リュシアは机にいた。


 今日は机に胸を乗せている。だらけているというより、重さを預けている。完璧な造形が、重力に負けている。その“負け”が、誠二には少しだけ安心だった。気を抜ける人の方が判断が安定する。判断が安定すると、燃えない。


「おかえり。一次、動いた?」


「動きました」


 誠二は短く報告する。相談窓口が密告と同義の文化であること。入口語彙を変えたこと。匿名、報復禁止、ローテ、傾向監査、本文非保持、件数保持。最初の短文『返して』『怖い』。そして軍務総監が潰しに来たが、工程で止めたこと。


 リュシアが目を細める。


「最初の一通は?」


 誠二は頷いた。


「制度が動いた証拠です。怖い、が出た。状態が出た。要求が状態に落ちる入口になった」


 リュシアは机に胸を乗せたまま、短く言った。


「好き」


 一言だけ。熱は上がる。だが、線を越えない。越えないから続く。


 誠二はグラスを持ち、同じ温度で返した。


「好き、で済むうちに工程を固めます。済まなくなると燃えるので」


 リュシアが小さく笑った。笑いが短い。短い笑いは安全だ。


「そういうのも、好き」


 飲みは短めだった。今日は情報量ではなく、初動の証拠が出た日だ。長く飲むと余計な感情が出る。余計な感情は線を溶かす。線が溶けると燃える。


 誠二は区切りを作って席を立った。


 


 仮眠室に戻り、シャワーを浴び、ベッドの端に横になる。


 ダブルベッドは広い。広いのに、今日は少しだけ落ち着いた。一次が動いたからだ。動いた制度は、熱を見える化する。見える化すると止められる。止められると延焼率が下がる。


 だが同時に、嫌な兆候も見えてきた。


 一次の件数が、想定より早く増えている。増え方が速い。速いということは、溜まっていた熱がそれだけ厚い。厚い熱は燃える。燃える前に止める工程が間に合うかどうか。


 しかも、表の統計は静かなままだ。治安は安定。暴動はゼロ。苦情は少ない。数字は美しい。美しい数字ほど危ない。一次の件数と、表の統計が乖離し始めている。乖離は、凍りと火の両方の前兆だ。


 誠二は目を閉じる直前、銅鏡の二行を思い出した。


 境界摩耗。延焼前、止めよ。

 外部助言者、受け入れよ。


 止めよ、の意味が、今日少しだけ具体になった。


 止めるとは、叫びを止めることではない。

 叫ぶ前に、怖いと言える場所を作ることだ。


 そして、引きはもうはっきりしている。


 一次の件数は増える。

 表の統計は静かなまま。

 乖離が広がれば、誰かが「一次は扇動だ」と旗を立てる。

 旗が立てば、観客が増える。


 だから次は、乖離を“数字”として扱い、二次へ繋ぐ工程を作らなければならない。

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