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嘘の世界1

白線の扉の数だけ

作者: ハル

港の形をした待合所は、戻る予定だけが残っていた。

床の境界線だけが白く、そこから内側は常に動いているのに、どこにも進まない。


天井の梁がゆっくり回り、椅子の影が擦れて音を出す。

出入口は左右に並んでいるのに、数えるたびに数が揃わない。



塩田は、呼ばれた順にだけ動く、と決めていた。

誰が呼ぶのかは関係ない。

呼ばれた、という事実だけを採用する。


呼ばれるまでは座る。呼ばれたら立つ。

立ったら境界線をまたぐ。

たったそれだけで、ここでは十分だった。



隣の椅子にいる女は、呼ばれる前から荷物をまとめ、まとめ終わるたびにほどいていた。


ほどいた紐が床に落ちると、床のほうが先にほどける。

女はそれを見て笑った。


笑い声は反響し、反響だけが遅れて帰ってくる。


奥の壁際では、少年が扉に耳を当てている。

耳を当てるたびに扉は薄くなり、薄くなるたびに少年の耳が厚くなる。


少年は厚い耳で何かを聞き取った顔をして、誰にも告げず、また別の扉へ行く。



係員のような男が、一枚の札を掲げて歩いている。

札には何も書かれていない。

掲げる手だけが疲れていく。


男は塩田の前で立ち止まり、空の札を塩田の顔の高さまで上げた。

塩田は、まだ呼ばれていない、と判断した。


札が空であることは理由にならない。

呼ばれたかどうかだけが理由だ。



そのとき、港の外側に向いた窓のガラスが、内側に波紋を作った。


誰も見なかったことにした。

見なかった、という行為だけが残り、窓のほうが先に静まった。


塩田の名前は、ここでは重さがない。

重さがないものは落ちない。

落ちないものは拾えない。


だから、呼びようがないはずだった。


それでも、正面の扉の上に吊られた鈴が一度だけ鳴り、

音が反響する途中で、塩田、と呼ぶ声が混じった。



塩田は立った。

迷いはなかった。


呼ばれた。

動く。

境界線をまたぐ。


足裏が白線を越えた瞬間、床の動きが止まったように見えた。

止まったように見えただけで、椅子の影はまだ擦れている。


塩田は扉に向かい、取っ手を握った。

握った手は冷たかった。

冷たさは手から取っ手に移り、取っ手のほうが先に震えた。



扉は開いた。開いたはずだった。

開いた先には、同じ待合所があった。

椅子の並びも、境界線も、回る梁も、女のほどける紐も、少年の厚い耳も、空の札も、全部同じだった。


違うのは、塩田が立ったまま、扉のこちら側にも向こう側にもいることだけだった。


女が紐をほどきながら、塩田の両方を見比べた。

見比べた顔は、どちらにも向いていない。


少年は厚い耳で塩田の足音を探し、足音が見つからないまま扉を薄くした。

係員の男は空の札を掲げ直し、札の裏を表にした。裏も空だった。



塩田は、自分の判断基準は壊れていない、と確認した。

呼ばれた。

動いた。

扉を開いた。


出た、という結果がない。出た形跡もない。

出たはずの姿勢だけが、二つに分かれて残っている。


塩田の片方が、もう片方の肩に手を伸ばしかけた。

伸ばしかけた指先は、境界線の白さに触れそうで触れない距離で止まった。


触れるかどうかは判断に含まれない。

含まれないものは決めない。



女が突然、椅子の脚を一本ずつ撫で始めた。


係員の男は、出入口の数を数え始めた。

数えるたびに扉の並びが揃いそうで揃わない。


少年も数えた。

女も数えた。

塩田も数えた。


数える行為だけが一致し、答えだけが一致しない。


最後に、扉の数は一つだけ合わないまま、梁は回り続け、塩田の指先は白線の上で止まったままだった。


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