第5章 2回目のプロポーズ
第5章 2回目のプロポーズ
それから祖母の四十九日をおこない納骨をした。祖母は直前にお墓を用意してここに埋葬してほしいと父母に伝えていた。祖母は私の家から歩いていける霊園墓地で眠る・・・
それから私は祖母のお墓にお参りするのが毎日の日課になった。その日も朝早く祖母のお墓に訪れた。遠目に祖母のお墓を見ていると年配の男性がお線香をあげている。
「おや?だれだろう?」その男は祖母のお墓に神妙に手を合わせて、涙をこぼしている。いったいだれ?
「あっ!!この方・・・・」
私はびっくりして声をあげそうになった。そこにいる年配の男性は・・・
彼のお父さんだ。彼のお父さん・・・いや・・私のお父さんでもある。私も彼と一度婚約のご挨拶に行ったからよく覚えている。まちがえない彼のお父さんだ。いったいどうして祖母のお墓がわかったのだろう?私は遠巻きで見ていたが向こうが気づいて振り返った。
どうしよう・・・なんて言ったらいいのだろう・・・私は彼のお父さんとは気づかないふりをした。
「ありがとうございます。失礼ですが生前祖母がお世話になった方でしょうか?」
「ああ・・・これは・・・幸子さんのお孫さんですか?ああ⋯よく似ていらっしゃる。失礼いたしました。私はもう30年も前ですが幸子さんの親しい友人でして風の便りにお亡くなりになったことを聞いてお尋ねいたしました。勝手にお邪魔して申し訳ございません。」
「いえいえ・・・30年前ですか?・・・祖母がお世話になりました。」
「こちらこそお世話になりました。」
私は黙って会釈をした。がこの人が私の本当のお父さん⋯と思うと心臓の高まりを抑えられなかった。しかし向こうは私が自分の娘だとは知らないのだ⋯
「もうすぐあなたにも幸せが訪れるような気がします…すみません・・・失礼なことを・・・お邪魔いたしました。」
私の本当の父である年配の紳士は私に丁寧に頭を下げて立ち去った。
私に幸せが訪れる?なにか占いめいたことを言われたが、幸せが訪れるような気がする。と言われれば何の根拠がなくてもうれしいものだ。
それはともかく・・・あの方はお墓の前で泣いていた。かなり真に迫った泣き方だった。
祖母のことを本気で愛してくださったのだろうか?30年前なのに・・・
私はその人の後姿をいつまでも見ていた。
翌日私はいつものように探偵社に出勤する。私の机にはすみれの花が花瓶にさしてある。「小さな幸せ」が訪れますように・・・
すると来客を教えるチャイムが鳴った。
「はい・・・雪野探偵事務所でございます。」
「私御茶ノ水 洋と申します。そちらに和泉すみれさんいらっしゃいますでしょうか?」
私は耳を疑った・・・確かにドアの向こうで御茶ノ水 洋を名乗乗る聞き覚えのある声、まさか・・・ドアを開けると彼が立っているのだろうか?
「はい・・・少々お待ちください。」
「やあ・・・久しぶり・・・」
「なんで?なんで?ひろしさんがここにいるのですか?」
「おどろかせてごめんなさい。そのこともゆっくり話すので、外に出られないかな?」
彼の突然お来訪はどうやら私に用があるようなのだ。そこに小早川がやってきた。
「あら?御茶ノ水さんじゃないですか?」
「ああ・・・先日は大変お世話になりました。」
「いえいえ・・・こちらこそ・・・和泉さんこちらはいいからよかったら休憩がてら、外に出たらいかがですか?」
「ありがとうございます。でもいいですか?」
「いいですよ・・・早く行っていらっしゃい。」
そうして久しぶりに彼と二人っきりになった。話したいことがあるといえばあるのだが、何もしゃべれなかった。
「あの時のコーヒーショップに入ろうか?」
「そうですね・・・」
いったい彼は何を言いに私のところに来たのだろう。もう会ってはいけない二人なのだ。それがわかっていて彼は何を言うつもりだろう。「小さな幸せ」が訪れると思っていたのに、昔を思い出してかえってまたつらい思いをしてしまうに決まっている。
私は彼が誘うままにコーヒーショップに入った。彼は昔のように私には砂糖とミルクを入れ自分はブラックを飲んでいる。あの時の再現のようだ。しかし改めて決別の言葉を言われても苦しむだけだ。なのになぜ?私は緊張の高鳴りが頂点に達した。
「すみれさん?」
「あっ!はい!」
「小早川さんから聞いたと思いますが私の元彼女にこどもができて・・・というのは嘘です。」
「はい、聞きました。それなのにここで私はコップの水をかけてしまいました。申し訳ありません。」
「いや・・・そんなことを言わせるために今日はここに来たわけじゃない。」
「はい・・・・」
「すみれさん・・・もう一度いいます。僕と結婚してください。」
「・・・・」
どういうことだろう・・・2回目のプロポーズ。でも私も彼も彼のお父さんお子ども、母は違っていても兄弟なのだ。
「はあ・・・・」私は力のない返事をする。
「もう僕たちはだれにも遠慮をする必要がない。なぜなら僕たちは兄弟ではない。」
「待って!わたし祖母から遺書のようなものをもらったの。私は間違えなく祖母とあなたのお父さんとの間にできた子なのよ。」
「その通りだ。僕もあなたのおばあさんからそう聞いた。だからそれは間違えない。」
「昨日父があなたのおばあ様のお墓をお参りしたと思うのですが・・・」
「ええ・・・お会いしました。でも私あなたのお父さんだと気づかないふりをしていました。」
「そう・・・父もあえてあなたとは他人を繕い親の名乗りなどしなかった・・・」
そうだったのか・・・彼のお父さんは何もかも知っていてお墓を訪ねてきたのだ。
「それで・・・ここからは、君のおばあ様は知らない僕の父しか知らなかったことだけど・・・僕の方が父のこどもではなかった。」
私の心臓の高鳴りはピークに達した。
「僕は一昨日父から聞いて驚いた・・・僕の本当の父は母が身ごもるとどこかに蒸発してしまった。母は未婚の母になった。そこにたまたま父が現れて父は母の境遇を哀れに思い、母と結婚をして生まれてくる子をつまり僕だが自分の子として育てることにした。それから僕が3歳の時に母は亡くなった。しばらくして父はあなたのおばあさまと巡り会って恋に落ちた。そこから先はあなたの方がよく知っている。父はあなたの存在を聞かされていない。
あなたの存在を知ったのはついこの間だ。君のおばあさまから遺書が届いた。つまりはあなたの子どもを自分の孫として勝手に育てたことへの詫びの手紙だ。そして父は昨日お墓まで行って泣いていたらしい。なんで亡くなる前に言ってくれなかった。言ってくれれば子どもたちも結ばれ、自分たちもやり直すことができたのにと・・・・父は自分たちの恋は終わってしまったが、お前たちはやり直すことができるはずだ。と言って私に電話で真実を告げてきた。私はそれを聞いてすぐ日本に戻ってきた。そして今君にプロポーズをしている。」
私は複雑な気持ちではあるが胸がいっぱいだった。
昨日彼のお父さんは今日彼が日本に来て私に会いに来ることを知っていたのだろう。だからあなたに幸せが訪れるような気がする。などと占いめいたことを言ったのだ。おばあちゃん!!おばあちゃんは私に「小さな幸せ」を届けるために自分の命を引き換えにしてくれたのですね。
4月に入り庭に咲くすみれがとてもまぶしかった・・・・