君の枷でしかない僕が少しだけ前向きになるまで
釣り合わない系のお話になります。
設定はがばがばなので、ご容赦ください。
雲一つない晴天の日、梅雨明けが宣言されて厳しい暑さの中、僕は今日の夕食に使う野菜の収穫をする。今年は西瓜にもチャレンジしてみたからデザートにしよう。
僕の名は西条雅人、24歳。とある離島で農業をメインに空いた時間に島の人の手伝いやテレワークなんかで生計を立てている。
それにしても暑い。毎年ながら35℃近い気温の中で作業するのはしんどい。早く収穫して家でゆっくりしよう。
今日の夕食は豚肉とオクラを醤油と砂糖で炒めたものとサラダと味噌汁。この島に来て一人暮らしを始めたときは自炊できる能力が皆無だったからそう考えると生活力はだいぶついたんだなと実感する。
普段、夜は簡単なテレワークをしてるんだけど、今日は何もない。だからテレビでも見ながらできあがった料理を口に運ぶ。
今見ている番組はトークバラエティ。芸人にも引けを取らないトーク力で番組を盛り上げる女性芸能人。彼女の名は原田成美、テレビで見ない日はないくらい活躍目覚ましい。
この番組のようにトーク力はもちろん、女優としてドラマでの演技力、料理対決の番組では料理の腕、小学生から始めたバイオリンの才能やアイドル顔負けの歌唱力とダンスのレベルの高さ——と言い出したらキリがないくらいに才能溢れる女性だ。
こうやってテレビで彼女を見ていると本当に僕は枷でしかなかったんだなあとしみじみ思う。
※
僕と成美は幼馴染の関係で家が隣で物心つく前からの付き合いだった。今の彼女からは想像できないくらい人見知りで友達ができなかった。一人で寂しそうに砂場で遊んでいることが多かった。そんな彼女をほっとけなかった僕は仲介役となってみんなの輪の中に入れるように成美を引っ張っていた。
小学生に上がるころには徐々に人見知りもなくなって僕がいなくても友達を作れるようになり、性格も明るくなっていった。友達は増えていったけど放課後は習い事がある時以外はいつも僕と一緒に過ごしていた。
成美が傍にいてくれることは嬉しい。だけど僕だけしか付き合いがないというのはよくないと思ったから彼女と遊びたいと思ってる同級生を入れてみんなで仲良く遊ぶようにしていた。
そうやって過ごしているとどうしても他人と成美、他人と僕を比較してしまう。徐々に彼女の能力の高さというのが浮き彫りになっていくのを感じた。それと同時に僕の能力は平々凡々であることが分かってきた。彼女は学年が上がるにつれてどんどん能力が高くなり、僕は彼女に何も勝てるものがなくなった。
彼女はバイオリンをやっていたからそれに対抗して僕はスポーツでなら勝てるかもと思って野球を始めた。結果を言うと小学校を卒業するまでずっと補欠だった。成美はというと全国規模のバイオリンの発表会で1位をとり、天才少女と呼ばれるようになっていた。
小学校高学年になると男子たちは成美を異性として意識し始めるようになった。元々見た目は可愛くて、年を重ねるごとにさらに可愛くなっていく彼女に対して好意を持つことは当然と言ってもいい。一方の僕はイケメンにはほど遠く、かといってブサイクだとは言われることはなかったから本当に平凡だったんだと思う。
そんな好意を持った男子から見ると、僕は成美とずっといる腰巾着のように見えたのだろう。「不釣り合いだ」、「彼女にはお前なんかよりももっとふさわしい人がいる」だの言われるようになった。
最初はそんなことを気にしていなかったし、そもそも成美が望んで僕と一緒にいてくれるのだから自分が成美にふさわしいんだと思っていた。
そう思っていた——いや思えていたのは小学生までだった。
中学に上がると僕と成美の能力の差がさらに広がり浮き彫りになっていった。小学校では分からなかったけど成美は学力も高く、テストの成績も学年1位を毎回とっていた。それに比べて僕の成績は真ん中、つまり平凡だ。
運動に関してもそうだ。彼女は女子の中では圧倒的に身体能力が高く、またどのスポーツをやっても高いスキルで部活動をやっている人よりも上手かった。当然僕は普通、平凡だ。
勉強もスポーツ、それ以外も彼女と比較すれば勝てるものは何ひとつもなかった。
そうなると周囲の不釣り合いという言葉はどんどん増えていって僕はその声に耐えられなくなっていった。自分が惨めになっていった。自分に自信がなくなっていった僕は一度成美に相談をした。
「そんな声気にする必要ないよ。それに努力すれば、努力している姿を見せればみんなの評価も変わるよ!」
確かにそうだと思った。確かに僕は努力が足りない。彼女と肩を並べられるように頑張ればいいんだと意気込めるくらいに気合いが入った。
そこから僕はひたすらに努力をした。勉強時間を増やし、部活は野球部だったから夜は素振りや走り込みをし、身だしなみにも気をつけた。でも結局何もかも平均以上を超えることはできなかったし周りの評価も変わらなかった。
僕が努力している間に成美はさらに色んなことに磨きがかかっていた。まず見た目はもうアイドル顔負けと言ってもいいほどのルックス、身長も僕より高くモデルにだってなれるんじゃないかというくらいにスタイルも抜群。
学力は常に1位、部活はバレー部で県大会で上位に入れるくらいに活躍。バイオリンでも相変わらず全国規模の大会で入賞するし、何をやっても高いレベルのことができる完璧女子、正に高嶺の花という存在になっていた。
比べれば比べるほど僕と成美の差がありすぎる。もはや努力なんかでどうこうできるものではないと僕の心は折れてしまった。周りが言うように僕と彼女は釣り合わない、彼女には僕なんかよりももっとすごい能力の高い人がお似合いだと思うようになった。
僕は彼女と距離を取った方がいい。そう思っていたところに成美は僕にもっと構うようになった。
「一緒に勉強しよう。分からないことがあったら教えるよ」
と勉強を教えてくれるようになった。
「一緒に運動しよう。雅人に合ったトレーニング方法とか調べるから」
そう言って僕が野球部でレギュラーに入れるようにトレーニングに付き合ってくれるようになった。折れていた心が少し立ち直ったような気がした。
僕の立場や評価などを気にしてくれたのかもしれない。成美はほぼ僕に付きっきりな状態になっていた。
そうなると男子からは「なんであんな奴が原田さんと」と刺されるような視線、女子からは「原田さんと仲良くできない」と言ったような恨みなどをより感じるようになった。
成美はそういう周りにも気を配って僕のことを考えて行動してくれた。嬉しいという気持ちはもちろんあった。でも成美に面倒をみてもらってる自分が本当に情けなかった。
僕はどこまでも平凡から抜け出せることはできなかった。僕は立ち直ったと思っていた心は結局折れたままで、これ以上成美に面倒をかけさせるわけにはいかないと思うようになっていった。
そんなことを強く感じていたある日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻る途中で話声が聞こえた。
「西条ってほんとダメダメだよな。あんなダメな奴に原田さんが構ってるってのが気に食わないんだよな」
「ほんとそれ。あいつ多分自覚ないと思うけど、あいつが原田さんの足枷になってるよな」
「そうだな。あいつがいなかったら原田さんはもっと自分のことに時間使えるし、自由になれるよな」
それを聞いて僕はショックを受けた。その日の夜はベッドの上で自分の存在についてずっと考えた。
今の僕は成美に支えてもらっていると思っていた。でもそうじゃなかった。僕が成美を縛っているんだ。僕の存在は成美の枷なんだ。このままだと彼女の才能が、可能性が断たれてしまう。なんとかして彼女と距離をとらないといけない。という結論が出た。
僕は成美にもうサポートはしてもらわなくてもいいことを伝えた。その時の彼女の悲しそうな顔を見て心が痛んだけど、そうしないと彼女の大事な時間を奪ってしまうから僕は自分なりにもう少し頑張ってみると嘘をついた。
成美のサポートはなくなったけど、彼女は僕と一緒にいることをやめようとはしなかった。登校は一緒、下校もタイミングが合えば一緒、お昼も週に2、3回は一緒と距離をとれない状態が続いた。もう僕は彼女に申し訳ないと思うようになった。
そして僕が完全に彼女と縁を切らないといけないと思うできごとが起こった。それは高校受験だ。はっきり言って彼女の学力であれば難関校だって簡単に入れるレベルだ。だから僕は高校は別々になるんだと思っていたら、成美は僕の志望校に行くと言い出した。
「私は雅人と一緒がいいの。だから雅人と同じ高校に行く」
どんなに説得しても全く聞く耳を持ってくれず、彼女は僕と同じ高校へ進むことになった。
彼女の学力なら絶対にもっとレベルの高い高校に行けたし、そこでもっと才能を伸ばせたはずだ。そんな彼女の可能性を僕が奪ってしまったんだ。
僕はこの時、完全に成美の枷になっているということを自覚した。
そこから僕の計画が始まった。僕が彼女の前から消えればいい。そうすれば彼女はもっと自由に羽ばたける。才能をもっと発揮できる。僕は両親を説得した。高校を途中で退学して通信高校に行きたいということを。誰にも知られないような場所で一人暮らししたいということを。
もちろん両親は反対した。僕は反対するのなら強行突破するか死ぬというほぼ脅しに近い形で説得した。僕の覚悟を汲み取ってくれたのか最終的には受け入れてくれた。
高校に入学してすぐにアルバイトを始めた。退学する気だったから昼間も学校に行かずにアルバイトをやってもよかったけど、成美に心配かけたり何か勘づかれたりするかもしれないと思い、早朝は新聞配達、夕方はファミレス、夜はテレワークで24時間のチャット対応のバイトをすることにした。
成美にはバイトに専念するからということは伝えておいたので彼女とは自然と距離をとることができた。バイトをしながらどこで一人暮らしをするか考えている時に今僕がいる離島でIターンの募集があったので、時間があるときに実際に現地まで行って話を聞いたり着々と準備を進めていった。
こうして僕の計画は順調に進み、高校2年の夏休みに入る前日に退学した。その時使っていたスマホは解約してデータは完全に消去した。親名義になるけど自分で料金は払うようにして新しいスマホを用意した。
両親には絶対に成美はもちろん誰にも行き先を教えない、場所が分からないと言うようにと伝えた。もし伝えれば勝手に住む場所を変えるということも伝えたから大丈夫だと思う。現に今もこうして成美にバレずに生活できているからね。
※
ボーっと過去を振り返っていたらトーク番組はとっくに終わっていた。先ほどの彼女の姿を見て本当に思う。僕がいなくなったことで彼女は大空を羽ばたくことができたんだと。
成美は僕がこの島に来たあとすぐに芸能界に入ったみたいだ。すぐにテレビで話題の人となり、芸能人をやりながら日本最高峰のT大学に進学するなど彼女の持つ才能が遺憾なく発揮された。
もし僕があのまま高校にいたら絶対に大学も僕についていくと言っていたに違いない。彼女の才能を、可能性を潰してしまうところだった。僕の選択は間違ってはいなかった。
ここでの生活も8年目を迎えた。本当に最初のころは何をやっても上手くいかず、島の人達の手を借りてなんとか生活できた。それを振り返ればあのまま社会に出ていたらどうしようもなかったと思う。今の離島での暮らしは僕のような平凡の人間にはぴったりなんだろうな。
皿を片付け、デザートのために収穫した西瓜を切る。果肉たっぷりでちゃんと育ってくれたみたいだ。これなら来年も西瓜を育てられそうだ。それにしても一人で食べる分にはちょっと多いかな。彼女の一人でもいればちょうどよかったかな、なんて思ったら先ほどの番組で出ていた成美が頭の中に浮かんだ。
はっと気づき頭を振った。そんなこと考えることじゃない。どんなことがあっても成美が彼女になることはないんだから。どこかでいい出会いがないかなあ。
西瓜を食べ終わり、今日はもう寝ようと布団に潜り込む。明日は寺田さんというこの島で一番お世話になっているおじいさんのところで畑周りの草刈の手伝いをすることになっている。草刈はこの暑い中で行う作業の中でかなりきつい。早めに寝て明日に備えようと眠りについた。
※
ピピピピっとスマホからアラームが鳴り目が覚める。布団をたたんで押し入れにしまい、服を着替えて朝食を摂る。いつもと同じ日常、もはやここまでがルーティンとなっている。僕は納屋に置いてある草刈機、燃料を軽トラに積んで寺田さんの家に向かう。
「おはようございます」
「おはよう、雅人君。今日はよろしく頼むよ」
「はい、先に畑に行って作業始めちゃいますね」
「ああ、こっちはみんなの水とか準備していくから少し遅れるよ」
「分かりました」
寺田さんに挨拶をして畑に向かう。畑にはもうすでに2人来ていて草刈の準備を始めている。
「おはようございます、佐竹さん、秋山さん」
「おはようございます、西条さん。西条さんも手伝いだったんですね」
「おはよう、西条君。君がいれば作業も早く終われそうだよ」
最初に返事をしてくれた人が佐竹さん。僕よりも年上だけどこの島に来たのは3年前だから先輩ってことで敬語で話してくれる気さくな人だ。あとから返事をしたのは秋山さん。この島生まれで普段から何かとお世話になっている人だ。
僕らは軽く雑談をしてすぐに草刈作業にとりかかった。時間はまだ朝の8時、そこまで暑くない。できれば午前中に作業は終わらせたい。今となっては草刈機の扱いにも慣れ、この島の中では一番速くてきれいに刈り取れるくらいにはなっている。そういうわけで色んな人から草刈のお手伝いを要請されるんだ。
僕は奥の方から道路側へ草刈をしていると寺田さんがやってきて彼も草刈を開始した。4人で四角い畑の周囲1辺を担当するという流れだ。
作業を始めて2時間、10時になって休憩に入った。寺田さんが用意してくれた水と塩分タブレットで水分と塩分を補給していると1台の車が通りがかって停まった。
「すみません、テレビ局の者なんですけど取材と撮影とかして大丈夫ですか?」
助手席側からテレビ局のスタッフらしい人が名刺を渡してくれ、後部座席の窓が開くとビデオカメラを構えた人が現れた。見た感じ本当にテレビ局のスタッフなんだろうなと思うけど、僕ら島民の人間からすると少し警戒してしまう。
「取材はいいとしても、撮影するってこんな草刈の休憩しているだけのところを撮影して何になるんだい?」
「今離島のIターンが話題になっていまして、離島での暮らしを取材することになったんです。この島は結構前からIターン希望者を積極的に募集していたので実際にIターンした人からのお話も聞きたくこの周辺を周らせていただいています」
「なるほどそういうことか。ならちょうどいい。ここにいる雅人君と純也君はIターンでここに来た人間だ。今は草刈作業をしているから話が聞きたいならあとで彼らに聞くといい」
純也君とは佐竹さんのことだ。寺田さんがスタッフにそう伝えるとスタッフが再度撮影許可を求めてきたのでOKを出した。スタッフは休憩中と草刈作業中の様子を撮影していた。
僕はテレビの取材という非日常の出来事に少し興奮していた。これがテレビで放映されればIターン希望者が増えるかもしれないし、島も活気づく。どんなことを聞かれるんだろうかなど考えながら草刈をした。
草刈作業は12時半に終了し、作業代としてお金を少しとお弁当をいただき解散となった。取材に関しては佐竹さんの方が優先され、テレビスタッフは佐竹さんについていった。佐竹さんは家族でこの島に来たからそちらの方が視聴者も参考にしやすいかもという判断だった。
僕としては僕みたいな独り者なりの離島での暮らし方を取材してくれればよかったのにと少し残念な気持ちだった。テレビ局が取材でこの島に来たというニュースはあっという間に島全体に広がり、取材期間中はその話題で持ち切りだった。1カ月後の夕方のニュース番組での特集で放送されるということだった。
※
1カ月後、僕は夕食の準備をしながらニュース番組を見ていた。先日の取材の放送が今日されるからだ。どんな風に放送されるか楽しみにしていた。
だけど時間にして約10分、夕食を作っている間に終わってしまった。メインは佐竹さんの島での生活であとは島民にIターンについての印象をインタビューして終わった。
ちなみに僕は佐竹さんと草刈で休憩していたシーンでほんの数秒だけテレビに映った。
それからは特に何も起こることなくいつも通りの日常に戻った。まあテレビの取材が終わってからもいつも通りの日常だったけどね。とにかくこれまでと何も変わらない毎日を過ごしていた。
9月に入り、いつものように朝のルーティンをやってそろそろ白菜と大根の種まきでもやろうかと納屋で準備をしている時に「すみませーん!」という声が聞こえた。
僕は家の入口まで行くとそこには一人の男性と二人の女性がいた。女性のうち一人はあの原田成美だった。
「西条雅人さんですよね?」
男性がそう聞いてきた。成美が何か言いたそうな顔をしているがそれを無視して男性に答えた。
「はい、そうですが何か御用でしょうか?」
「僕、あと彼女たちを覚えていませんか?」
「一人は分かります。芸能人の原田成美さんですよね。お二方については申し訳ないのですが分かりません」
僕はあくまで全くの赤の他人という風に三人に応対した。
「やっぱり忘れられてましたか。僕は大森幸則、彼女は遠藤紗智です。中学の時の同級生です」
ああ、思い出した。大森と遠藤は僕と成美のことを不釣り合いだ、成美から離れろと率先して言っていた人達だ。
「思い出しました。お二方とも僕のことを嫌っていましたよね?なぜ僕を訪ねて来たのですか?」
「申し訳ありませんでした!」
「本当にごめんなさい!」
二人はいきなり土下座をして謝ってきた。意味が全く分からない。
「土下座なんてやめてください。とりあえず中に入ってください」
こんなところ島の人に見られたらたまったもんじゃない。僕は3人を促して家の中に入ってもらった。リビングの和室に通して座ってもらい、座布団を敷き、そのあと少し待ってもらってお湯を沸かしてお茶を用意した。
「粗茶ですがどうぞ召し上がってください」
「「ありがとうございます」」
大森と遠藤はお礼を言った。成美は先ほどから何も発していない。ずっと僕を見ているだけだ。
「それでどうして僕を訪ねて来たのですか?あと先ほどの土下座は一体なんだったのでしょうか?いや、その前にどうして僕がここにいることが分かったのですか?」
「西条さんの質問については僕から説明します。まず西条さんがこの島にいることを知ったのは先日のニュースでの特集で一瞬だけ西条さんが映ったことがきっかけです」
あんな一瞬映っただけで特定されたってこと?ていうかテレビに出れば成美にバレる可能性があったのを完全に失念していた。
「西条さんは知らないと思いますが、高2の夏休み明け、西条さんが高校を退学して行方が分からなくなったことで大騒動になったんです。高校の方はそうでもなかったと聞いていますが、中学の同級生の間ではなぜいなくなったのか原因がはっきりしていたからです。僕達が不釣り合いだなんだと言っていたことだと。あれは完全にいじめでした。僕達が精神的に西条さんを追い詰めたんだと責任の擦り付け合いで叩き合いが始まりました」
なるほど、僕という存在はいない方がいいと当然に思ってこの島に来たけど、周りの人達からしたらいきなり行方知らずになったわけだから驚いたんだろうな。
高校はそうでもなかったっていうのは分かる。バイトばかりして交友関係なんて築いてなかったし、成美ともうまく距離が離れていたから不釣り合いだとかそういうのは言われなかったからね。
「叩き合いを収めてくれたのが原田さんでした。誰が悪いじゃなく全員が悪いんだと。はっきりそう言われました。僕達は大いに反省しました。僕と遠藤さんが代表として原田さんと一緒に西条さんのご両親に謝罪しに行きました。精神的に追い込んだことについては僕と遠藤さんはお叱りを受けました。ところが原田さんにも西条さんがいなくなった原因があると言われたのです」
「わざわざ僕の実家まで行って謝罪したんですね。それで原田さんにも原因があるということについて両親は何と言ったんですか?」
「原田さんが西条さんに依存していると仰っていました。原田さんが高校を西条さんといたいからという理由で選択したことについて怒っておられました。僕達が精神的に追い詰めたのもあって、西条さん自身が『原田さんの可能性を潰した』と責任を感じていたことを原田さんに伝えていました。ちゃんと自分の足で立って自分の進路を考えて行動しなさいとお叱りを受けていました」
「つまり、原田さん含めて私達同級生全員が西条君がいなくなった原因を作ったということです。西条君本人に謝りたいということを伝えましたが、本人の強い意志で絶対に居場所を教えるなと言われたから教えるつもりはないと言われました」
依存か……。確かに振り返ればずっと成美は僕と一緒にいたがろうとしていた。あれは依存だったと言われれば腑に落ちる。そう考えると僕の存在が全て悪かったというのは違っていたということか。
でも、それでもだ。僕は彼女とは不釣り合いだし、枷だったということは変わらない。だから気にしなくていいのに……。
「皆さんに言われていたことに対して僕は自分で納得した上でここにいます。今さら謝られても何とも言えないですし、罪悪感を感じているのであれば気にしなくて大丈夫です。今後もこのような形で来られるのであればこの島から姿を消す覚悟はありますので、僕のことは忘れてください」
「分かりました。僕と遠藤さんはこのまま帰ります。ですが、原田さんとはきちんと話をしてください。これだけはお願いします」
二人は立ち上がって家を出ていった。目の前には机を挟んで居住まいを正した成美がいる。何を言えばいいのか分からないでいると、成美が口を開いた。
「雅人、ごめんなさい」
「さっきも言ったけど謝られても許すも何もないよ。気にしなくていい。僕がいなくなって君は大空を羽ばたくことができたんだ。これからも応援している」
「待って!話を終わらせようとしないで!きちんと話をした上で雅人が無理だって言うならちゃんと諦める!だから私の気持ちを聞いてほしい」
「……分かった」
「私があなたに依存していたのは確かにそうだった。でもね、一つだけ分かってほしいのは私はあなたが好きだってこと。愛してるってこと。だからあなたの傍にいさせてほしいの」
成美が僕のことを好き?愛してる?僕はそれを聞いてしばらくぶりに動揺している。
「芸能界に入ったのはあなたに私が元気でいるって安心してほしかったから。それとあなたに依存せずに自分の足でしっかり立っているところを見せたかったから。今は自分の立場も分かっているから今すぐとかは思っていない。雅人と一緒に生きたいの。だから傍にいさせてください」
これは……、そう、これは僕が努力して心が折れた時に諦めた思い……。
「でも……、僕は……僕は君と肩を並べることができなかった!僕が君の隣に立てる資格はないんだ!」
「じゃあ歴史上で名を残した偉大な人のパートナーは肩を並べられるくらいに凄かったの?違うよね?だから資格があるとかないと関係ないんだよ?私は雅人が好き!雅人はどうなの?教えてほしい……」
「僕は……、僕も成美のことが好きだ!でも僕には君を幸せにできる自信がないんだ!」
僕は砂場で一人遊びをしていて声を掛けた時から成美のことが気になっていた。それが恋だと自覚したのは成美に色んなことで負けだした小学生の時。好きな子に負けたくなかった。カッコいいところを見せたかった。
「僕は君に勝ちたかった。でも僕が君に勝てるものは何もない。くだらないことと思うかもしれないけど、僕には大事なことでそれがないから自信がない。ふさわしくないと思ってしまうんだ」
「それなら雅人が勝ってるところあるよ。さっき分かったけど身長、もう私よりも高くなってる。それに筋肉もすごいついてるから力では勝てないよ。今農業やってるんでしょ?農業の知識だって私なんかよりあるんだから探せばいくらでも勝ってるところはあるよ」
だから自信持って!そう成美に言われて気づく。僕が見ていたのは過去の僕だ。あれから7年経つんだ。なのに僕はずっと過去の自分に囚われていたようだ。
気づいた途端になんだか後ろ向きだった気持ちが前を向いた気がした。
「ちょっと前向きになれたかも。とりあえず成美との関係を完全に断とうという気はなくなったかな」
そう言うと成美の表情がぱあっと明るくなり、テレビでも見たことないとびっきりの笑顔で微笑んだ。
このあと、この島を舞台に僕を巡って色々起きるんだけどそれはまた別の話。
お読みいただきありがとうございました。
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