選ばれた者、選ばれなかった者
部屋に入ると真ん中に聖剣と思わしき剣が横向きで台座に置かれており、剣の傍に教会の神父が立っていた。
(あれが聖剣か? 思ったより地味というか普通の剣と変わらないな)
カインが感じた通り、台座に置かれている聖剣は普通の剣とあまり変わらない見た目でなんなら少しくすんでいて手入れを怠ったナマクラの剣のようであった。
「緊張する必要はない。君はただこの剣を握るだけでいい」
神父が優しい口調でそう言うが、どこか疲れのようなものを感じる。
しかしそんな事はどうでもよく、カインは緊張をほぐす為に大きく深呼吸をしてから剣の前に向かった。
「では、剣の柄を握りたまえ」
カインは言われたまま目の前の剣の柄をそっと握った。
……
……
(……何も、起きない……)
「また、ダメか。君、もう出てっていいよ」
声を掛けられるがカインはその場に立ち尽くしている。
(ダメ? 俺は……選ばれなかったのか……)
「聞こえなかったのかね、早く出なさい」
「……」
「はぁ、この物を部屋の外に」
カインは現実を受け入れられないまま、強制的に部屋の外に連れて行かれた。
「クソ! 選ばれなかった……畜生……畜生……」
部屋の外に出されたカインは広間の壁を殴って叫んだ。
周りの人間が一斉にカインの方に視線を向けるが、そんなことはどうでも良かった。
カインはその場に座り込み壁にもたれかかる。
(……ごめん、父さん母さん……俺、選ばれなかった)
心の中で両親へ、自分の手で魔王への復讐を果たすことが叶わなくなったことを謝り続ける。
(ごめん……ごめん……)
両親へ謝り続けているとカインの目に涙が浮かんでくる。
「クソだせぇな……俺」
カインは座り込んだまま、服の袖で涙を拭いクリアの選定が終わるのを待つことにした。
(なんだ、あれ?)
カインが涙を拭った数秒後、選定を行っている部屋から眩い光が放たれる。
急いで立ち上がり、カインは部屋へと向かった。
部屋の仕切りをカインが思いっ切り横に開く。
「……カイン、俺……」
仕切りを開くとそこにはクリアが聖剣を握って立っていた。
先程見た姿とは違い、刀身は鏡の様な銀色に輝き真ん中辺りに読めないが何かしらの文字が浮かび上がり赤く光っている。
それは正に聖剣と呼ぶに相応しい剣だった。
「……クリア、お前……」
カインが認めたくない現実をクリアに聞こうとした所で、その答えが別の人の口から聞こえてくる。
「おお、新しい勇者の誕生だ! 世界中に知らせよ」
先程まで疲れた様子だった神父が興奮した様子で近くの人間に呼びかける。
カインにとって認めたくない現実を突きつける様に何度も……。
◇
クリアは聖剣に選ばれた後神父に案内されて教皇の元へ連れて行かれ、カインはクリアが帰ってくるまで大聖堂の入り口で待っていた。
(……魔法だけじゃなく、聖剣まで……あいつは俺が欲しい物を全部手に入れていきやがる!)
自分の復讐を奪われたような気がして、カインの心の中でクリアへの嫉妬心が膨らんでいく。
(クソが、クソが、クソが!)
嫉妬心が徐々に怒りへと変わって来ていたその時、近くから子供の声が聞こえてくる。
「おーい、早く来いよ」
「ちょっと待ってよ、いつも僕を置いてくんだから」
「急がないとあいつのいる病院しまっちゃうだろ」
「でもー」
「毎日会いに行くって約束したじゃんかよ!」
子供達の会話を聞いて、カインはクリアとの約束を思い出す。
「……そうか、二人で倒すんだもんな……俺が聖剣を手にする必要は無いよな」
そう言ってカインは、現実を受け入れることにした。
悔しさと嫉妬心を強引に押し殺して……。
「それにしても、クリアの奴遅いな……」
◇
クリアが教皇に呼ばれてから大分時間が経過し、日が暮れてきていた。
カインが夕陽に照らされながら待っているとクリアが大聖堂から出てきた。
「あっ、待ってくれてたの。先に帰っててよかったのに」
教皇と長い間話をしていたからか、クリアの声には疲れが感じられる。
「勇者様はずいぶんとお疲れだな」
「勇者様はよしてよ。まだ実感ないんだから」
カインが話しかけるとクリアの表情が一気に和らいだ。
「勇者は勇者だろ、実感持てよ!」
「そう言われても……」
クリアはまだ勇者になった実感が無いらしく、勇者扱いされることに戸惑っている様子である。
「……仕方ないな、恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけど……」
「うん?」
急に小声になったカインにクリアは首を傾げる。
するとカインは立ち止まり深呼吸をしてからその言葉を口にする。
「……ふー、おめでとうクリア、お前が……勇者だ」
少し照れくさそうにカインがそう言うと先程まで緩んでいたクリアの表情が引き締まる。
「……ありがとうカイン、勇者として僕が必ず魔王を倒すよ」
クリアが覚悟を決めた所をカインが軽く叩く。
「イテッ、なにすんのさ」
「バカ、魔王は二人で倒すんだろ。ガキの頃の約束忘れたのか?」
「まさか、忘れてないよ」
二人ともしばらくしていなかった笑顔を浮かべて語り合う。
「それじゃ、お祝いに行くぞ!」
「えっ、どこに連れてくの!」
カインは強引にクリアの手を引いて聖都の商店街へと向かっていく。
少し雲のかかった夕陽に照らされる二人は、まるで無邪気に戯れる子供の様だった。