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人格(7)

 紙を見つめたまましばらく黙り込んでいた史乃が、ゆっくりと口を開く。



「……それで、福丸さん、黒幕の正体は誰なの?」


 黒幕の正体――それが誰であるのかについて、私にはすでに見当がついている。

 もっとも、裏付けはまだ不十分である。


 この状態では、まだ私は黒幕と対峙することはできないだろう。


 ゆえに、私は、羽中の事件の話を史乃に話した上で、さらに史乃から話を聞く必要があるのである。



「黒幕に関して言えることは、噂レベルであれ羽中さんの過去について知っている人物であり、かつ、洞爺さんの人格をよく知っている人物だということです」


「とすると、おそらくこの病院の関係者だね」


 「ええ」と私は同意する。



「それでいて、私と海原さんを殺したいと願った人物ということになります」


「正直、私は、そんな人はいないと思うの。だって、福丸さんも探偵さんも悪い人じゃないし、そもそも、この病院と関わりはじめて日が浅いし……」


「そうですね」


 実は、私は、黒幕の動機について、ある程度見当がついている。

 とはいえ、動機からのアプローチで犯人を決めつけるのは、推論方法として間違っている。そんなことしたら、探偵である海原から叱られてしまう。


 もっと客観的なアプローチが必要だ。


 そのために、私は、史乃に問い掛ける。



「史乃さん、事件があった日の午前中、第三病棟から外に出ましたか?」


 史乃が入院している病棟は、第三病棟である。

 また、今いる面会室――事件の日にも私と海原と史乃との三者で集った面会室も、第三病棟内にある。


 ゆえに、事件があった日の午前、史乃は、何らかの用事がない限りは、第三病棟から出る必要がない。



 私の質問に対し、史乃は、



「出てない」


と即答した。


 それは私にとって予想したとおりの答えだった。

 その答えを聞いた私は、すかさずカバンを漁り、中から紙を取り出す。


 そして、史乃の前に突き出す。


 この紙にも、カードキーの使用履歴が書かれている。

 ただし、先ほどの紙とは違い、こちらに書かれているのは、第三病棟のカードキー使用履歴である。



…………



六月十九日 第三病棟 カードキー使用履歴


一時四十分    町野まちの

一時五十五分   町野

五時〇七分    氷室

六時十一分    氷室

九時三十九分   飯倉

十時〇五分    飯倉

十時五十二分   守屋もりや

十一時四十三分  守屋


…………



「これは事件があった日の正午までの第三病棟のカードキーの使用履歴です。これを見て、何か心当たりはありませんか?」


「心当たり?」


 キョトンとした史乃の顔自体が、まさに「心当たりがない」とコメントをしているに等しい。



「……先ほど話したけど、私は午前中は外出してないから、心当たりも何も……」


「九時三十九分と十時〇五分に女性看護師の飯倉さんのカードキーの使用履歴がありますが、こちらにも心当たりはないということですね?」


「……うん。ないよ」


 私は、若干わざとらしく、うーんと唸る。



「……おかしいですね。警察によると、飯倉さんはこう証言しているんです。九時三十九分と十時〇五分のカードキーの使用履歴は、ナースコールで史乃さんに呼び出され、二重扉を開けた時のものだって」


 史乃は、目をまん丸に見開く。

 これは決して演技などではない、と私は確信する。史乃には、本当に心当たりがないのである。



「史乃さんは、飯倉さんが嘘を吐いていると思いますか?」


「……ううん。飯倉さんは、そういう変な嘘を吐くような人じゃない。でも、もしかすると、勘違いしてるのかもしれない。私、絶対に……」


「飯倉さんによれば、史乃さんは第一病棟の方へと向かって行ったそうです。洞爺さんの待つ受付のある第一病棟の方に」


 ついに史乃が声を荒らげる。



「待って! 福丸さん、何が言いたいの!? まさか、私が事件の黒幕だって、そう言いたいわけ!?」


「そうは言ってません。ただ、仮に史乃さんが黒幕だとすると、計算は合いますね。史乃さんが洞爺さんに会いに行ったのは十時前で、洞爺さんが羽中さんの病室に手紙を置きに行ったのは十一時過ぎですから」


「ふざけないで!! 黒幕は私じゃない!! だって、私は、絶対に外出してないんだから!!」


 この史乃の態度を見て、私は黒幕の正体を確信した。


――ついにチェックメイトだ。



 私は、最後の一手を打つ。



「史乃さん、どうして、午前中に自身が外出していないということを断言できるんですか?」


「だって、私、午前中はずっと寝ていたから!」


 

 エアコンの送風機の音。


 この場面で、これほど空虚な言い訳はない。


 史乃が寝ていた――それは、史乃以外の誰かが寝ていた、ということと、あまりにも大きく意味合いが異なっている。


 史乃自身、少し遅れてそのことに気が付いたようだ。


 ハッと口を押さえる。



「……もしかして……私……」


 史乃の目が潤み始める。


 史乃は、ついに真相へと導かれたのだ――



「……もう気付かれたようですね。事件のあった日の午前中、史乃さんは、夢遊病状態に陥っていたのです」

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