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人格(2)

 しばしの沈黙。

 エアコンがせっせと冷気を吐き出す音だけが聞こえる空間。

 史乃は、繰り返し瞬きをする。


 私の言葉に驚いたわけではないだろう。


 史乃は、私の言葉の意味が分からなかったのだ。



「黒幕がミナコを『殺して』ないんだったら、どうして、ミナコの首は取れてたの? 偶然取れちゃったの?」


「いいえ。ミナコの首は人為的に取られたものです」


「じゃあ、黒幕以外がミナコを『殺した』ということ? どうして?」


 この事件の糸は、あまりにも複雑にもつれてしまっている。その原因は――



「黒幕が殺人の道具として使った者が、この事件では二人いるんです」


 これから私が披露する推理は、間接正犯説の不都合を突破する第三の説――『二重間接正犯説』である。


 史乃は、さらに激しく瞬きを繰り返す。



「殺人の道具が二人? どういうこと? 誰が道具にされたの?」


「もちろん、一人目の殺人の道具は、羽中さんです。二人目の殺人の道具は――」


 「洞爺さんです」と、私は言う。


 途端、史乃が眉を顰める。



「洞爺さんが道具……? そんなわけないでしょ。洞爺さんは精神病者じゃないよ。羽中さんみたいに、操り人形には使えないよ」


「たしかに洞爺さんは、健常者です。ただ――」


 私は、いつかの探偵の言葉を思い出しながら、言う。



「精神病者だから危険、とか、健常者だからという安全、という線引きは正しくありません。一般に健常者の方が理性的だとはいえ――いや、理性的だからこそ、時に健常者の方が狂ってるんです」


「……何が言いたいの? まさか、洞爺さんが、精神病者以上に狂ってるって言いたいの?」


「時にはそうでしょう」


「洞爺さんが人格者であることは福丸さんも知ってるでしょ? 洞爺さんは、この病院で一番真面目で、一番優しくて、まるで天使のような人」


「天使……そうですね。洞爺さんは天使です。そして、天使は神の命令に忠実です。神から殺生を命じられれば、一切の躊躇いなく、それを遂行します。それが天使です」


 洞爺は、ほとんど来客のないこの病院の受付係である。何もないガランドウの第一病棟の建物で、たった一人で、カウンターの中に立ち続けているのである。

 初めて会った時、私は、洞爺に、ずっと一人でホールにいて寂しくないかと訊いた。それに対して、洞爺は「仕事は仕事なんです」と答え、不平不満は一切述べなかった。

 その時、私は洞爺は立派な人だと思ったし、今でもそう思ってる。


 しかし、こうも思うのだ。



――洞爺は狂っている。



 洞爺は、他者の指示に対してあまりにも忠実だ。忠実過ぎる。決して普通ではない。異常だ。


 黒幕は、この洞爺の「異常」な人格に目をつけ、利用したのである。


 法律的には、間接正犯というのは、刑事責任を負わない者を利用して犯罪を実現する場合を指す。


 洞爺には、責任能力もあるし、一連の犯行の中で、洞爺には、自らが刑法に反したことを行っているという意識も生まれていたはずだ。

 その意味では、厳密にいえば、洞爺との関係では、黒幕のやったことは間接正犯とは呼べず、括弧付きの「間接正犯」なのかもしれない。


 しかし、洞爺が、黒幕の道具として、黒幕の計画どおりに動いたことは事実である。


――否、洞爺は、黒幕の当初の計画以上に、黒幕のために動いたのである。

 

 黒幕にとって、洞爺は、精神病者以上に使い勝手の良い「最良の道具」だった。


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