人格(1)
「史乃さん、お久しぶりです」
「……この前は、私のせいで大変な目に遭わせちゃって、ごめんなさい」
一ヶ月ぶりに訪れた第三病棟の面会室は、雰囲気がガラリと変わっていた。
外が晴れているせいである。
面会室には、嵌め殺しの巨大な窓がある。他方で天井の蛍光灯の光は弱々しいので、この巨大な窓が主な光源なのだ。
過去三回ここに来た時は、雨が降っていたか、曇りだった。ゆえに、この部屋も暗かった。
しかし、私が入院していた一ヶ月の間に梅雨が明け、今日は燦々とした晴れである。
煌々とした日の光を背景に、史乃は、対面の席の私に対して、頭を下げている。
「史乃さん、どうして謝るんですか?」
「だって、福丸さんと、それから探偵さんが襲われたのは、私の面会の直後だから……」
史乃の声は、エアコンの送風音に紛れ、消えていった。
「史乃さんのせいではないです」
「でも、私に会いにさえ来なければ、あんなことには……」
「そうだとしても、史乃さんのせいではないです」
「あれなければこれなし」の条件関係の話をしても何にもならない。
無限の因果の海の中に混じっている明確な悪意――私の関心の対象はそれだけだ。
「私は生死の境を彷徨い、海原さんは死んでしまいました。ただ、それは史乃さんのせいではありません。この事件にはちゃんと犯人がいますから」
「あの時、羽中さんはどうかしてた。羽中さんは本当は優しいおばあちゃんで……」
「犯人は羽中さんではないです」
「え?」
史乃は目を丸くする。
「探偵さんと福丸さんは羽中さんに刺されたんじゃ……」
「でも、羽中さんが犯人ではないんです。裏で羽中さんを操っていた黒幕がいますから」
史乃は、開いた口が塞がらない、という様子である。
「黒幕はいない、と刑事から聞いたけど……」
史乃は、私たちが襲われる前に最後に会っていた患者である。
ゆえに、警察からも、他の患者以上に入念な事情聴取を受けたのだろう。
だとすると、私が一から説明する必要はない。
私は、早速「第三の説」の説明へと取り掛かる。
「警察は、事件について、完全なる妄想説をとっています。『ある事情』により間接正犯説が成り立たないため、消去法により、完全なる妄想説をとらざるを得ないのです。史乃さん、この『ある事情』とは何だか知ってますか?」
「たしか犯行機会だよね。羽中さんが大事に持っていた人形の首を取ることができた黒幕がいないって話だったと思う」
やはり史乃はよく分かっている。史乃は賢く、理解力が高いのだ。
「そのとおりです。ミナコを『殺す』ことができる黒幕がいないんです」
「じゃあ、やっぱり黒幕はいないってことじゃないの?」
「いいえ。黒幕はいます。しかし、黒幕はミナコを『殺して』などいないのです」