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論理(2)

 私の提案に、洞爺は、心からの納得はしていなかったと思う。

 洞爺からすると、もっといえば、この青浄玻璃精神病院の職員からすると、羽中の事件は、もう「済んだ話」なのである。それを蒸し返されることは、どの病院職員も望まないことだろう。


 しかし、洞爺は、嫌な顔一つせずに、「分かりました」と、消去法の検討に同意した。


 洞爺というのは、そういう人物なのである。



「洞爺さんも、警察から取り調べを受けましたよね?」


「はい。二度ほど」


「そこで、警察から、間接正犯説、つまり、羽中さんを背後で操っていた黒幕がいる可能性があるという話は聞きましたか?」


「はい。聞きました」


「では、確認ということになってしまいますが、間接正犯説をとる場合の説明をします。黒幕が羽中が不在の間、もしくは羽中の就寝中に羽中の病室に忍び込み、意図的に、ミナコの首をもいだ。そのことに気付いて狂乱する羽中に黒幕は接近し、ミナコの首をもいだ犯人は最近病院に出入りしている『不審者』である私たちだと耳打ちをした。そして、羽中に、盗む等して手に入れた予備カードキーを渡した。さらに黒幕は、私たちは第三病棟にいるだろうと伝え、私たちを殺すよう指示した」


 間接正犯説は、完全なる妄想説とは違い、『偶然』『妄想』というような要素に依存していない。

 それは、明確な殺意と意図を持った黒幕の介在ゆえである。

 完全なる妄想説の弱点は、間接正犯説においては、黒幕の犯行計画によって補われているのだ。


 しかし――



「間接正犯説には難点があります。黒幕の犯行機会です。黒幕は、羽中さんの病室に侵入して、ミナコの首を取ってしまわなければなりませんが、そのチャンスは限られます。この日、羽中さんがミナコとともに第三病棟内にいる姿が、複数の患者と職員によって目撃されています。羽中さんは、午前中を、主にレクリエーション室でミナコと一緒に過ごしていたみたいです。最後の目撃時刻は、十二時五十分頃。ある患者が廊下ですれ違う際に目撃しています。その時、羽中さんはミナコと手を繋いでおり、もちろん、ミナコの首はくっついていました」


 つまり、十二時五十分の段階において、ミナコの『生存確認』がされているのである。



「先ほどの話ですと、福丸様たちを襲うために羽中様が第八病棟を出たのは、たしか十四時半過ぎでしたよね」


「正確には、十四時四十二分です。つまり、黒幕は、十二時五十分から十四時四十二分の間に、ミナコを『殺害』したことになります」


 その間、二時間弱である。



「ただ、実際には、その時間に『殺害』のチャンスがなかったということでしょうか?」


「機会そのものはあるんです。羽中さんには、毎日十三時頃から一時間半程度昼寝をする習慣がありました。この日も、先ほどの最後に廊下ですれ違った患者に対して、羽中さんは『これからミナコとお昼寝するの』と伝えていたそうです」


 犯行機会自体はある。

 何者かが羽中が病室で昼寝をしている最中に、病室に忍び込み、そこにあるミナコの首をもげば良いのである。

 病室のドアには、通常の病院同様、鍵は付けられていない。


 しかし――



「洞爺さん、先ほど渡した紙の裏面を見てみてください」


「はい」


 洞爺が紙をひっくり返す。

 紙の裏面にも、カードキーの使用履歴が書かれている。なお、ここに書かれている名前は、全てこの病院の職員の名である。



‥………



六月十九日 第八病棟 カードキー使用履歴


〇時〇二分    松田まつだ

〇時三十四分   松田

五時四十五分   飯倉いいくら

六時〇〇分    飯倉

八時二十一分   氷室ひむろ

八時三十分    氷室

八時五十六分   久野くの

九時二十二分   飯倉

十一時〇六分   久野

十一時二十分   洞爺

十一時二十四分  洞爺

十二時十三分   飯倉

十二時三十七分  篠田しのだ

十二時四十一分  篠田

十四時四十二分  予備(羽中)


…………



「ちょっと見にくいかもしれませんが、これは、羽中さんの病室がある第八病棟の二重扉の、事件があった日の午前〇時から、羽中さんが第八病棟を出た十四時四十二分までの使用履歴になります。カードキーが使用された時刻と、使用されたカードキーの持ち主の名前が書かれています。ちなみに、警察の調べによると、ここに名前のある職員の方々は、この日、自らのカードキーを患者等に貸したことはなかったとのことです。なお、『二重扉』の一つ目の扉と二つ目の扉の履歴を一体として記載しているのは、表面と同じです」


「福丸様、これも警察の方に提供してもらったのですか?」


「そうです。本当は捜査機密らしいのですが、頼み込んで特別に提供してもらいました」


 事情聴取に四度も来てくれた蔵沢刑事とは、親しい関係を築けた。そして、何より、蔵沢刑事は、深刻な事件に巻き込まれた私に対してとても同情的だった。

 それゆえに、蔵沢刑事は、私の要望に応えてくれたのである。

 


「福丸様が持っているデータは、この紙に書かれているもので全部ですか?」


「はい。これで全部です。捜査機密なので、必要最低限の情報だけもらいました」


「なるほど」


「それはさておき、羽中さんが昼寝をしていた時間である十三時から十四時半までの履歴を見てください」


 洞爺が、紙をじっくりと見つめる。



「……履歴が何もありませんね」


「そうです。何もありません。そして、その前の履歴を見てみると、入館履歴と退館履歴がちゃんと対応していますので、羽中さんが昼寝をしていた時間、第八病棟には、職員は誰もいなかったことが分かります」


 十三時に最も接近したカードキーの使用履歴は、十二時四十一分の「篠田」である。篠田は、女性看護師だ。この篠田の使用履歴は、直前の十二時三十七分にも同じく「篠田」の使用履歴があるため、退館履歴だと分かる。つまり、篠田は、十二時三十七分に、第八病棟に入館し、十二時四十一分に第八病棟から外に出ているのである。

 他の職員も同様だ。十三時以前の履歴は、それぞれ二回ずつであり、入館後、必ず退館をしていることがそれぞれ分かるのである。

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