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楽園(2)

 雑談は得意という自負はあったものの、いざ「雑談をしろ」と命じられると、一体どのように雑談を始めて良いのやら悩んでしまう。


 慌てた私の口から出たのは、



「ここってすごい場所ですね」


という曖昧模糊とした感想だった。



「すごい場所?……この蒐集コレクションのことかい?」


「……ええ、そうです。生物の死骸……いや、その、生物の標本がたくさんあって……」


 つい口が滑った。


 グハハハと紙元は、舞台の悪役俳優のように笑う。



「死骸……たしかにそうだ。この建物はそこらじゅう生物の死骸ばかりだな。ただ、別に僕が死体性愛ネクロフィリアだというわけではないよ。僕は、生きているものの方が好きなんだ。だけど、生来大雑把な性格でね。サボテンすら水をあげずに枯らしてしまう。だから、標本で我慢してるんだ」


「生物が好きなんですか?」


「まあ、そういうことになるね。ただ、一番好きな生物は人間だよ。そうじゃなきゃ、精神科医なんて酔狂な職には就いてないさ」


「人間も生物の一種……ですもんね」


「もちろん。人間の遺伝子は、チンパンジーの遺伝子とたったの四%しか変わらないんだ。人間なんて、チンパンジーに毛が生えたようなもの……いや、毛が抜けたようなものだな。そういえば、この建物の二階には、チンパンジーの剥製もあるよ。持って来ようか?」


「……いや、結構です」


 話し始めてから一分足らずで、私は、路下が評したとおり、紙元が狂人であるということを確信した。紙元は、精神病者とは、また違った種類の「キチガイ」なのだろう。



「この建物全体が副院長さんの部屋なんですか?」


「ああ、そうだよ。押し付けられたんだ」


「ここって病棟なんですよね? 患者さんはいないんですか?」


 外見も内見も病棟には見えないが、たしか路下には病棟として紹介を受けたはずである。


「だから、押し付けられたんだって。ここが第何病棟か知ってるかい?」


「えーっと」


 たしか――



「第四病棟でしたっけ?」


「そうだよ。この国において最も不吉な番号である『四』なんだ。とりわけ、病院では、死を連想させるといって蛇蝎だかつのごとく嫌われてる数字だね。僕に言わせると、単なるダジャレだと思うんだけど」


「それで『第四病棟』という名称を引き受けたわけですか」


「まあ、そういうこと」


 とりわけ居住空間に関して、四という数字を避けたいという気持ちは、私も何となく分かる。仮に家賃が相場よりも安かったとしても、四〇四号室には住みたいとは思えない。


 ただ、紙元は、いかにもそういうことは気にならなそうなタイプである。そもそも、自ら、部屋を死骸だらけにしているのである。むしろ「第四病棟」という名称を歓迎してさえいそうである。



 紙元は、間違いなく変な奴だが、訊いたことにはちゃんと答えてくれる。

 紙元と「雑談」をしているうちに、私の頭の中に、この病院を訪れてからの数々の疑問が浮かんできていた。

 探偵は、相変わらず、あらぬ方向を見て呆けているし、この機会に色々と訊いてみよう。



「副院長さん、この病院の病棟には、どうして二重扉が付いているのですか?」


 これが私が最も気になっていることである。

 私は、当初、あたかも動物園の開放飼育コーナーのように、中にいる動物――この病院でいうと精神病者――を外に逃さないために二重扉が設置されるのだと考えた。

 しかし、路下によると、それは「誤解」であるらしい。

 とはいえ、私は、二重扉の設置理由について、路下からは納得がいく説明を受けられていないのである。



「もちろん患者さんのためだよ」


 紙元は、路下と同様の、私には少しも腑に落ちない回答をした。



「どうして二重扉が患者さんのためになるんですか? 患者さんを閉じ込めることで患者さんが喜ぶということですか?」


「福丸さん、そうじゃないよ。二重扉は患者さんを閉じ込めるためじゃなくて、患者さんを外敵から守るためなんだ」


「外敵? ここの病院の患者さんは何者からか命を狙われてるんですか?」


「患者さんの一部はね」


「……え?」


 自分で質問しておきながら、必ず否定されると思っていたので、紙元の予想外の回答に、私は唖然とした。



「……どうして? どうして命を狙われてるんですか?」


「すまない。僕の回答が不正確だったかもしれない。『患者さんの脳内では命を狙われている』というのが正確かもしれない。少なくとも、今はね」


「……つまり、被害妄想ということですか?」


「そうとも言うね」


――なんだ。そういうことか。つまり、実際には命を狙われてなどいないのである。



「ただ、福丸さん、妄想には大きく分けて二つのパターンがあるんだよ」

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