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記憶(5)

 私は、心の中で特大の舌打ちをしつつも、面会が終わってから文句はまとめて言おうと決め、再び史乃に作り笑いを向ける。



「史乃さん、精神科の通院歴を伺えますか?」


「それは夢遊病でってこと?」


「はい。もちろん」


「それは先ほど話したとおりで、事件前は、夢遊病では一度も病院にかかってないの」


「ああ、そうでしたね。思い出しました。意味のない質問をしてしまいすみま……痛っ!」


 また踏まれた。



「福丸さん、やっぱりナースコールで看護師を……」


「いえいえ。本当に大丈夫なんです!」


 私は、今度こそ仕返しをしようと足を何度も繰り出すも、その度にタンッタンッと床を踏みつけることとなってしまう。

 もしかして、海原の正体は幽霊で、足がないのではないか――

――いや、そんなことはない。先ほど、私は海原の足で踏まれているのだ。矛盾する。



 私の反撃が奏功しないうちに、海原は、またルーズリーフを私に手交する。そこに書かれていたのは――



「夢遊病じゃない。夢遊病以外の精神病通院歴を訊け」


 は? 夢遊病以外?

 そんなの今回の事件と関係ないじゃないか。しかも、必要以上に史乃のプライバシーに立ち入ることに、私には強い抵抗がある。


 私が、海原のメモをどう処理しようか悩んでいると、史乃の方から、



「私、夢遊病以外での精神科の通院歴ならあるよ」


と、自己申告をしてくれた。



「そうなんですか?」


「中学生の頃から鬱っぽくて、正式に鬱病と診断されたのは高校二年生の頃。それ以来、定期的にずっと精神科に通ってて、今も服薬してる」


 鬱病というのは、私にとっては最も聞き慣れた精神病である。私の身の回りにも、鬱病の友人はいる。

 史乃から鬱病であるという申告を受けて、驚きはしなかったものの、とても意外に感じた。

 史乃には、鬱病っぽさが少しもないのである。

 それは薬で鎮められているがゆえなのか、鬱病にも色々なタイプがあるがゆえなのか、私には判断ができなかった。



「私、鬱病のせいで、大人になってからもまともに働けたことがないの」


「そうは見えないです」


 史乃は、私が社会人になってから出会った、海原や敦子や木乃葉などと比べれば、はるかに社会で通用しそうである……比べる相手がさすがにアレ過ぎるか。



「まともに働かず、ずっと両親のスネを齧ってて、挙げ句の果てにその両親を殺しちゃったんだから、最悪の人間だよね」


「いや、そんなことないです。そんなことは決して……」


 海原が考えた質問により、史乃が鬱病であるという新たな事実が判明した。

――しかし、その事実を知ったところで、一体何の役に立つというのだろうか。やはり史乃のプライベートの余計な詮索だったのではないかという気がしてならない。


 これ以上史乃に負担をかけないためにも、ここで質問を打ち切ろう――と思った矢先、海原からまたルーズリーフが手渡された。



「夢について訊け。夢遊状態のときじゃなくて、普段見ている夢についてだ」



 またしても事件とは関係なさそうな質問である。夢の内容――しかも、夢遊状態でないときの夢の内容――など、事件と関係のない、極めてプライベートなことではないか。

 いや、もはやプライベート以下の内容である。夢の内容など、訊いても無意味でしかない。

 海原は、史乃の夢の内容を聞いて、一体どうしようというのか。まさかこれから夢占いでも始めようとでもいうのか――


 タタタタタタと、海原が繰り返し床を踏む音が聞こえる。

 私がなかなか指示どおりに動かないことに苛立ち、地団駄を踏んでいるのだろうか。それとも「早く質問をしないと、また足を踏みつけるぞ」という脅しなのか――


 はあ――


 私は心の中で大きなため息を吐く。

 仕方がない。右隣にいる巨大な「子ども」をあやすためには、私が質問するほかないのだ。



「史乃さん、夢の内容について伺ってもよろしいですか?」


「夢の中身ですか? 私、夢遊状態のときには意識がないんです。ですから、夢を見ていないというか……」


「そうではなくて、普段見る夢について教えてもらえませんか?」


 そんな訳の分からない質問をされて、史乃はきっと唖然とするだろうと思った。


――しかし、その逆だった。


 史乃の表情に、緊張の色が浮かんだ。ゴクリと唾を飲む音も、ハッキリと聞こえた。


 史乃は、重い声で言う。



「実は、私、物心ついた頃から、何度も繰り返し見る夢があるの」


「……どういう夢ですか?」


 正直なところ、私は「所詮は夢の話だろう」と軽く捉えていた。

 しかし、そんな私でさえ、史乃の夢の内容には恐れ慄くほかなかった。


 史乃は、幼少期より繰り返し見る夢の内容につき、こう語ったのである。



「家が燃える夢。燃え盛る家の中に、私の両親が血塗れで横たわっているの」

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