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奇人(3)

 結局また洞爺と、ホールの入り口と受付との間の約二十メートルを隔てた会話のラリーをしてしまった。

 その後、昨日と同様に、洞爺が、ポニーテールを揺らしながら、私のいる入り口まで小走りで駆けてくる。



「福丸様、お待たせしました」


「いえ。そういえば、今日は洞爺さんが第三病棟の面会室まで案内してくださるんですよね?」


「そのつもりですが……それだと困りますか?」


 私は激しく首を横に振る。



「いいえ! 困りません! むしろ洞爺さんが良いんです! 私、路下さん苦手なので! ……あ」


 さすがに言い過ぎたかもしれない。路下と洞爺は同僚なのである。路下を貶すことで、洞爺の不興を買ってしまう可能性は十分にある。


 そのことに気付いた私は、慌てて手で口を押さえたのだが、洞爺には怒ったような素振りはなく、「うふふ」と手で口を押さえて笑っていた。



「福丸様のおっしゃることは分かります。彼は少し独特な方ですからね。悪い人ではないんですけど。うふふ」


 おそらく洞爺の目からすると、セクハラ男も精神病者も、「少し独特だけど悪くない人」となるのだと思う。これが天使の包容力なのである。



「昨日は気が利かずにすみません。本当は面会室まで私もついて行こうと思ってたんですけど、路下さんに、耳元で、『洞爺さんは病院の顔なんだから、早く受付に戻ってください』と言われてしまって」


 如何にも路下の口から出てきそうな女性蔑視的な発言である。



「いえいえ。別に大丈夫でした。私、そこまでか弱い女ではないので」


「とても頼もしいですね。うふふ」


 洞爺とそんなやりとりをしながら、自動ドアから外に出ようと、私は、回れ右をしたのである。



 その瞬間――



「きゃあっ!」


 私としたことが。思わずか弱い悲鳴が出てしまう。

 自動ドアの向こうに、不気味な男がいたのである。


 不気味――そう。どう見ても不気味なのである。

 死体のように蒼白な肌。背骨がひん曲がってるに違いないだろう酷い猫背。目が見えないくらいに目深に被った丸い帽子。コウモリの羽のような先端が尖った奇抜なマント。


 私は、悲鳴を上げただけでなく、腰を抜かして床に尻餅をついてしまっている。

 

 それとは対照的に、なんとも頼もしいことに、洞爺は、棒立ちしたままなのである。


 よく考えてみると、自動ドアは透明であり、かつ、洞爺は自動ドアの方向にずっと体を向けていたのであるから、私が振り返る前から、洞爺はこの男の存在には気付いていたはずなのである。


 それでも平然としていたということは、もしかすると、洞爺はこの不気味な男が誰なのかを知っているのかもしれない。


 ということは――



「洞爺さん、この人ってこの病院の患者さんですか?」


「いいえ。違います」


「え、でも見た目が完全に……」


「見た目ですか? 病院着は着ていないですよね?」


 いや、私が言いたいことはそういうことではないのである。私が言いたいことは、この男の容姿が、正気な人間のそれではないということなのである。

 洞爺がとぼけているのか、それとも天然なのか、私には判断がつかなかった。



「患者さんじゃなければ、一体誰なんですか?」


「あれ? 福丸様はご存知ではないんですか?」


「ご存知じゃないです!」


 私は、ついこの間まで健全に大学生をしていたのである。ここ三日間で新たに出会った人々を除けば、奇人とのコネクションなどない。


 奇妙と言えば、この男は、こうして私が腰を抜かしたり、洞爺とああだこうだ話している間も、ちっとも動かずに、自動ドアの向こう側で仁王立ちしているのである。

 不自然なまでの肌の白さからしても、もしかすると、誰かがイタズラで置いた蝋人形なのかもしれない。



「とにかく、あの方は悪い方ではないですし、きっと福丸様に用があるんだと思います」


「私に用? ……洞爺さん、私、どうすれば良いですが?」


「とりあえず、立ってください。それから自動ドアを開けて、ドアの向こうの方にまず挨拶をしてください」


「……立ち上がるべきなのは分かりました。ただ、その後の行程って私がやらなきゃいけないんですか? 私に用があるなら、あの男が自動ドアを開けて、病棟に入ってくれば良いんじゃないですか?」


「多分、それは難しいと思います。かなり緊張しいな方なので」


 緊張しい? それゆえに、あの男は蝋人形のように固まったまま動けないということなのだろうか。私が知ってる「緊張しい」とは、だいぶ次元が違う気がする。


 とはいえ、洞爺の言うとおりに行動しなければ、この状況は一向に動きそうもないのである。


 私は両手を床について立ち上がり、自動ドアのセンサーが反応するところまで歩を進めた。


 スーッと、自動ドアが開き、私と不気味な男を隔てていた透明の壁が無くなる。


 センサーの下に立ったまま、試しに少し待ってみる。


 一秒、二秒、三秒、四秒、五秒……



 しかし、目の前の男は、微動だにしない。自動ドアが開く前と何ら変わりがないのだ。



 仕方なく、ここも洞爺の言うとおり、私の方から、



「こんにちは」


と挨拶してみる。


 すると、不気味な男は、ようやく、消え入りそうな小声で、



「…………こんにちは」


と返してくる。



「私、福丸叉雨といいます。記者をやっています」


 私は、まるで保育園の先生が園児に語りかけるように、大げさな口調で、ゆっくりと自己紹介をする。



 その上で、



「あなたは?」


と質問する。


 男は、ようやく少しだけ動いた――といっても、首を曲げ、左上の空の方を向いただけなのだが。


 帽子を目深に被っていたため、元々目は合っていなかったのだが、そっぽを向かれてしまったため、いよいよ目が合う余地はなくなった。

 そのような状況を作った上で、ようやく男は、やはり消え入りそうな小声で、自己紹介をする。



「…………僕の名前は海原うなばら遷斗せんと。仕事は…………探偵をやっている」

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