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普通(2)

「福丸君、巳香月とはちゃんと話せたかい?」


「はい。もちろんです」


 賀城の問いかけに対し、私は自信満々で頷く。



「どういう話をしたんだい?」


「とにかく色々ですよ。好きな雑誌の話とか、コスメの話とか。お気に入りのブランドの話もしました」


 史乃は、見た目だけでなく、中身も普通だった――否、普通以上に気さくであり、とても話しやすかった。

 会うまでに抱いていた恐怖心は一瞬で飛び去り、年齢は二回りほど違ったものの、私は友達感覚で史乃と話すことができたのである。



「あと、子どもの頃によく聞いてたバンドの話とか……」


「福丸君、待ってくれ。当然、事件の話はしたんだろうな?」


「……事件?」


「巳香月が引き起こした夢遊病殺人のことだよ。福丸君は、夢遊病殺人について取材するために巳香月に会いに行ったんだろ?」


「ああ……」


 賀城の言うとおりである。

 全くもって言うとおりであるがゆえに、私にできることは、可愛く舌を出すことくらいであった。



「事件については話題に上がりませんでした。えへへ」


「話題に上がらなかったじゃなくて、君が話題にしなきゃいけないんじゃないのか?」


「分かってます。編集長、もちろん分かってますよ。でも……」


「でも?」


「初対面でそんな話をするのって気マズいじゃないですか」


 温厚な賀城も、さすがに堪忍袋の緒が切れるかと思いきや、賀城は、ハハハと大笑いした後、「福丸君が正しいよ」と言ったのである。



「福丸君、君は本当に面白い人物だね。やっぱり君を雇って良かったよ。君は逸材だ」


「……編集長、もしかして私のこと褒めてます?」


「ああ。もちろん。褒めている。手放しで褒めているよ。君には記者の才能があるよ」


 本当だろうか? 取材対象にインタビューをしながら、肝心なことは一つも聞けなかったというのに、それでも私には記者の才能があるというのか。さすがに冗談に違いない。

 しかし、頬は緩む。



「福丸君は育て甲斐があるよ。やはりあの病院に行かせて良かった」


 賀城の発言には、引っ掛かることがあった。



「育て甲斐……もしかして、編集長、私を教育するために、病院の受付の方に余計な指示をしませんでしたか?」


「病院の受付というと、洞爺君のことか?」


「ええ。そうです。洞爺さんに、レクリエーション室に私を連れて行くように指示したのって編集長ですよね?」


 私は、史乃にインタビューするために青浄玻璃精神病院を訪れたのである。

 それにもかかわらず、私がまず洞爺に案内されたのは、史乃の待っていた面会室ではなく、レクリエーション室だった。

 その理由について、路下は、「賀城社長の指示」と説明したのである。



「ああ。そうだ。私の指示だ」


 賀城は、言い逃れをしない代わりに、悪びれることもなかった。



「福丸君の指摘するとおり、君を教育する目的だった。君は新卒で、社会経験がないだろ?」


「精神病の人と話すことが社会勉強なんですか?」


「そのとおりだ」


 本当に悪びれる様子がない。

 果たしてあれは「社会勉強」だったのだろうか。私が会話を強いられたのは、社会にはあまりいない、もっといえば、社会から隔絶された人々なのである。百歩譲って、それでも「社会勉強」なのだとしても、新卒の私に挑ませるにはあまりにも高難度過ぎる。



 まあ、そんな愚痴をこぼしても仕方がない。

 賀城の常識と私の常識が合わないことは、とっくのとうに明らかになっているのだ。



「そういえば、編集長」


「なんだ?」


「編集長はあの病院と何か関わりがあるんですか?」


 洞爺が、「賀城様には、日頃大変お世話になっております」と言っていたのである。たしか「賀城様には、昔から、この病院の『ある業務』を手伝っていただいているんです」とも言っていた。

 具体的なことは賀城に直接訊くようにと洞爺に言われていたので、私は賀城に会ったら必ずこのことを質問しようと心に決めていたのである。


 案の定、賀城は、



「あの病院とは長い付き合いなんだ」


と認めた。



「実はあそこの院長と古い知り合いでね。色々と巻き込まれてしまってるんだよ」


「どういうことに巻き込まれてるんですか?」


「面倒なことだよ。かなり面倒なことだ」


 だけど、と賀城は改まった表情をする。



「それはかなり意義のあることでもある」


「我が社の業務と関係あるんですか?」


「直接は関係していないかもしれないな。どちらかというと私個人の関心分野だ」


「編集長個人の関心分野? それはつまり、一体どういうことですか?」


 記者らしい追及である。どんどん真相に迫っていることを実感する。


 しかし――

 


「福丸君、私と会うのは何回目だい?」


「……え? いきなり何ですか?」


「答えてくれ」


 せっかくの良いところで、質問を質問で返されてしまった。しかも、何という質問なのか。まるで、クイズ番組で、「今何問目?」と訊かれるようなものである。


 とはいえ、立場上、真剣に答えざるを得ない。


 私は、指折り数える。



「……採用面接の時が一回目で、入社日で二回目、昨日が三回目で、今日が四回目です」


「そうだ。まだたったの四回目なんだ。だから、あまりプライベートなことは訊かないでくれ。気マズいだろう?」


 だとしたら、何回会えば教えてくれるのだろうか。

 というか、今しているのはそんなにプライベートな話だろうか。


 一つたしかなことは、賀城に、上手く話をはぐらかされてしまったということである。

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