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内実(4)

 実際に面会室のドアの前に立つと、ようやく路下と別れられるという安堵感よりも、ドアを開けることへの緊張感がすぐに上回った。



「福丸さん、なんで立ち止まってるんですか? 面会室に入らないんですか?」


「入ります。ただ……」


「どうしたんですか? 俺が代わりにドアを開けましょうか?」


「いいえ。結構です」


 身振り手振りで路下の提案への拒絶を示すことはできたが、その手をドアノブに持っていくことができなかった。



 面会室のドアは、何の変哲もないスチールドアである。おそらくドアの向こうの部屋も、何の変哲もない部屋なのだろう。


 しかし、その中で待っている人物は――



「路下さんは部屋の中には入らないんですよね?」


「はい。俺の役目は、ここまでの道案内なので。まあ、福丸さんが寂しいって言うんなら、部屋の中まで付き添っても良いですけど」


「寂しくないです。そういう問題じゃないんです」


「じゃあ、どういう問題なんですか?」


「いや、だって……」


 直接口にするのは憚られたのだが、路下には、私の言いたいことをぜひとも察して欲しかった。



「寂しいんじゃなければ、心細いんですか?」


「そうじゃないんですけど……ただ、寂しいよりも、心細いの方が近い気がします」


「……もしかして、福丸さん、巳香月さんのことが怖いんですか?」


 薄闇の中、私は、黙って頷いた。



 巳香月史乃が怖い――そんなの当たり前ではないか。

 だって、巳香月史乃は、殺人犯なのである。しかも、両親二人を殺害し、家に火までつけたというのである。殺人犯の中の殺人犯――凶悪殺人犯である。



 私が恐怖心を抱くのも無理はない。記者なのだから、殺人犯をインタビューすることもあるだろうと言われるかもしれないが、私はまだ記者になって二日目の新人なのだ。



「……あの、路下さん、面会室には遮蔽措置的なものはあるんですか?」


「遮蔽措置?」


「よく刑事ドラマとかであるじゃないですか。容疑者と面会するときに、透明なアクリル板が間にあって、それを挟んで話すみたいな」


「ああ、たしかに刑事ドラマだとありますね。ただ、福丸さん、あれは刑事施設で身柄を拘束されている場合ですよ。精神病院の面会室にはそんなものはありません」


「……どうしてですか?」


「だって、巳香月さんは、無罪判決を受けた後に、この病院で入院しているだけなんですよ」


 路下の言っていることは理解できる――しかし、納得はできない。


 たしかに巳香月史乃は高裁で無罪判決を受けたかもしれない。

 しかし、それは巳香月史乃が人を殺していないことが発覚したからではなく、巳香月史乃が夢遊病であり、責任能力が否定されたからだ。


 無罪となったからといって、巳香月史乃が危険人物ではないということが証明されたわけではない。むしろその逆で、巳香月史乃は、無意識下でうっかり人を殺してしまう超危険人物だということが明らかになったのではないか。金銭トラブルとか何かを抱えて、やむにやまれぬ理由で人を殺した普通の「犯罪者」以上に、巳香月史乃はヤバい奴なのである。


 巳香月史乃が、初対面の若い記者に突然襲いかからないという保証が、一体どこにあるというのだろうか。



「……手錠も付けてないんですか?」


「もちろん」


「……私、怖いんです。殺されたらどうしよう……」



 私は切実に我が身の安全を案じているのだ。だというのに――



 路下は、フッと鼻で笑う。



「殺される? そんなこと、断じてあり得ませんから」


 なぜ断じることができるのか――


 巳香月史乃は、実際に二人を殺めているのである。


 私が三人目になるかもしれないじゃないか――



「巳香月さんは普通の人ですよ」


「普通!? そんなわけないじゃないですか!」


 路下に揶揄われないように、泣くのを我慢していたのであるが、もうそろそろ涙腺が限界である。


 それなのになぜ――



「まあまあ、声を荒らげないでください。記者さん相手には釈迦に説法ですが、『百聞は一見に如かず』ですよ」


 路下は、先ほど私が拒否したはずなのに、灰色のドアのノブに手を掛けているのである。


 

 そして、私の意に反し、ゆっくりとドアが引かれる。



 そこで待っていたのは――


 少し奇妙な終わり方ですが、ここで第一章は終了です。

 長編小説は、起承転結をそれぞれ意識した四部構成にするよう心掛けてますので、この作品もおそらく全四章となるかと思います。

 ただ、舞台説明ばかりで展開はほとんど進んでいないのに、文字数ばかりが嵩んでしまったこと(ここまでで3万6000字。普段書いてる探偵モノだと完結してる字数ですね……)を考えると、後先心配です。

 というのも、この作品は、文学フリマ大阪(9月)に文庫本として売りたいので、字数は最大でも15万字程度に抑えなければならないのです。まさか上下巻の二分冊というわけにもいかないでしょう苦笑



 ということで、この作品はあるタイミングからジェットコースター展開になるかと思います。このままのペースで書くと20万字超え必至ですので、ギアを上げます。


 さて、第二章は、起承転結の「承」に該当するわけですが、メインの事件(史乃の夢遊病殺人)について説明するとともに、まだ登場させていない主要キャラを登場させ、また、青浄玻璃精神病院に入るとなぜ「治る」のかという謎などに迫っていきたいと思います。


 第二章の冒頭は、「ドグラ・マグラ」の最も有名な部分の引用から始まります。


 ここまではかろうじて毎日投稿ができています。安定してPV数をいただけていることが支えになっています。ありがとうございます。

 引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このクォリティを毎日投稿で維持なさったんですか? 凄い!  私の場合、ある程度、下準備を整えてから書き出して何とか投稿し続ける事が叶う感じなんです。 今や、それすら難しくなっているのに、2…
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