図工(4)
真木島と一応コミュニケーションが取れたことで自信を付けた私は、別の精神病者にも話しかけてみることにした。
考えてみれば、記者という仕事を選んだ以上、たとえ相手が精神病者であれ、人間に話しかけることを恐れてはならないのである。
ここは自称「陽キャ」の腕の見せ所だ。
「すみません。そこの女性の方……今赤いペンを持ってらっしゃる……そうです。あなたです。今、何を作ってらっしゃるのですか?」
私が話しかけたのは、柚之原の隣で作業している女性で、年齢的には、老婆といって良いだろう、白髪に、顔の皺も目立つ精神病者だった。
私に声を掛けられて振り返った女性は、私の顔を見て、ニッコリと笑った。
「お姉さん、だいぶお若いねえ。今、いくつ?」
「今年二十三歳になります」
考えてみると、初対面の相手に年齢を訊くというのは、名前を訊くこと以上に失礼なことなのかもしれないが、真木島のときと違い、私は答えることに少しも躊躇を覚えなかった。
おそらく老婆の笑顔が柔和で、親近感を覚えたからだと思う。私自身の祖母や、子どもの頃によく面倒を見てくれた近所の老人と話すのと同じような感覚だった。
「二十三歳! お若いのに立派だねえ。立派立派」
私の何が立派だというのかよく分からなかったのが、褒められて悪い気はしなかった。「いえいえ、それほどでも……」とか言って、頭を掻いてしまっている自分がいる。
「羽中さん、お若い記者さんが、『羽中さんは何を作ってるんですか?』って訊いてるんですよ」
先ほど来、私が精神病者と話すのを微笑ましそうに見ている洞爺が、話を元に戻してくれる。
「ああ! そうだったわねえ! 私は今、ミナコが遊ぶためのおもちゃを作ってるの」
「……ミナコ?」
「この子よ」
てっきり、病院の外にいるお孫さんの名前か何かと思いきや、羽中という名の精神病者が平手で指し示したのは、机の上にちょこんと座る人形だった。
私の世代でいうと「お世話人形メルちゃん」のような位置付けであろう、顔が大きく、三頭身くらいの、ピンク色のドレスを着て、目がクリクリとした幼児の人形である。
ただし、明らかにそれよりも前の世代の人形であり、大事に扱われているようには見えるものの、年季が入っており、肌もところどころ黒ずみ、髪の毛もすっかり色が抜け、羽中同様の白髪となってしまってる。
「ミナコはすごくお転婆な子だから、おもちゃをあげてもすぐに壊しちゃうの」
「……ああ」
今の場面が、私が青浄玻璃病院に来て以降、最大の難所であるに違いない。
一体、どう反応するのが正解なのだろうか――
まさか「人形がおもちゃを壊すわけない」などと正論を述べるべきではないのだろう。
かといって、あまりの衝撃に、咄嗟に上手く話を合わせることも私にはできなかった。
私が言葉に詰まっていると、今度はちゃんと助け舟が来た。
洞爺が助けてくれたわけではない。
レクリエーション室に、タイミング良く、白衣を着た男性が現れたのだ。
そして、その白衣の男性は、私の名前を呼んだのである。
「福丸さん」
「はい!」
「福丸さん、俺について来てください。面会室に案内しますので」