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図工(1)

 二つ目の扉がスライドして開くと、突然、空気が変わった。

 ワイワイガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきたのである。今いる短い廊下とは、おそらく蛍光灯の種類が異なっていて、扉の向こうは、目が眩みそうなくらいに明るい。


 精神病院――精神病者の監禁施設という私の中のイメージが、早速崩れようとしていた。



「……ここに病室があるんですか?」


「そうです。ただ、病室以外にも様々な部屋があります。今の時間だと、患者さんはレクリエーション室にいます」


「レクリエーション室?」


「すぐそこですよ。今から向かうのはその部屋なのでついてきてください」


 私の頭の中からクエスチョンマークを振り払う唯一にして簡単な方法は、洞爺について行くことで間違いないだろう。


 私は、洞爺の後ろについて、扉を潜った。私が通るやいなや、扉はウィーンと閉じていく。


 歩みを進めるにつれて、賑やかな声が大きくなってくる。


 そして、洞爺の言うとおり、その部屋は、扉を出てすぐの突き当たりにあった。レクリエーション室は、その「浮ついた」名前に相応しく、廊下側が全面ガラス張りとなった、開放的な空間だった。


 まず目に入ったのは、長机であり、その机を囲むようにして、袈裟をまとった十人くらいの人――おそらく精神病者だろう――が座っている。机の上には、ペンや絵の具、木の板や、空の牛乳パックなどが置かれている。


 精神病者のうち、ある者は、色のついたペンを握りしめ、厚紙に絵を描いていたり、また別の者は、隣の精神病者と楽しそうに談笑したりしている。



 私は、まるで保育園のようだと思った。漏れ聞こえる笑い声も、ガラス越しに見える表情も、いずれも子どものように無邪気なのである。


 ただし、精神病者は、いずれも大人であり、私の母親くらいの歳の女性や、力士のように恰幅の良い男性などもいる。


 長机から離れたところには、大きな本棚がある。そこに収まっている本は、カラフルな表紙の絵本ばかりである。



「今は図工の時間なんです」


 洞爺は、賑やかな声に掻き消されないように、私の耳元で言う。



「図工……ですか」


「はい。他にも散歩の時間や、本の読み聞かせの時間もあります」


 やはり保育園のようである――


 牢屋のような場所という当初のイメージは裏切られたが、私は、これはこれで怖いなと思ってしまう。精神病者というのは、そんなにも幼稚で、そんなにも未発達な者たちということなのか。



「それでは、福丸様、中に入ってみましょうか」


「……え? この中に入るんですか?」


「はい。そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。みんな人懐っこい子ばかりですから」


 「人懐っこい子」とはこれまたアレな表現だなと思いつつも、私には、洞爺の指示を拒絶する理由はなかった。


 私は、仕事でここに来ているのである。

 このレクリエーション室の中にいる巳香月史乃に会うことが私の目的であり、それを果たさずしてトンボ帰りというわけにはいかないのである。

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