↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「浮世根問」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/05/20


落語声劇「浮世根問(うきよねどい)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約30分


必要演者数:2名

      (0:0:2)

      (0:2:0)

      (1:1:0)

      (2:0:0)【性別準拠人数比率】


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって、性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


八五郎(はちごろう):何でも知りたがりな上に人の家で飯をいただこうと考える男。

    今日も今日とて物知りのご隠居(いんきょ)の元へ通う。


ご隠居(いんきょ):近所に住んでいる物知り。

    今日も今日とて八五郎(はちごろう)の質問攻めにあう。



●配役

八五郎:

ご隠居:



※枕はどちらかが兼ねて下さい。



枕:浮世(うきよ)とは儚(はかな)い世の中、根問(ねどい)とは根元(ねもと)まで問い詰(つ)める事を指します。

  本来は上方(かみがた)の言葉なんだそうですが、今ではほとんど使われなくなり

  ました。こうしてわざわざ使うのは演じる我々くらいなもんですよ。

  小さなお子さんと話をした方なら分かるかもしれませんが、

  大人になんで?なんで?っていっぱい聞いて成長していくもんです。

  ところが大人同士でそれをやるとなると、中には根掘り葉掘り聞いて

  相手が詰(つ)まるのを見ては面白(おもしろ)がる、厄介(やっかい)な人間もいたりします。

  根掘り葉掘りって言葉もよく考えてみれば変なものです。

  根っこは土に埋まっとるから掘れるわけですが、葉っぱは掘れもしな

  いのに根堀りの後に葉掘りって当たり前みたいな顔してくっついてく

  るんですよ。金魚のフンてやつですかね。

  掘ったら裏側出ちゃうってのに。  

  まあ実のところ、葉掘りってのは語呂(ごろ)合わせらしいですがね。

  …別に根掘り根掘りでも良かったんじゃないかと思うんですが、

  そこは根掘り葉掘りを生み出して、こうやって後世(こうせい)に突っ込み入れさ

  せるネタを作った先人(せんじん)の発想の勝利ってことにしときましょう。


八五郎:さてと、今日も今日とてご隠居(いんきょ)のところでお膳(ぜん)のご相伴(しょうばん)にあずか

    るとしますかね。

    ちわーっ、

    ちわーっ!

    ちわーっ、ご隠居(いんきょ)!

    いますかいー?!


ご隠居:八(は)っつぁんかい、うるさいね。

    そう何度もがならなくたって、聞こえてるよ。


八五郎:あ、聞こえてたんですね、こいつはどうも。

    それで、お膳(ぜん)はまだですかい?


ご隠居:まだだよ。

    というか、家主(やぬし)がまだ食べてないって言うんなら、

    普通はもう時間だからと帰るもんなんだがね。


八五郎:へへっ、三度に一度はこちらでご相伴(しょうばん)にあずかろうと思ってます

    んで。


ご隠居:悪(あく)どいな。人の家に来て飯をたかるんじゃないよ。

    たかるにしたって、せめて四方山(よもやま)の話の末(すえ)にでもするんだね。


八五郎:四方山(よもやま)の話、そうそう、それなんですよ。

    ご隠居(いんきょ)は何でも知っているそうですな。


ご隠居:ああ、自慢じゃないがな。

    この世の中で知らないという事はない、

    というくらい物は知っとるよ。


八五郎:あぁ~そうなんですかぁ。


ご隠居:うん、ありとあらゆるものをな、

    上から下から縦(たて)から横から斜(なな)めから、

    森羅万象神社仏閣(しんらばんしょうじんじゃぶっかく)という具合(ぐあい)だ。


八五郎:へぇぇーえれぇもんですなあ。

    何でそんなに知ってるんです?


ご隠居:暇(ひま)に飽(あ)かして、若い時分(じぶん)から書物を紐解(ひもと)いたものでな。


八五郎:ええ、書物(しょもつ)の紐(ひも)をほどくんですか。

    バラバラになっちゃいますなあ。


ご隠居:別々に言うんじゃあないよ。

    紐解(ひもと)くってのはな、読むって意味だ。


八五郎:読む! へえ、どうやって?


ご隠居:どうやってって聞かれても困るね。

    読み方にも色々あるんだ、

    例えば一生懸命(いっしょうけんめい)に、じっくり読むのを熟読(じゅくどく)て言うんだ。


八五郎:ははあ、熟読(じゅくどく)。ふむふむ。


ご隠居:ちょっと読むのは通読(つうどく)、手当たり次第(しだい)に読むのは乱読(らんどく)と言うね。


八五郎:するってぇと、読まずに置いとくのは積(つ)ん読(どく)ってなどうですかね

    ?


ご隠居:ほほう、面白(おもしろ)い事言うねぇお前さんは。


八五郎:しかしご隠居(いんきょ)、そうやって本を読んでますけど、何か良い事でも

    あるんですか?


ご隠居:ああ、本を読むと世の中が明るくなる。

    お前さんの知らないようなことでもわかるようになるな。


八五郎:それでいろいろ知ってるんですか。


ご隠居:ああ、そんなもんだよ。


八五郎:へぇ~。

    色々聞きたい事は山のようにありますけどね。


ご隠居:そうか、まあこんな折だし、話し相手になって教えてやろう。

    聞くは一時(いっとき)の恥(はじ)聞かざるは末代(まつだい)の恥(はじ)と言ってな、何でも聞かなき

    ゃいけない。

    何でもいいよ。


八五郎:じゃああのね、ノミが脚気(かっけ)を患(わずら)うのかって言うのが一つとね、

    それからこんにゃくは何故(なぜ)こんにゃくかって言うのとね、

    がんもどきの裏表(うらおもて)はどっちかってのとね、

    それからあの、トンボの羽がね———


ご隠居:【↑の語尾に被せて】

    おぉいおい、一度に聞くんじゃないよ。

    それに内容が目茶苦茶(めちゃくちゃ)じゃないか。

    ノミの脚気(かっけ)なんて聞いたってしょうがないだろう。


八五郎:じゃあノミはおいときますよ。

    で、こんにゃくは何でこんにゃくってんです?


ご隠居:【小憎らしい、と発音を似せてください】

    まだ言うかい…こんにゃくらしい奴だね。


八五郎:あそう…ふーん。

    じゃあね、あの、海のものなんていうのはどうです?


ご隠居:ほぉ、海か。


八五郎:海ってのはずいぶん古くからあるんですってね。


ご隠居:そうだな。

    海のものとも山のものともつかないうちからあったんだよ。


八五郎:そりゃまたずいぶんと古いですね。

    海にはいろんなものがいますよね。


ご隠居:ああ、いるね。


八五郎:あの、魚の名前ってなぁありゃ誰が付けたんですか。

    やれマグロだの何だのってのは。


ご隠居:ああ、あれはサバが付けたんだね。


八五郎:へえ、じゃあサバは誰が付けたんですか?


ご隠居:サバは…カツオが付けたな。


八五郎:カツオは誰が付けたんで?


ご隠居:んん~~…、まぁ、順に順に付けたんだな、あれは。


八五郎:あ、そう、へぇ…。

    そうだ、イワシは?


ご隠居:イワシはな、自分は人の名前付けたんだから、

    私の事は誰でも勝手に言わっしゃいと言ったな。


八五郎:え、なんですって?


ご隠居:勝手に言わっしゃいと言うのが、イワシの、これが元なんだ。


八五郎:あ、そうなの、ふぅん…。

    なんだかきわどいね。

    あの、ウナギなんてなぁなんでウナギっていうんです?


ご隠居:おお、いい事聞いてくれたね。

    あれは昔、ノロと言ったんだ。


八五郎:へえ、ノロ!

    ウナギって昔ノロって言ったんですか!


ご隠居:そうだよ。それで、鵜(う)という鳥がいるな。

    アレがノロを好きで呑(の)もうとするんだが、ノロだって呑(の)まれちゃ

    いけないと思うからな、長い体で鵜(う)の首に巻き付く。

    巻き付いて締め上げると鵜(う)がしんどい、となって苦しがる。

    見てた人が、「ご覧なさい、ノロを呑(の)みそこなって鵜(う)が難儀(なんぎ)をし

    ている、鵜難儀(うなんぎ)だ。」

    これがウナギの初めなんだよ。


八五郎:鵜難儀(うなんぎ)ですか!

    はぁ~驚いたなぁ鵜難儀(うなんぎ)ね、なるほどなぁ。

    いつも着ているのを普段着(ふだんぎ)ってなどうですかね?


ご隠居:面白(おもしろ)くないよ、そんなのは。


八五郎:あ、そうっすか…。

    ウナギは焼くとかば焼きになりますよね。


ご隠居:そう、鵜(う)に喰われるようなそんなバカな魚だから、

    バカ焼きだ、バカ焼きだってのが、かば焼きになったんだ。


八五郎:それだったら別にバカ焼きでいいじゃないですか。

    なんでバカをかばってひっくり返すなんてまわりくどい事したん

    です?


ご隠居:ひっくり返さないとよく焼けないだろ。

    焦(こ)げちまうじゃないか。


八五郎:はぁぁ~、ふぅん…面白(おもしろ)いもんですなぁ。

    そういやぁシャコなんてのがいるけど、あれぁなんでシャコなん

    です?


ご隠居:なんだい、急に魚から変わるんじゃないよ。

    シャコってのはな、あれぁ車海老(くるまえび)に似てるだろ。

    仲がいいんだ。

    車海老(くるまえび)なんざ、美味(うま)いからほうぼうで追っかけられてね、

    あっちに逃げこっちに逃げる。

    シャコは仲間だからな、こっちこいこっちこい、俺の穴に入れー

    って車入れるから車庫なんて言うけどな。


八五郎:ふへへへ考えましたなぁ、なるほどおもしれえや。

    よし、こらぁやっぱり腰落ち着けてもっといろいろ聞こうっと。


ご隠居:いいよ、腰落ち着けて聞かなくったって。


八五郎:そういやご隠居(いんきょ)、表(おもて)の伊勢屋(いせや)さん、たしか今日婚礼(きょうこんれい)でしたっけ?


ご隠居:あぁ~うんうんそうだよ。

    そうだ今晩だ、あたしも行かなきゃいけないんだ。

    

八五郎:へえ、そうなんですか。

    婚礼(こんれい)のこと世間じゃ嫁入りだって言いますけど、

    なんで嫁入りって言うんです?


ご隠居:嫁さんが来るから嫁入りだよ。


八五郎:いや、それがおかしいって思うんです。


ご隠居:なんでだい?


八五郎:だってさ、嫁ってのは来てから嫁って言うんだからね。

    来る前は嫁じゃねえやな、あれは。

    娘とか女ってんでしょ?

    だから女(おんな)入りとか、娘(むすめ)入りとかさ――


ご隠居:【↑の語尾をさえぎるように】

    あぁいかにもお前さんのこねそうな理屈(りくつ)だ。

    そうじゃないんだよ。

    あれはな、来る嫁に迎える婿(むこ)の両方に二つずつ目があって、

    四目(よめ)入りって言うんだ。


八五郎:へえ、目で勘定(かんじょう)するんで?


ご隠居:ああ、まちがいの無いようにな。

    これを目(め)の子勘定(かんじょう)という。


八五郎:へへへ目(め)の子勘定(こかんじょう)!

    こらどうも驚いたね。

    けどそれじゃあ理屈が通らねえこともありますよ。


ご隠居:なぜだい?


八五郎:あれですよ。

    嫁さんはいいけど、片っぽが丹下左膳(たんげさぜん)や森の石松(いしまつ)みたいな片目で

    婚礼したら、三目(みつめ)入りになっちまうじゃないですか。

    片っぽが按摩(あんま)だと二目(ふため)入りだし、両方目が無いと泣き寝入りって

    ことになりますわな。

    あ、ヤツメウナギで十六目入りなんてどうです?

    

ご隠居:やれやれ、くだらないね、まったく。


八五郎:そういや嫁にきた女の人は奥さんて言いますけど、

    なんで嫁さんが奥さんになるんです?


ご隠居:女の大役(たいやく)は子供を産む事、すなわちお産(さん)。

    奥の部屋でお産をするから、奥さんだ。


八五郎:は~、こらぁつまらない事聞きましたねえ。

    じゃ、二階を借りてお産してるとお二階産(にかいさん)で、

    便所でお産してるとはばかりさんなんてなぁどうですかね?

    五重塔(ごじゅうのとう)なら五階産(ごかいさん)で、五階産(ごかいさん)てえと山開(やまびら)きの御開山(ごかいさん)に通じるん

    と違いますかね?

    あ、寄席(よせ)でお産すると寄(よ)せ算(ざん)になっちゃうなこれ。

    えぇー願いましては~ーー


ご隠居:【↑の語尾に被せて】

    うるさいよ、まったく。

    それにウチじゃ奥さんとは言わない。かかあという。

    女と言うのは家から嫁に出て嫁(とつ)ぎ先の家へ収まるだろ。

    家家(いえいえ)と書いて、家家(かか)と読むんだ。


八五郎:かか! はあぁなるほど、かかね!

    けど家出て家に収まらないのだって居るでしょ。

    行って帰ってきて、それでまた行くってのはさしずめ、かかかぁ

    ですな!

    そうだ、留公(とめこう)のとこじゃ「かかぁーーーッ」て伸ばしやがるんで

    すよ! 何でですかね?


ご隠居:かかかぁだのかかぁーーだの、カラスみたいな言い方するんじゃ

    ないよ。

    そりゃ長くいてもらいたいから引っ張ってるんだろ。


八五郎:そうかあ、いいなぁ、いいもんだねぇ。

    あ、婚礼の席へ行くといろんなものが飾ってありますよね。


ご隠居:ああ、それぞれみんな、めでたいもんだよ。


八五郎:じいさんとばあさんが箒(ほうき)と熊手(くまで)持ってるの、あれ何です?

    何のまじないなんです?


ご隠居:まじないじゃないよ。

    高砂(たかさご)のあれは蓬莱(ほうらい)の島台(しまだい)で、男の方が尉(じょう)、女は乳母(うば)と言ってな。

    年をとっても仲睦(なかむつ)まじくこの通り暮らしてる、っていうやつだ。

    都々逸(どどいつ)にも「おまえ百までわしゃ九十九(くじゅく)まで、共に白髪(しらが)の生える

    まで」ってある。


八五郎:ははぁ、そいつは洒落(しゃれ)ですな。


ご隠居:なんでだね?


八五郎:おまえ掃(は)くまで、わしゃ掻(か)く熊手(くまで)までとかなんとかって言うんでし

    ょ。


ご隠居:そんな馬鹿な洒落(しゃれ)はないよ。


八五郎:じいさんばあさんなんてのは偉いもんですな。

    あとはほら、梅に竹に松…


ご隠居:松竹梅(しょうちくばい)と言うんだよ。


八五郎:あ、そう読むんで。

    何で置いてあるんです?


ご隠居:順に言おうか。

    竹は男を現す。竹を割ったような気性というだろ。

    しなるだけしなってまた元へ戻る。あの強さはなかなか無いな。

    雪をかき分けて生え上がってくる、結構なもんだ。

    根はしっかりと生えて抑(おさ)えるところは節(ふし)が抑(おさ)える。

    竹ならば割ってみせたい私の心、先へ届かぬ節(ふし)あわせって都々逸(どどいつ)

    があるだろ。


八五郎:はぁ、なんでも都々逸(どどいつ)だね。


ご隠居:都々逸(どどいつ)はしっかりとしたことを言ってるんだ。

    覚えなきゃダメだよ。


八五郎:ふーん、そんなもんですかねえ。

    めんどいもんだ。

    じゃあ梅は?


ご隠居:梅というのは女の気性を現したものだ。花は色香がある。

    梅の実や花も結構なもんだ。

    梅の実と言うのはたくさん木になるな。これは子供を表す。

    子供もたくさん産んで、夫を”好(す)い”て心変わりはありません。

    皺(しわ)の寄るまであの梅の実は味も変わらず”酸(す)い”のままってな。

    これも都々逸(どどいつ)だ。


八五郎:へぇえなるほど、いいねえ。

    梅干しばあさんなんてのは、これから来てるんですかね?


ご隠居:まあ、そうかもしれんね。


八五郎:それじゃ松は?


ご隠居:松は夫婦(めおと)だ。

    松の双葉(ふたば)はあやかりものよ、枯れて落ちても夫婦連(めおとづ)れってな。

    夫婦(ふうふ)は枯れて落ちる事はないが、貧乏しても、大変な時も決して

    別れない、と言う事だ。


八五郎:へへへなるほど!

    あ、あとね、鶴! それと亀!

    鶴亀って、あれらはなんで飾ってあるんです?


ご隠居:鶴は千年、亀は万年の祝いを持つ、それゆえにめでたいんだよ。

    鶴は夫婦仲(ふうふなか)が良くて子供を大事にする。

    亀は辛抱強(しんぼうづよ)い。

    夫婦(めおと)もそうでなくてはいけないのさ。


八五郎:へえ? 鶴は千年、亀は万年生きるんですか。

    実際に見たんで?


ご隠居:…あたしをいくつだと思ってるんだい。

    62だよ?

    万年も生きるの見てるわけないだろお前さんは。

    昔からそういうふうに言うんだよ。


八五郎:うちの金坊(きんぼう)が縁日(えんにち)で亀を買ったんだけど、翌日に死んじまい

    ましたよ?


ご隠居:ああ、そりゃ死んだ日がちょうど万年目にあたったんだろ。


八五郎:んなぁるほどぉ、その通りですわな、うん!

    でもするってぇと、鶴亀は千年万年たつと死んじまうんですか?


ご隠居:死ぬ…とは言わないが、そのような事にはなるな。

    だが言い方がちょっと違うんだ。

    鳥類は落ちる、魚類は上がる、と表現する。

    人間も身分によって差があるな。

    例えばお釈迦(しゃか)様の場合は涅槃(ねはん)、偉い坊さんは入寂(にゅうじゃく)、入滅(にゅうめつ)

    高貴な方ならご崩御(ほうぎょ)にご薨去(こうきょ)、ご他界(たかい)にお隠れになる、

    その下がご逝去(せいきょ)、ご死去(しきょ)、などがあるな。


八五郎:へへぇなるほど!

    じゃああっしが死んだら、八五郎殿(はちごろうどの)ご逝去(せいきょ)遊(あそ)ばした、ってなるん

    ですな!


ご隠居:何言ってんだい。

    お前さんが死んだら「ごねた、くたばった」がちょうどいいよ。


八五郎:いやいや、ごねた、くたばったって言い方無いじゃないですか。

    あれかな、商売によって違うんですかね。

    木挽(こび)きなんざ、息引(いきひ)ききっちゃったとか、

    炭屋は灰になっちゃったとか言われたりして、

    タバコ屋だったら煙(けむ)になっちゃったとか?

    安木節(やすきぶし)の女はあら逝(い)っちゃったーとかなんとかね!


ご隠居:やれやれ、うるさいね。


八五郎:じゃあ鶴亀(つるかめ)は千年万年(せんねんまんねん)経つと、上がったり落ちたりするってわけ

    ですかぁ。


ご隠居:まあね。


八五郎:ちなみに死ぬとどうなるんです?


ご隠居:お前さんは鶴亀(つるかめ)が死んだ後の事聞いてどうするんだい。


八五郎:どうするったって、お膳(ぜん)が出てくるまで頑張ろうと思ってます。


ご隠居:やな奴だね。

    ああいうおめでたいものは、極楽往生(ごくらくおうじょう)するだろうさ。


八五郎:それですわ、聞きたいなって思ったのは。

    極楽ってなどこにあるんです?

    どっかにはあるんですよね?


ご隠居:あるよ。


八五郎:どこ? どこにあるんです?

    どこどこどこどこどこどこどこどこどこ?


ご隠居:~~~…あそこだよ。


八五郎:どこです?


ご隠居:十万億土(じゅうまんおくど)だ。


八五郎:じゅうまんおく…ってなどの辺ですかね?


ご隠居:西方弥陀(さいほうみだ)の浄土(じょうど)だよ。


八五郎:さいほうってぇと?


ご隠居:西の方だよ。


八五郎:高円寺(こうえんじ)とか荻窪(おぎくぼ)らへんですかね?


ご隠居:そんな近いわけないだろ。

    もっとずっと西だよ。


八五郎:えぇーー…どこなんです?


ご隠居:~~~~…ちゃんとあるから、お前さんは心配するな。


八五郎:心配するなったって、いずれ行くんだから聞いとかなきゃならな

    いじゃないですか。


ご隠居:お前さんなんざ、極楽には行けないね。


八五郎:じゃ、一体どこへ行くって言うんです?


ご隠居:地獄へ落ちるだろうな。


八五郎:地獄? 地獄ってなぁどこにあるんですか?


ご隠居:んん~~…地獄というのもある。


八五郎:どこなんです?


ご隠居:うん、もう帰りな。


八五郎:いやいや、お膳(ぜん)の出るまで頑張りますから。


ご隠居:~~~~………極楽の隣だよ。


八五郎:向こう隣(どな)り?すぐ隣?三軒隣(さんけんとな)り?


ご隠居:すぐ隣だ。


八五郎:地獄は?


ご隠居:極楽の隣。


八五郎:極楽は?


ご隠居:地獄の隣。


八五郎:地獄極楽極楽地獄ーー


ご隠居:【↑の語尾に喰い気味に】

    ほんとにうるさいね。

    一(いち)聞いて十(じゅう)を知らないまでも、ちょいと前くらいまでは考えな!

    しつっこいねぇくどくどくどくど…、

    だから嫌がられるんだよお前さんは。

    根掘り葉掘りしつっこいからな、ほんと嫌だよ。

    こないだ寂田(さびた)の隠居(いんきょ)に会ったら怒ってた。

    とうとうお前に50銭ふんだくられたって。


八五郎:寂田(さびた)のご隠居(いんきょ)が? 冗談じゃありませんよ。

    あれはあなたにあげますって言ったから、かたじけなくもらって

    帰ったんです。


ご隠居:とったんだろ。


八五郎:もらったんですよ。


ご隠居:いやとったんだろ。


八五郎:もらったんですってば。

    あの人もご隠居(いんきょ)と同じなんですよ。

    十徳(じっとく)なんか着て、こう髭(ひげ)を生やしてて、

    いつも本を紐解(ひもと)くんですな、あの人も。


ご隠居:まぁ、あの御仁(ごじん)も物知りだからな。


八五郎:で、なんか聞くと、髭(ひげ)しごきながら、

    君は愚昧(ぐまい)じゃな、ほわっほわっほわっと笑うんですよ、ええ。

    あっしに妹なんざいねえってのに。


ご隠居:真似(まね)が似とるな…ってか、そっちの愚妹(ぐまい)は知っとるんかい。


八五郎:いつもそうやって馬鹿にするんですぜ?

    冗談じゃねえやと思って寂田(さびた)のご隠居(いんきょ)に聞いたんです、

    世の中はどんなもんだって。

    そしたら、世の中は難しいものだし広いもんだ、ほわっほわっ、

    て言うもんだから、

    じゃあこっからどんどんどんどん西へ向かったらどこへ行くって

    聞いたらね、日本の果(は)ては筑紫(つくし)の国や九州だとか言うんですよ。


ご隠居:そりゃ今のお前さんの尋(たず)ね方だとそう取れるわな。


八五郎:もっと西に行くとどこへ行くんですって聞いたら、

    その先は海だ、船に乗らにゃいかんだろって言うんですよ。


ご隠居:そこまで行けば後は海だ、間違っちゃいないね。


八五郎:船に乗ってったらどこへ行くって聞いたら、行けども海だ、

    って言うもんで、西へどんどんどんどん船漕(ふねこ)いで行ったらどこへ

    行くって聞いたら、行けども行けども海である、ってんですよ。

    じゃあそこを船でうわーっと行ったらどこへ行くって聞いたら、

    その先は西洋だ、って言ったんですよ。


ご隠居:確かに西洋だな。


八五郎:西洋からさらに西へどんどんどんどん行くとその先は外国だ、

    外国からもっと西へ行ったら、その先は船は行けないっていうか

    ら何でって聞いたら泥の海だって言うんで、

    そりゃもううわーーーっと、どんどんどんどん泥の海のくだりを

    一時間はやったね。


ご隠居:い、一時間!?

    お前さんの舌は刀のように鋭いな。


八五郎:えぇそらもうね、ほわっほわっ、どころの騒ぎじゃないですよ。

    寂田(さびた)のご隠居(いんきょ)もあっしの矛先(ほこさき)に守るのが精いっぱいですよ。

    あげくの果てにね、どんどんどんどん行ったらどこへ行くって

    聞いたら、その先は行けない、塀(へい)があるってんですわ。


ご隠居:へ、へえ~~…。


八五郎:塀(へい)なら破っちゃうってったら、破れねえってんで、

    飛び越えるぞってったら高いって言うもんだから、

    鳥の大きいので乗り越えて、うわーーーっと行ったらどうするっ

    たら、もうその先は濛濛(もうもう)として分からないって。


ご隠居:【つぶやくように】

    いかん…だいぶ苦し紛(まぎ)れだ…。


八五郎:濛濛(もうもう)なんぞ言い出したらこっちのもんだからね。

    もうもうぅわーっもうもうぅわーって、これまた二時間くらい

    やったね。

    すると年取って堪(こら)え性(しょう)が無いのか、しょんべんに行くって言うん

    ですよ。

    だから行かしちゃいけねえと思って、ここでやっても構(かま)わねえか

    ら動くなって抑(おさ)えてね、もうもうぅわーって続けたんですわ。


ご隠居:お前さんは人でなしか!?


八五郎:そうやってると向こうは涙は流す鼻は垂(た)らす涎(よだれ)は零(こぼ)す、

    しまいには屁(へ)をこいたね、ぶぅーーって。

    そこで入れ歯も落ちてきましてね、舌でもってかちかちかちかち

    しながら言うもんだから、

    もうもうんふー、もうもうんふー、

    かちかちだらだらごっほんごっほんもうもうかちかちやってるから

    もう少しの辛抱(しんぼう)だと思ってね。


ご隠居:そりゃ寂田(さびた)のご隠居(いんきょ)も怒るわ…お前さん何やってんだい…。


八五郎:そのあとも続けたら、

    もうとてもお前にかなわん、50銭やるから帰ってくれって、

    こう言ったんです。だからとったんじゃない、貰(もら)ったんですよ。

    へへへ、ご隠居(いんきょ)も地獄極楽答えられなかったら、

    50銭出してくれます?


ご隠居:誰が出すかい!

    飯だけじゃなく金も出せって、お前さんのやっとる事は喝上(かつあ)げだろが!

    まったく……地獄極楽が見たいんなら、ついてきなさい。

    極楽を見せてやろう。


八五郎:!へえ、極楽を見せて下さるんで?


ご隠居:見せてやる代わりに、お前さんから50銭いただくからな。

    …さ、ここに座んなさい。


八五郎:座んなさいって…お仏壇(ぶつだん)じゃないですか。


ご隠居:そうだよ、これが極楽だ。

    極楽は蓮(はす)の花があり、音楽が鳴る。

    お仏壇(ぶつだん)もこしらえ物だけれど蓮(はす)の花があって、線香(せんこう)の煙が紫の雲

    だ。音楽はお鈴(りん)もあれば木魚(もくぎょ)もある。


八五郎:はぁ~、こいつは驚いた。

    じゃあ死ねばみんなここに来て、仏になるんですか。


ご隠居:そうだな、みんな仏になれる。


八五郎:それなら、鶴亀(つるかめ)も死ねば仏様になるんで?


ご隠居:いや、鶴亀(つるかめ)は仏にはなれない。


八五郎:え、じゃあ何になるんですか?


ご隠居:ご覧なさい、この通り蝋燭立(ろうそくたて)になっている。

    どれ、きちんと極楽を見せたから、お前さんから50銭いただこ

    うかね。


八五郎:そ、そんなぁ、せっかくあっしが寂田(さびた)のご隠居(いんきょ)やりこめていただ

    いたってのに。

    ひどい話じゃないですか。


ご隠居:何を言うんだ、お前さんが今まで散々やってきたのは根問(ねどい)だろ。

    それも数が過ぎると、九度(くど)いんだよ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)


柳家小さん(五代目)

立川談志(七代目)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。