古典落語「浮世根問」
原作:古典落語「浮世根問」
台本化:霧夜シオン
所要時間:約30分
必要演者数:2名
(0:0:2)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって、性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
●登場人物
八五郎:何でも知りたがりな上に人の家で飯をいただこうと考える男。
今日も今日とて物知りのご隠居の元へ通う。
ご隠居:近所に住んでいる物知り。
今日も今日とて八五郎の質問攻めにあう。
●配役
八五郎:
ご隠居:
枕:浮世とは儚い世の中、根問とは根元まで問い詰める事を指します。
本来は上方の言葉なんだそうですが、今ではほとんど使われなくなり
ました。こうしてわざわざ使うのは演じる我々くらいなもんですよ。
小さなお子さんと話をした方なら分かるかもしれませんが、
大人になんで?なんで?っていっぱい聞いて成長していくもんです。
ところが大人同士でそれをやるとなると、中には根掘り葉掘り聞いて
相手が詰まるのを見ては面白がる、厄介な人間もいたりします。
根掘り葉掘りって言葉もよく考えてみれば変なものです。
根っこは土に埋まっとるから掘れるわけですが、葉っぱは掘れもしな
いのに根堀りの後に葉掘りって当たり前みたいな顔してくっついてく
るんですよ。金魚のフンてやつですかね。
掘ったら裏側出ちゃうってのに。
まあ実のところ、葉掘りってのは語呂合わせらしいですがね。
…別に根掘り根掘りでも良かったんじゃないかと思うんですが、
そこは根掘り葉掘りを生み出して、こうやって後世に突っ込み入れさ
せるネタを作った先人の発想の勝利ってことにしときましょう。
八五郎:さてと、今日も今日とてご隠居のところでお膳のご相伴にあずか
るとしますかね。
ちわーっ、
ちわーっ!
ちわーっ、ご隠居!
いますかいー?!
ご隠居:八っつぁんかい、うるさいね。
そう何度もがならなくたって、聞こえてるよ。
八五郎:あ、聞こえてたんですね、こいつはどうも。
それで、お膳はまだですかい?
ご隠居:まだだよ。
というか、家主がまだ食べてないって言うんなら、
普通はもう時間だからと帰るもんなんだがね。
八五郎:へへっ、三度に一度はこちらでご相伴にあずかろうと思ってます
んで。
ご隠居:悪どいな。人の家に来て飯をたかるんじゃないよ。
たかるにしたって、せめて四方山の話の末にでもするんだね。
八五郎:四方山の話、そうそう、それなんですよ。
ご隠居は何でも知っているそうですな。
ご隠居:ああ、自慢じゃないがな。
この世の中で知らないという事はない、
というくらい物は知っとるよ。
八五郎:あぁ~そうなんですかぁ。
ご隠居:うん、ありとあらゆるものをな、
上から下から縦から横から斜めから、
森羅万象神社仏閣という具合だ。
八五郎:へぇぇーえれぇもんですなあ。
何でそんなに知ってるんです?
ご隠居:暇に飽かして、若い時分から書物を紐解いたものでな。
八五郎:ええ、書物の紐をほどくんですか。
バラバラになっちゃいますなあ。
ご隠居:別々に言うんじゃあないよ。
紐解くってのはな、読むって意味だ。
八五郎:読む! へえ、どうやって?
ご隠居:どうやってって聞かれても困るね。
読み方にも色々あるんだ、
例えば一生懸命に、じっくり読むのを熟読て言うんだ。
八五郎:ははあ、熟読。ふむふむ。
ご隠居:ちょっと読むのは通読、手当たり次第に読むのは乱読と言うね。
八五郎:するってぇと、読まずに置いとくのは積ん読ってなどうですかね
?
ご隠居:ほほう、面白い事言うねぇお前さんは。
八五郎:しかしご隠居、そうやって本を読んでますけど、何か良い事でも
あるんですか?
ご隠居:ああ、本を読むと世の中が明るくなる。
お前さんの知らないようなことでもわかるようになるな。
八五郎:それでいろいろ知ってるんですか。
ご隠居:ああ、そんなもんだよ。
八五郎:へぇ~。
色々聞きたい事は山のようにありますけどね。
ご隠居:そうか、まあこんな折だし、話し相手になって教えてやろう。
聞くは一時の恥聞かざるは末代の恥と言ってな、何でも聞かなき
ゃいけない。
何でもいいよ。
八五郎:じゃああのね、ノミが脚気を患うのかって言うのが一つとね、
それからこんにゃくは何故こんにゃくかって言うのとね、
がんもどきの裏表はどっちかってのとね、
それからあの、トンボの羽がね———
ご隠居:【↑の語尾に被せて】
おぉいおい、一度に聞くんじゃないよ。
それに内容が目茶苦茶じゃないか。
ノミの脚気なんて聞いたってしょうがないだろう。
八五郎:じゃあノミはおいときますよ。
で、こんにゃくは何でこんにゃくってんです?
ご隠居:【小憎らしい、と発音を似せてください】
まだ言うかい…こんにゃくらしい奴だね。
八五郎:あそう…ふーん。
じゃあね、あの、海のものなんていうのはどうです?
ご隠居:ほぉ、海か。
八五郎:海ってのはずいぶん古くからあるんですってね。
ご隠居:そうだな。
海のものとも山のものともつかないうちからあったんだよ。
八五郎:そりゃまたずいぶんと古いですね。
海にはいろんなものがいますよね。
ご隠居:ああ、いるね。
八五郎:あの、魚の名前ってなぁありゃ誰が付けたんですか。
やれマグロだの何だのってのは。
ご隠居:ああ、あれはサバが付けたんだね。
八五郎:へえ、じゃあサバは誰が付けたんですか?
ご隠居:サバは…カツオが付けたな。
八五郎:カツオは誰が付けたんで?
ご隠居:んん~~…、まぁ、順に順に付けたんだな、あれは。
八五郎:あ、そう、へぇ…。
そうだ、イワシは?
ご隠居:イワシはな、自分は人の名前付けたんだから、
私の事は誰でも勝手に言わっしゃいと言ったな。
八五郎:え、なんですって?
ご隠居:勝手に言わっしゃいと言うのが、イワシの、これが元なんだ。
八五郎:あ、そうなの、ふぅん…。
なんだかきわどいね。
あの、ウナギなんてなぁなんでウナギっていうんです?
ご隠居:おお、いい事聞いてくれたね。
あれは昔、ノロと言ったんだ。
八五郎:へえ、ノロ!
ウナギって昔ノロって言ったんですか!
ご隠居:そうだよ。それで、鵜という鳥がいるな。
アレがノロを好きで呑もうとするんだが、ノロだって呑まれちゃ
いけないと思うからな、長い体で鵜の首に巻き付く。
巻き付いて締め上げると鵜がしんどい、となって苦しがる。
見てた人が、「ご覧なさい、ノロを呑みそこなって鵜が難儀をし
ている、鵜難儀だ。」
これがウナギの初めなんだよ。
八五郎:鵜難儀ですか!
はぁ~驚いたなぁ鵜難儀ね、なるほどなぁ。
いつも着ているのを普段着ってなどうですかね?
ご隠居:面白くないよ、そんなのは。
八五郎:あ、そうっすか…。
ウナギは焼くとかば焼きになりますよね。
ご隠居:そう、鵜に喰われるようなそんなバカな魚だから、
バカ焼きだ、バカ焼きだってのが、かば焼きになったんだ。
八五郎:それだったら別にバカ焼きでいいじゃないですか。
なんでバカをかばってひっくり返すなんてまわりくどい事したん
です?
ご隠居:ひっくり返さないとよく焼けないだろ。
焦げちまうじゃないか。
八五郎:はぁぁ~、ふぅん…面白いもんですなぁ。
そういやぁシャコなんてのがいるけど、あれぁなんでシャコなん
です?
ご隠居:なんだい、急に魚から変わるんじゃないよ。
シャコってのはな、あれぁ車海老に似てるだろ。
仲がいいんだ。
車海老なんざ、美味いからほうぼうで追っかけられてね、
あっちに逃げこっちに逃げる。
シャコは仲間だからな、こっちこいこっちこい、俺の穴に入れー
って車入れるから車庫なんて言うけどな。
八五郎:ふへへへ考えましたなぁ、なるほどおもしれえや。
よし、こらぁやっぱり腰落ち着けてもっといろいろ聞こうっと。
ご隠居:いいよ、腰落ち着けて聞かなくったって。
八五郎:そういやご隠居、表の伊勢屋さん、たしか今日婚礼でしたっけ?
ご隠居:あぁ~うんうんそうだよ。
そうだ今晩だ、あたしも行かなきゃいけないんだ。
八五郎:へえ、そうなんですか。
婚礼のこと世間じゃ嫁入りだって言いますけど、
なんで嫁入りって言うんです?
ご隠居:嫁さんが来るから嫁入りだよ。
八五郎:いや、それがおかしいって思うんです。
ご隠居:なんでだい?
八五郎:だってさ、嫁ってのは来てから嫁って言うんだからね。
来る前は嫁じゃねえやな、あれは。
娘とか女ってんでしょ?
だから女入りとか、娘入りとかさ――
ご隠居:【↑の語尾をさえぎるように】
あぁいかにもお前さんのこねそうな理屈だ。
そうじゃないんだよ。
あれはな、来る嫁に迎える婿の両方に二つずつ目があって、
四目入りって言うんだ。
八五郎:へえ、目で勘定するんで?
ご隠居:ああ、まちがいの無いようにな。
これを目の子勘定という。
八五郎:へへへ目の子勘定!
こらどうも驚いたね。
けどそれじゃあ理屈が通らねえこともありますよ。
ご隠居:なぜだい?
八五郎:あれですよ。
嫁さんはいいけど、片っぽが丹下左膳や森の石松みたいな片目で
婚礼したら、三目入りになっちまうじゃないですか。
片っぽが按摩だと二目入りだし、両方目が無いと泣き寝入りって
ことになりますわな。
あ、ヤツメウナギで十六目入りなんてどうです?
ご隠居:やれやれ、くだらないね、まったく。
八五郎:そういや嫁にきた女の人は奥さんて言いますけど、
なんで嫁さんが奥さんになるんです?
ご隠居:女の大役は子供を産む事、すなわちお産。
奥の部屋でお産をするから、奥さんだ。
八五郎:は~、こらぁつまらない事聞きましたねえ。
じゃ、二階を借りてお産してるとお二階産で、
便所でお産してるとはばかりさんなんてなぁどうですかね?
五重塔なら五階産で、五階産てえと山開きの御開山に通じるん
と違いますかね?
あ、寄席でお産すると寄せ算になっちゃうなこれ。
えぇー願いましては~ーー
ご隠居:【↑の語尾に被せて】
うるさいよ、まったく。
それにウチじゃ奥さんとは言わない。かかあという。
女と言うのは家から嫁に出て嫁ぎ先の家へ収まるだろ。
家家と書いて、家家と読むんだ。
八五郎:かか! はあぁなるほど、かかね!
けど家出て家に収まらないのだって居るでしょ。
行って帰ってきて、それでまた行くってのはさしずめ、かかかぁ
ですな!
そうだ、留公のとこじゃ「かかぁーーーッ」て伸ばしやがるんで
すよ! 何でですかね?
ご隠居:かかかぁだのかかぁーーだの、カラスみたいな言い方するんじゃ
ないよ。
そりゃ長くいてもらいたいから引っ張ってるんだろ。
八五郎:そうかあ、いいなぁ、いいもんだねぇ。
あ、婚礼の席へ行くといろんなものが飾ってありますよね。
ご隠居:ああ、それぞれみんな、めでたいもんだよ。
八五郎:じいさんとばあさんが箒と熊手持ってるの、あれ何です?
何のまじないなんです?
ご隠居:まじないじゃないよ。
高砂のあれは蓬莱の島台で、男の方が尉、女は乳母と言ってな。
年をとっても仲睦まじくこの通り暮らしてる、っていうやつだ。
都々逸にも「おまえ百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生える
まで」ってある。
八五郎:ははぁ、そいつは洒落ですな。
ご隠居:なんでだね?
八五郎:おまえ掃くまで、わしゃ掻く熊手までとかなんとかって言うんでし
ょ。
ご隠居:そんな馬鹿な洒落はないよ。
八五郎:じいさんばあさんなんてのは偉いもんですな。
あとはほら、梅に竹に松…
ご隠居:松竹梅と言うんだよ。
八五郎:あ、そう読むんで。
何で置いてあるんです?
ご隠居:順に言おうか。
竹は男を現す。竹を割ったような気性というだろ。
しなるだけしなってまた元へ戻る。あの強さはなかなか無いな。
雪をかき分けて生え上がってくる、結構なもんだ。
根はしっかりと生えて抑えるところは節が抑える。
竹ならば割ってみせたい私の心、先へ届かぬ節あわせって都々逸
があるだろ。
八五郎:はぁ、なんでも都々逸だね。
ご隠居:都々逸はしっかりとしたことを言ってるんだ。
覚えなきゃダメだよ。
八五郎:ふーん、そんなもんですかねえ。
めんどいもんだ。
じゃあ梅は?
ご隠居:梅というのは女の気性を現したものだ。花は色香がある。
梅の実や花も結構なもんだ。
梅の実と言うのはたくさん木になるな。これは子供を表す。
子供もたくさん産んで、夫を”好い”て心変わりはありません。
皺の寄るまであの梅の実は味も変わらず”酸い”のままってな。
これも都々逸だ。
八五郎:へぇえなるほど、いいねえ。
梅干しばあさんなんてのは、これから来てるんですかね?
ご隠居:まあ、そうかもしれんね。
八五郎:それじゃ松は?
ご隠居:松は夫婦だ。
松の双葉はあやかりものよ、枯れて落ちても夫婦連れってな。
夫婦は枯れて落ちる事はないが、貧乏しても、大変な時も決して
別れない、と言う事だ。
八五郎:へへへなるほど!
あ、あとね、鶴! それと亀!
鶴亀って、あれらはなんで飾ってあるんです?
ご隠居:鶴は千年、亀は万年の祝いを持つ、それゆえにめでたいんだよ。
鶴は夫婦仲が良くて子供を大事にする。
亀は辛抱強い。
夫婦もそうでなくてはいけないのさ。
八五郎:へえ? 鶴は千年、亀は万年生きるんですか。
実際に見たんで?
ご隠居:…あたしをいくつだと思ってるんだい。
62だよ?
万年も生きるの見てるわけないだろお前さんは。
昔からそういうふうに言うんだよ。
八五郎:うちの金坊が縁日で亀を買ったんだけど、翌日に死んじまい
ましたよ?
ご隠居:ああ、そりゃ死んだ日がちょうど万年目にあたったんだろ。
八五郎:んなぁるほどぉ、その通りですわな、うん!
でもするってぇと、鶴亀は千年万年たつと死んじまうんですか?
ご隠居:死ぬ…とは言わないが、そのような事にはなるな。
だが言い方がちょっと違うんだ。
鳥類は落ちる、魚類は上がる、と表現する。
人間も身分によって差があるな。
例えばお釈迦様の場合は涅槃、偉い坊さんは入寂、入滅
高貴な方ならご崩御にご薨去、ご他界にお隠れになる、
その下がご逝去、ご死去、などがあるな。
八五郎:へへぇなるほど!
じゃああっしが死んだら、八五郎殿ご逝去遊ばした、ってなるん
ですな!
ご隠居:何言ってんだい。
お前さんが死んだら「ごねた、くたばった」がちょうどいいよ。
八五郎:いやいや、ごねた、くたばったって言い方無いじゃないですか。
あれかな、商売によって違うんですかね。
木挽きなんざ、息引ききっちゃったとか、
炭屋は灰になっちゃったとか言われたりして、
タバコ屋だったら煙になっちゃったとか?
安木節の女はあら逝っちゃったーとかなんとかね!
ご隠居:やれやれ、うるさいね。
八五郎:じゃあ鶴亀は千年万年経つと、上がったり落ちたりするってわけ
ですかぁ。
ご隠居:まあね。
八五郎:ちなみに死ぬとどうなるんです?
ご隠居:お前さんは鶴亀が死んだ後の事聞いてどうするんだい。
八五郎:どうするったって、お膳が出てくるまで頑張ろうと思ってます。
ご隠居:やな奴だね。
ああいうおめでたいものは、極楽往生するだろうさ。
八五郎:それですわ、聞きたいなって思ったのは。
極楽ってなどこにあるんです?
どっかにはあるんですよね?
ご隠居:あるよ。
八五郎:どこ? どこにあるんです?
どこどこどこどこどこどこどこどこどこ?
ご隠居:~~~…あそこだよ。
八五郎:どこです?
ご隠居:十万億土だ。
八五郎:じゅうまんおく…ってなどの辺ですかね?
ご隠居:西方弥陀の浄土だよ。
八五郎:さいほうってぇと?
ご隠居:西の方だよ。
八五郎:高円寺とか荻窪らへんですかね?
ご隠居:そんな近いわけないだろ。
もっとずっと西だよ。
八五郎:えぇーー…どこなんです?
ご隠居:~~~~…ちゃんとあるから、お前さんは心配するな。
八五郎:心配するなったって、いずれ行くんだから聞いとかなきゃならな
いじゃないですか。
ご隠居:お前さんなんざ、極楽には行けないね。
八五郎:じゃ、一体どこへ行くって言うんです?
ご隠居:地獄へ落ちるだろうな。
八五郎:地獄? 地獄ってなぁどこにあるんですか?
ご隠居:んん~~…地獄というのもある。
八五郎:どこなんです?
ご隠居:うん、もう帰りな。
八五郎:いやいや、お膳の出るまで頑張りますから。
ご隠居:~~~~………極楽の隣だよ。
八五郎:向こう隣り?すぐ隣?三軒隣り?
ご隠居:すぐ隣だ。
八五郎:地獄は?
ご隠居:極楽の隣。
八五郎:極楽は?
ご隠居:地獄の隣。
八五郎:地獄極楽極楽地獄ーー
ご隠居:【↑の語尾に喰い気味に】
ほんとにうるさいね。
一聞いて十を知らないまでも、ちょいと前くらいまでは考えな!
しつっこいねぇくどくどくどくど…、
だから嫌がられるんだよお前さんは。
根掘り葉掘りしつっこいからな、ほんと嫌だよ。
こないだ寂田の隠居に会ったら怒ってた。
とうとうお前に50銭ふんだくられたって。
八五郎:寂田のご隠居が? 冗談じゃありませんよ。
あれはあなたにあげますって言ったから、かたじけなくもらって
帰ったんです。
ご隠居:とったんだろ。
八五郎:もらったんですよ。
ご隠居:いやとったんだろ。
八五郎:もらったんですってば。
あの人もご隠居と同じなんですよ。
十徳なんか着て、こう髭を生やしてて、
いつも本を紐解くんですな、あの人も。
ご隠居:まぁ、あの御仁も物知りだからな。
八五郎:で、なんか聞くと、髭しごきながら、
君は愚昧じゃな、ほわっほわっほわっと笑うんですよ、ええ。
あっしに妹なんざいねえってのに。
ご隠居:真似が似とるな…ってか、そっちの愚妹は知っとるんかい。
八五郎:いつもそうやって馬鹿にするんですぜ?
冗談じゃねえやと思って寂田のご隠居に聞いたんです、
世の中はどんなもんだって。
そしたら、世の中は難しいものだし広いもんだ、ほわっほわっ、
て言うもんだから、
じゃあこっからどんどんどんどん西へ向かったらどこへ行くって
聞いたらね、日本の果ては筑紫の国や九州だとか言うんですよ。
ご隠居:そりゃ今のお前さんの尋ね方だとそう取れるわな。
八五郎:もっと西に行くとどこへ行くんですって聞いたら、
その先は海だ、船に乗らにゃいかんだろって言うんですよ。
ご隠居:そこまで行けば後は海だ、間違っちゃいないね。
八五郎:船に乗ってったらどこへ行くって聞いたら、行けども海だ、
って言うもんで、西へどんどんどんどん船漕いで行ったらどこへ
行くって聞いたら、行けども行けども海である、ってんですよ。
じゃあそこを船でうわーっと行ったらどこへ行くって聞いたら、
その先は西洋だ、って言ったんですよ。
ご隠居:確かに西洋だな。
八五郎:西洋からさらに西へどんどんどんどん行くとその先は外国だ、
外国からもっと西へ行ったら、その先は船は行けないっていうか
ら何でって聞いたら泥の海だって言うんで、
そりゃもううわーーーっと、どんどんどんどん泥の海のくだりを
一時間はやったね。
ご隠居:い、一時間!?
お前さんの舌は刀のように鋭いな。
八五郎:えぇそらもうね、ほわっほわっ、どころの騒ぎじゃないですよ。
寂田のご隠居もあっしの矛先に守るのが精いっぱいですよ。
あげくの果てにね、どんどんどんどん行ったらどこへ行くって
聞いたら、その先は行けない、塀があるってんですわ。
ご隠居:へ、へえ~~…。
八五郎:塀なら破っちゃうってったら、破れねえってんで、
飛び越えるぞってったら高いって言うもんだから、
鳥の大きいので乗り越えて、うわーーーっと行ったらどうするっ
たら、もうその先は濛濛として分からないって。
ご隠居:【つぶやくように】
いかん…だいぶ苦し紛れだ…。
八五郎:濛濛なんぞ言い出したらこっちのもんだからね。
もうもうぅわーっもうもうぅわーって、これまた二時間くらい
やったね。
すると年取って堪え性が無いのか、しょんべんに行くって言うん
ですよ。
だから行かしちゃいけねえと思って、ここでやっても構わねえか
ら動くなって抑えてね、もうもうぅわーって続けたんですわ。
ご隠居:お前さんは人でなしか!?
八五郎:そうやってると向こうは涙は流す鼻は垂らす涎は零す、
しまいには屁をこいたね、ぶぅーーって。
そこで入れ歯も落ちてきましてね、舌でもってかちかちかちかち
しながら言うもんだから、
もうもうんふー、もうもうんふー、
かちかちだらだらごっほんごっほんもうもうかちかちやってるから
もう少しの辛抱だと思ってね。
ご隠居:そりゃ寂田のご隠居も怒るわ…お前さん何やってんだい…。
八五郎:そのあとも続けたら、
もうとてもお前にかなわん、50銭やるから帰ってくれって、
こう言ったんです。だからとったんじゃない、貰ったんですよ。
へへへ、ご隠居も地獄極楽答えられなかったら、
50銭出してくれます?
ご隠居:誰が出すかい!
飯だけじゃなく金も出せって、お前さんのやっとる事は喝上げだろが!
まったく……地獄極楽が見たいんなら、ついてきなさい。
極楽を見せてやろう。
八五郎:!へえ、極楽を見せて下さるんで?
ご隠居:見せてやる代わりに、お前さんから50銭いただくからな。
…さ、ここに座んなさい。
八五郎:座んなさいって…お仏壇じゃないですか。
ご隠居:そうだよ、これが極楽だ。
極楽は蓮の花があり、音楽が鳴る。
お仏壇もこしらえ物だけれど蓮の花があって、線香の煙が紫の雲
だ。音楽はお鈴もあれば木魚もある。
八五郎:はぁ~、こいつは驚いた。
じゃあ死ねばみんなここに来て、仏になるんですか。
ご隠居:そうだな、みんな仏になれる。
八五郎:それなら、鶴亀も死ねば仏様になるんで?
ご隠居:いや、鶴亀は仏にはなれない。
八五郎:え、じゃあ何になるんですか?
ご隠居:ご覧なさい、この通り蝋燭立になっている。
どれ、きちんと極楽を見せたから、お前さんから50銭いただこ
うかね。
八五郎:そ、そんなぁ、せっかくあっしが寂田のご隠居やりこめていただ
いたってのに。
ひどい話じゃないですか。
ご隠居:何を言うんだ、お前さんが今まで散々やってきたのは根問だろ。
それも数が過ぎると、九度いんだよ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様(敬称略)
柳家小さん(五代目)
立川談志(七代目)