ティラミスはバレンタインに含まれますか?
登場人物
藤原しのぶ
高校二年生。過去に恋愛で辛い体験をして、恋に臆病になっている。
寺沢里美
しのぶの元カノ。つまらない男には飽きたと言って彼を一方的に振った過去がある。
宇都宮めぐみ
しのぶの前に現れた積極的な転入生。普段は眼鏡をかけているが取るとアイドル星空レイナに似ている。果たして彼女の正体とは?
ビスケット・オリバ
アメリカ合衆国アリゾナ州にある刑務所、通称ブラックペンタゴンの主。腕力だけで自由を手にしている黒人男性。宿禰に背骨を掴まれて砕かれた。
二月。
冬の雪景色に飽きた頃、君と出会った。
雪を押し固めて出来上がった道はとても窮屈で一人が通るので精一杯。
僕と君はお互い反対側からやって来て立ち止まってしまった。
考えてみれば当然の出来事なのに、これが運命の出会いと考えてしまうのは早計だろうか。
そんなバレンタインデー。
「フハハハハハッ‼とうとう見つけたぞ、ふじわらしのぶ‼今や貴様は狙われる側となったのだ‼」
男はいきなりコートを脱いだ。
中は毛糸のパンツ一丁、その大胆さに僕は目を逸らしてしまう。
(そんなまだ交換日記だってしていないのに。最近の若い子ときたらどこまで自分本位で直接的なんだ)
僕は彼の逞しいボディを見ないようにしながら茶を濁すような問答を続ける。
「いい加減、服を着なさい。もっと自分を大切にしないと親御さんが悲しむよ?」
これは本心だった。
彼は口から白い息を吐きながら両腕で自分の体を抱き締めている。
愛情に飢えているのだろうか。だとしてもそれは僕の役目ではない。
「はうッ‼しのぶよ、今日こそお前を倒して世界ナンバーワンの変態を名乗らせてもらうぞ‼我が名はティラ‼」
ティラ、聞いた事の無い名前だ。
どうせならラウ・ル・クルーゼとか、アル・アリー・サーシェスとか気の利いた名前があるだろう。
僕の中で嫌悪感が募るばかり。
全く世の女子たちはどうして僕の気を引く為にこんな嘘をつくんだ?
ドリュリュリュリュリュッ‼ドゴーン‼
次の瞬間、雪を下から突き破って何者かが姿を現した。
(この辺の女学生じゃないな。もしかして僕に合う為にわざわざ地球の裏側から?)
僕はイマドキの女学生の情熱に呆れてしまう。
僕が学生の頃はせいぜい応援してくれる友達を連れてやって来るくらいだったのに、やっぱりイマドキの女学生は苦手だ。
「グハハハッ‼兄者に先を越されてしまったか‼しのぶ、お前の時代も今日で終わりだ‼俺の名前はミステリアス、ティラの兄貴の弟よ‼」
ふふん。わかっているさ。そんな事を言って君も僕に興味があるんだろ。
お姉さんをダシに使っちゃってさ。
僕はときメモ(初代)のヒロイン早乙女優美を思い出しながらクスリと笑う。
あの女と美樹原が登場するとプリメ系から爆弾処理ゲーに変わるんだよな。
プリメとは「プリンセスメーカー」の事でガイナックスが野球拳ゲーム「電脳学園3」を出して親元から絶縁状を出された後にヒットを飛ばした育成系のパソゲーである。
最近は「卒業」も知らない世代がいるくらいだからな。くわばらくわばら。
「我ら兄弟が二人そろえば恐い物など無い‼人呼んで甘々兄弟戦士ティラ&ミスとは我らの事よ‼」
「そういうわけだ‼おとなしく死ねい‼」
二人は雪しか目に入らないような場所で、パンツ一丁になって僕を魅了しようとする。
「止めてくれよ。そもそも君たちはどこの学園の生徒なんだ?別の学校の女生徒とお付き合いできるほど僕は器用な人間ではない」
僕は毅然とした態度で二人の誘惑を跳ね除けようとした。
もう身体から湯気が立っているじゃないか。
最近の女学生というのはどこまで情熱的なんだ。
「拓北高校」
「篠路高校」
どっちももう無えよ‼
(合体して藍英高校になりました。そんなに詳しくないから聞かないでね)
「はあ。どちらも頭の良い学生さんが通う学校だね。定時制の、それこそ自分の名前が漢字で書ければ誰でも入れる学校しか通えない僕とはつり合いがとれないよ」
僕は二人に向かって深々と頭を下げる。
これでも「礼」という物を尽くしたつもりだ。
「しのぶよ、もしお前は我々と戦わないつもりなら困った事になるぞ?」
ティラはガタガタと震えながら僕を指さした。
外は体感温度でいうとマイナス23度くらい。
ぶっちゃけ死ねる程度の気温だった。
「またそういう事を言って食い下がろうとする。僕はね、好きな女の子がいるんだ。君たちとはおつき合いできない」
どうだ。僕だってやる時はやるんだ。
目の前の女学生たちの魅力に屈せず僕は”NO”って言ったんだ。
「OKAY。それがお前の答えか」
ティラは毛糸のパンツの中に手を入れた。
わかる。外気が特に寒い時にはああやってポケットや下着に手を突っ込んで暖を取るのだ。
人の前でやると誤解されるけどね。
「しのぶ。これはあくまでお前の誘いを俺たちが受けただけの事だ…。もう修正はきかないから覚えておいてくれ」
ティラはパンツの中から道具を取り出す。
翼を広げた鳥の姿によく似た道具だった。
色は赤、材質はガラス製だろうか。
「テックセクター!」
オブジェは一瞬にして砕け散り、ティラの姿は光に包まれる。
その隣では彼の弟ミステリアスもオブジェを握り締め叫ぶ。
「テックセクター!」
そして僕の前に二人のテッカマンが現れた。
「しのぶよ。我らラダムに逆らうとどうなるか教えてやろう…」
ティラ、いやテッカマンティラはハルバードのような武器の刃先を僕に向けた。
僕はポケットの中に入れてあるテッククリスタルをそれとなく意識する。
その時、女性の絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「アキッ‼」
「しのぶボゥイ、私の事はいいからラダムのテッカマンを倒して‼きゃああああああああッ‼」
テッカマンに変身したテッカマンミステリアスはアキの両肩を掴んで持ち上げた。
「グハハハッ‼しのぶボウイよ‼今すぐ貴様のテッククリスタルを渡せ‼さもなくば、この女がどうなっても知らんぞ‼」
ギリギリギリ…。
テックマンミステリアスはアキの肩を掴む力を強くする。
「きゃあああああ‼しのぶボゥイ、私の事はいいから早くイオンに行って78円のエリンギを…ッ‼」
エリンギは僕の家にとって無くてはならないお野菜だ‼でも君がいなくなってはイオンでエリンギを5個買う事は出来ない。
恥ずかしいから。
エリンギの為にアキ、今君を助けるぞ‼
「ぺガス‼」
僕は自宅の車庫がある方向に向かって叫んだ。
更衣室的な役割を果たすロボット、ぺガスの目が輝く。
「ラーサー」
僕は得意の空手チョップとキックを駆使してミステリアスからアキを奪い返した。
「しのぶボゥイ…。貴方って人は」
アキはほんのりと頬を赤くしている。
アキ、君がいないと僕はツルハドラッグでシングルのトイレットペーパーが大安売りの日に四つ買えない。「おひとり様につき二つまで」だから。
勝手に家を出て買い物に行ったらすごい怒るし…。
そしてぺガス、到着。
僕はクリスタルを握り締めジャンプする。
「テックセクター‼」
僕は緑色の光に包まれテッカマン・フジワラに変身した。
「しのぶボゥイ。この場でフリッツの仇を取ってやるぅぅ…」
「覚悟しろぉぉ…」
あれ?フリッツってダガーだっけ?アクスだっけ?もう何でもいいや。
「お前ら、もうすぐイオンの客がメッチャ増えるからとりあえず死ね‼ボルテッカァァァーーーッ‼」
僕はボルテッカで周囲の敵を一掃した。
アキ‼そうだ、アキの事を忘れていたぞ‼
「しのぶボゥイ、私はここよ…」
ぷすぷすぷす。
アキは僕のボルテッカを受けて焼け焦げていた。
アキ、ああ僕は何て事を…。
「アキ、こんな僕を許してくれ…」
「そういえば今日はバレンタインデーだったわね。ハイ、チョコレート」
アキは僕にカラフルな包装されたチョコをくれる。コープで千円くらいで売っている洋酒の味が変にキツイチョコだ。アキはチョコを食べないので味の方はあまり気にしない。
アキはデパートのパンフレットを僕に渡した。
アキ、この前「節約しよう」って言ったばかりじゃないか。
「アキ…。チョコはいらないよ」
「いいえ。絶対に受け取って頂戴、しのぶボゥイ。お返しはこれでいいから」
春物のコート⁉お値段は…、フルプライスのエロゲーが三本分くらいじゃないか‼
アキ、そのチョコは高くてもせいぜい千円だろ?
「…ノアルに聞いたわ。ずいぶんお小遣いを溜めているそうじゃない。今回は見逃してあげるからホワイトデー、忘れないでね」
アキは一人で立ち上がり、家に帰った。
かくしてしのぶはまたネオ・ジオングを買う為の資金を失ったのである。
無敵の男にも弱点という物は存在するのだ。