6 裏カジノ
『なにが「深淵の極致、大賢者の実力を見せてやる」だよ……』
『ハハハハッ! そう言うなって。折角来たんだ、一緒に楽しもうじゃないか!』
『楽しむどころか胃に穴が開きそうだけどな』
あっ……。
言ってるそばからまた負けた……。
俺の稼ぎ数か月分が一瞬でディーラーの元へと吸い込まれていく。
この光景は何度見ても胸が軋み胃が擦り切れる。
『男がしょっぱいこと言ってんじゃないよ! 飲む打つ買う! これが男の甲斐性ってもんじゃろがい!』
いや、今のご時世そんな人いないから。
いるとしても余程財力のある放蕩貴族ぐらいしか無理だろ。
酒を飲み博打を打って夜の街へと繰り出す。
魔王が復活したのが約二十年前、それ以前はそんな生活をしている人もいたとは聞くが、平和が脅かされた今の時代ではそんな話はとんと聞かない。
とは言え娯楽の全てが無くなったわけでは無い。
一度覚えた旨味はそう簡単に手放せない、いつの時代もそれが人間と言う生き物だ。
『時代錯誤も甚だしい。それにしても、まさかカジノに来るとは思ってなかったよ』
街外れの民家から地下へ。
そこに在ったのは外見からは想像出来ないほど豪奢な造りの賭博場だった。
『少し前にリリアがギジルに連れて来られてね。リリアはパーティーの資金を賭け事に使うなと憤慨してすぐに帰ったんだが、私としてはどぉーうしても遊びたかったんだよ!』
なにこの大賢者、完全に趣味全開じゃないですか。
しかもギジル達がやたらと金が無いとボヤいていたのはここで遊んでいたからか……。
『遊びたいのは理解した。でもあくまで借りた金だからな? 負けて無くなりました、じゃ洒落にならないぞ』
リリアに借りたペンダントを元手にしている以上負けは許されない。
『心配するな、勝算があるからこそここへ来たんだ。旅の資金は多い方が良いし、レイドも装備を新調したいだろう?』
迷いのないエクレール。
大賢者に勝算ありと言われれば俺に拒否権は無い。
せっかくの機会だ、俺も少しは楽しむとしよう。
『ヒャッハー! 三連続的中! すごくない!? 私ってすごいよね! 流石天才大賢者!』
上機嫌に声を弾ませるエクレール。
確かに三連続での的中はすごい。
これが遊戯開始直後であれば俺も手を上げて喜んでいただろう。
開始直後、であればの話だが。
『なぁ……本当に大丈夫なのか?』
『だぁーいじょぶ、私は生前も含めてルーレットで負けた事は無いのよ!』
ルーレットはカジノの女王とも呼ばれるもっとも歴史のある遊戯。
ホイールと呼ばれる38枠の数字が描かれた回転盤、回転するホイールへとボールを投入するディーラー、客である俺達はどの枠にボールが収まるかを予想する。
非常にシンプルかつ賭け方も高倍率の一転狙いから低倍率の複数狙いと幅が広い為、初心者の俺でも楽しめるものだったが……。
『いや、既に金貨100枚近く呑まれてるんだけど……』
そう、既に現時点で金貨100枚以上負けているのだ。
ここでエクレールが低倍率を三連続で当てたところで焼け石に水。
シンプル故に嵌りやすい。
最初こそ楽しかったが気づけば俺の稼ぎ5年分がものの一時間もしないうちに消えていた。
正直、今の時点で胃液が逆流しそうな程体調はよろしくない。
悪夢でも見ているのかと現実逃避を始めたいぐらいだ。
『大賢者の英知その1。ギャンブルは過程じゃない、結果が全てなんだよ! 負けを楽しめ、最後に笑えばそれでいい!』
『そんな英知いらねぇよ!』
大賢者ならもっと他にあるだろ……魔法とか知識とか。
なんでギャンブルの心得語ってんだよ。
本当に大丈夫なんだろうな?
俺のそんな心配を他所に、エクレールの手が止まる事はなかった。
「お終いだ……」
自分でも驚く程に絶望感を孕んだ声が口から零れだす。
『何言ってんのよ! ここからが本番じゃない!』
『そのセリフは何度も聞いたよ! その結果が今の惨敗なんだろ!』
ルーレットに興じること数刻、大きく当たる事は無いが小さな当たりを細々と……そんな事を繰り返す間に負け分はついに大台の金貨1000枚へと到達した。
残り金貨200枚。あまりにも失った額が多すぎる。
『アハハハハッ! こりゃまいったねぇ!』
『なに余裕ぶってんだよ!? このままじゃリリアに借りたペンダントが質流れになっちまうじゃねぇーか!』
仮にも三重効果付与のアイテムだ、一度流れれば絶対に取り戻す事の出来ない金額まで跳ね上がるのは予想に難くない。
『はいはい、分かったよ。ならあと二回。それで終わりにしよう』
『あと二回で何が出来るってんだよ!?』
今まで散々やって負け続けたんだ。
あと二回で負け分を取り戻そうなんて余程の豪運でなければ絶対に不可能。
そしてそんな豪運があればそもそもこんな状況にはなっていないはずだ。
「次で勝負を決めようと思う。金貨100枚、エンブレムに一点賭けだ」
俺への説明をスルーし、エクレールが口を開いた先はディーラーに対して。
『おまっ……! 正気か!? 100枚賭けて外れでもしたら……!』
これまで賭けた額は一勝負金貨10枚程度。
それをエクレールは一気に十倍まで跳ね上げた。
『だいじょぶ、だいじょぶ、さっき教えただろ? 最後に笑えば良いって』
その笑いは全てを諦めた笑いじゃないですよね?
「……承りました」
そんな俺とエクレールのやり取りなど知る由もないディーラーは一瞬の逡巡を持って頷きを返す。
これまで一切感情の揺れを見せずに淡々と仕事をこなしていたが、流石に金貨100枚一点賭けは珍しいようだ。
しかも狙いはエンブレム。
この店のルールでは0番一点狙いが成功した時の倍率は驚異の100倍。
0番以外の一点狙い倍率が36倍である事を考えれば、どれだけ高倍率か分かって貰えるだろう。
そして三倍近い開きがあるが、何もこれは店側のサービス設定と言うわけでは無い。
単純にエンブレムにボールが入り辛いのだ。
目では分かり辛いが僅かに0番を囲む枠が他より高く作られており、その分弾かれる可能性が跳ね上がる。
もちろん店側もその事は公にしており、賭けるも賭けないも客の自由、いわばお遊びの為の設定。
普通の神経であればまず0番にベットはしない。
そして間違っても金貨100枚賭けるべきところではない。
「まいります」
宣言すると同時、ディーラーは流れる様にボールを投下した。
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