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54 泣いてもいいですか?

「人間風情がぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!」


 荒れ狂ったように振るわれる斬鬼の剛腕を紙一重で躱し、心臓を一突き。


「どうした? だいぶ動きが緩慢になってるぞ?」


 崩れ落ちる斬鬼へ向かって嘲笑に満ちた視線を送る。

 これでもう何度目だろうか?

 既に戦闘開始から一時間近くの時が過ぎ、数えるものバカらしい程に繰り返した斬鬼の死。


「舐ぁぁめるなよぉぉぉぉ!!!」


 崩れ落ちた斬鬼だが、数瞬の間を置き即座に膝を立ち上げると再び拳を振り上げる。


「舐められる程張り合ってるつもりか?」


 当たれば致命傷になり得る極大の拳を半身になって流し、勢いのまま前のめりになる斬鬼の首へと横薙ぎの一閃を振るう。


 音も無く離れる首と派手な音を立て倒れる体。


 何度も倒していくうちに分かった事が二つ。


 まず一つは、心臓を刺せばそれで死ぬ。

 当たり前と言えば当たり前の事だが、これは非常に早くて楽だ。


 わざわざ首を刎ねずとも体を細切れにする必要もない。

 難点は即時復活してしまうこと。


 二つ目、復活するたびにほんの僅かではあるが、力は弱まり、その大きさも縮んでいる……気がする。


 これはまだ確証には至っていない。

 今現在試行真っ最中でもある。


 だが、これが正しければ自然と攻略法も見えてくる。

 死ぬたびに力が弱まり体が縮むなら、いづれ必ず限界は来る。


 何度死のうが幾度となく襲いかかってくる闘志には敬服するが、だからと言いて手を抜く事も無ければ逃がしてやる気も無い。


 俺は半ば作業の様に、斬鬼の体を切り刻み続けた。





「随分小さくなったな」


 エクレールの予想通りと言うべきか。

 機械的に、作業の様に、淡々と斬鬼を葬り続けていたところで、その変化は急激に訪れた。


 五メートル以上はあった身長も四メートル程度まで縮み、逞しかった筋肉も幾分萎んでしまっている。

 纏う覇気の力強さも薄れ、顔こそ変わっていないが開戦前の気迫に満ちた面影は既に無い。


「ふん、多少力が衰えたところで人間如きに遅れはとらんっ!」


 あくまでも強気に、殺気を巻き散らし空を切り裂く程の速さで俺を握り潰そうと掴みかかる斬鬼の手。


「その根性だけは褒めてやるよ」


 俺は敢えて動きを止めると、それに釣られた斬鬼はチャンスとばかりに俺の体を鷲掴みにして抑え込む。

 いくら小さくなったとは言え人間に比べればまだまだ巨体。


 元のポテンシャルも魔人並みに高い斬鬼の手が、俺を逃がすまいと万力の様な圧力を込める。


「フハハハハハハッ! ようやく捕まえたぞ!!」


 わざと捕まった事にも気づかない……。

 その滑稽な笑いに戦う気力すら奪われる。


 この程度の奴にどれだけの人が……。


「楽に死ねると思うなよ」


 ニタリと悦びの嗤いを浮かべる斬鬼。

 ジワジワとなぶる様に強さを増していく圧力は徐々に俺の体を軋ませ始める。


『何やってんのよ!? 早く抜け出しなさい!』


『分かってるって。どうせ後で回復すればいいんだ。少しだけ自己満の反省会をしてただけだよ』


 わざと捕まった俺を叱るように声を荒らすエクレール。

 どうやら俺の意図には気づいていないらしい……まぁ、無理もないか。


 何の事は無い。


 あの時、メイを助けられなかった自分が不甲斐だけだ。

 斬鬼に握り潰され暴鬼に踏みつけにされたメイは未だに目を覚まさない。


 寝ているだけだと信じているが、もしこのまま目が覚めなければ……。

 そんな不安も無い訳じゃ無い。


 同じ痛みを俺自身も受けるべきだと思ってみたが……どうやら既に遅かった様だ。


「どうした? 潰してみろよ? 潰せるもんならな」


 嘲りの視線と共に安い挑発を行えば、


「ぶっ殺すっ!!!」


 憤怒の如き形相で両手持ちに切り替え、俺を握り潰さんと全身全霊の力を籠める斬鬼。


 しかし、いくら力を籠めようとも俺が握り潰される事は無かった。


「…………」


 その事実に言葉を失い、斬鬼の顔に浮かぶは驚愕の色。


「惨めだな」


 何もそんなに驚く事は無い、単純な力の問題だ。

 普通の人間が鉄の剣を素手で握り潰す事が出来ない様に、少し強いだけの鬼では俺を潰すには至らなかった。


 それだけの話。


 ただ、それは鬼にとって最大級の屈辱と言っても過言ではない。

 矮小な人間一人簡単に殺せる、思い上がった理想と掌の中の現実、それが斬鬼の心を激しく波打たせる。


「なぜだなぜだなぜだ! なぜ潰れんのだぁぁぁぁ!!!?」


 怒りと焦りを宿した鬼は現実から目を背けたい一心で怒声を上げると、子供の駄々の様に俺を掴んだ手を激しく振り回す。


「振りますわな、酔うだろ」


 斬鬼の手を力尽くで解き、なおも掴みかかろうとする手を細切れの肉片へと変えていく。

 一瞬で右手首から先が無くなった事に動揺し絶句する斬鬼は、狼狽えながらも呆然と呟いた。


「……貴様……何者なんだ……」


 それはくしくも、嫉妬の魔人(ルクセリア)からも言われたセリフ。

 まぁ、そんな風に何者かと問われたところで、現実問題答えは一つしかない。


「無職の自称冒険者だよ」


 小さく自嘲じみた笑みが零れる。

 悔しいが幾ら魔人クラスと戦えたとしても社会的には……、


『え? なに? なんでニヒルを気取って格好つけてんの? まさかどこにも所属して無いけど強い俺かっけぇ! とか思ってる? どれだけ取り繕っても無職は無職よ、しかも幼馴染を放置してハーレム建国に勤しむ最低下衆野郎のねっ!』


『…………泣いてもいいですか?』


 ちょっと色々俺の心を抉り過ぎじゃないですかね?

 空気を読まないエクレールの暴言に心が折れそうになりながらも、俺の視線は鋭く斬鬼を捉えて離さない。


「冒険者如きに……」


 ギリギリと歯噛みする鬼はその顔に焦燥を浮かべ、額から一筋の汗を流す。


 しかし、その汗が顎を伝い地に落ちるのと同時、斬鬼の雰囲気が一変すると、口は歪に曲がり不敵な笑みを描いた。


「確かにお前は強い。だがな……これで勝ったと思うなよ!」


 枯れた勢いを取り戻すかのような雄叫びを上げ、斬鬼は俺に()()()()()()()()()()()()()


「『…………え?』」


 まさかの逃走劇。

 開いた口が塞がらないとはこの事だろう。

 俺もエクレールも奴の行動を理解するのに数瞬の間を要したほどだ。


『ちょっと! なんなのよあいつ! あれだけ思わせぶりなこと言って逃げ出すとか期待外れも良いところだわ! 脳筋なら脳筋らしく堂々とかかって来なさいよ!』


 喚き散らすエクレールの気持ちも分かるが、今は追いかける事が最優先。

 このまま逃がすだなんてありえない。


 俺は逃げ出した斬鬼を追うべく宙を舞い、初速から一気に最高速へと……、


「っ!?」


 加速しようとしたところで、斬鬼の足がピタリと止まった。


「まさか奥の手まで使う事になるとはな」


 小鬼達の群がる場所まで駆け抜けた斬鬼は、意味深な言葉と共に俺の方へと振り返る。


 逃げたわけじゃ無い?

 まさかこの期に及んで小鬼達と物量で攻めて来る気か?

 やっかいではあるが、今さら雑魚を大量投入されたところで大局が変わる事は無いだろう。


 斬鬼の奇行の意味が分からず思考の迷路に入りかけた時、そんな俺を嘲笑うかのように斬鬼は手近な小鬼を掴むと……、


『あいつ、まさか……!』


 斬鬼の意図に気づいたのか、驚愕の声を上げるエクレール。そしてその予想は当たっていたらしく、忌々しい目で斬鬼を一瞥する。


 目線の先には小鬼を、仲間を頭から喰い散らかす斬鬼の姿。

 直視できない惨劇に俺の全身は総毛立ち、悪寒が体を駆け巡る。


 「一体何を……」


 消え入りそうな俺のつぶやきに、エクレールは隠しきれない忌避感を滲ませ口を開いた。



『同族喰い……これが不死のカラクリって訳ね……』



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お読みいただきありがとうございます!

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