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52 どうにか言いくるめなさいっ!

「アイシャ、辛い役目を任せてごめんね」


 そう言ってきつくアイシャを抱きしめるのは、母であり領主代行でもあるセリシアさん。

 戦地に娘を送り出す、それは親として苦渋の思いもあるのだろう。


 アイシャ達鬼神討伐組の見送りの為、街の入り口へと集まったのは俺とミーアとセリシアさん、そしてサクラさんの四人。


 国の存亡をかけた戦いに赴く戦士の見送りには些か寂しい気もするが、ある意味ではそれ程までにこの国が疲弊しているとも言える。


「なに、拙者が自分で決めた事だ。必ずや鬼神の首を()ねてみせるよ」


 アイシャの集めた草薙の残存兵力、それは総数四百人を超える部隊として編成されていた。


 人数的に考えれば決して少なくはない、しかし斬鬼よりも強いであろう鬼神を相手にするならば少々心許ない数と言わざるを得ない。


 とは言え、断続的に続く襲撃で負傷者の治癒も間に合わず、現状揃えられる人数はこれが限界の様だ。


『勝てると思うか?』


『勝負に絶対は無いけど厳しいのは確かね。それなりに腕の立つのもいるみたいだけど、相手が魔人レベルだと考えれば、私達が行った方が確実よ?』


『だよなぁ……』


 俺の問いに先回りで答えを出したエクレール。

 自惚れる訳では無いが、戦力的に考えて俺とアイシャを交代するのがより確実な選択肢だと俺も思う。


 昨夜はアイシャの『我が儘』の一言でついこの作戦を了承してしまったが、冷静に考えれば今からでも一考の価値はあるだろう。


「アイシャ、俺が鬼神の……「レイド、気持ちは嬉しいがこれは拙者達のけじめでもある。何も言わずに見送ってくれ」……」


 俺が鬼神の所へ行く。

 そう言い終える間も無く、察したアイシャは被せるように言葉を並べ立てる。


『ぐぬぬぬっ! なかなか頑固じゃない。嫌いじゃないけどこのままだと無駄死によ、どうにか言いくるめなさいっ!』


『分かってるよ……』


 中途半端な言葉じゃ届かない。

 回りくどい優しさや情は切り捨てる。


 ありのままの事実だけを端的に伝えなければ、きっと彼女は納得しない。


「アイシャ、正直このままだと無駄死にでしかない。相手が斬鬼よりも強いなら、確実に俺が行くべきだ」


 既に鬼神との戦いを覚悟しているアイシャにとっては最大の侮辱。

 士気を下げるどころか激高されてもおかしくはない。


 しかしそれでも……例え嫌われ恨まれようとも、アイシャの命には代えられない。


『これでもギャーギャー騒ぐなら力尽くね。軽くボッコボコにしてあげなさい。そうすれば己の力量もわかるでしょ』


『いや……気持ちは分かるけど、流石にアイシャをボコボコになんてできないからな?』


 ってかもう考えが完全に脳筋のそれじゃないですか。

 前に脳筋は嫌いだって自分で言ってなかったっけ?


 そんなズレだした思考を修正するように、俺の視界に映し出されたのは、アイシャの()()()


「ありがとう。やはりレイドを選んだ拙者の目に狂いはなかったよ。よもやこの状況でそこまでハッキリ言われるとはな思っていなかったがな。だがそれでも、拙者は鬼神の所へ行く。自分の手で決着を着けるべきだし、とっておきの秘策もある。だから……拙者を信じて行かせて欲しい」


 怒るでもなく、泣くでもない。

 ただ静かに微笑むと、アイシャは深く頭を下げる。


『『…………』』


 予想外の返しに言葉を失う俺とエクレール。


『……どうする? こうまで言われて殴る気になれるか?』


『ふんっ。ここまで頑固ならもういいわよ。好きにさせなさい』


 俺の問いに、エクレールはそっぽを向いて不機嫌そうに答えた。

 きっと彼女なりに心配していたのだろう、その顔は怒ると言うより微かな悲しみが滲んでいる。


 俺としても、これ以上アイシャの覚悟に水を差すのは忍びない。


「わかった。出発直前にごめんな」


 それだけ伝えて一歩引く。

 これ以上の問答は野暮にしかならないからだ。


 俺は俺に与えられた役割を全うしよう、そう意識を切り替える。

 アイシャは俺が納得したのを見届けると、サクラさんへと視線を向けた。


「サクラ、この戦いで全てが終わる。レイドの呪いの件、よろしく頼むぞ」


「……はい。アイシャさんも……お気をつけて……」


 幾分元気のないサクラさんだったが、アイシャは何も言わず静かに頷きを返す。

 きっとこの二人の間にも、築き上げてきた時間と思いがあるのだろう。


 国の一大事に矢面に立つ二人の少女。

 その内面を推し測ることは、俺には出来そうも無い。


 そして、最後にアイシャは馬に跨り全員を見渡し頷くと、


「行って来る」


 大部隊を引き連れて、アイシャはダンジョンへと進軍を開始した。




「「…………」」


 どことなく重い空気を発しながら、セリシアさんとサクラさんは小さくなったアイシャ達をいつまでも見送っている。


 万感の思いもあるのだろうが、俺達としてはいつまでもここにはいられない。


「さて、それじゃあ俺達も行ってきますね。街の近くで戦うとそれなりに余波もあるでしょうし、奇襲も兼ねて道中で待ち構えたいと思います」


 重い空気を振り払う様に、俺はあえて気軽な口調で二人へと声をかけた。


「お気遣いありがとうございます。もう我々に残された力はありません、どうかこの国をお守りください」


「レイドさん……あの……」


 丁寧に頭を下げるセリシアさんと何か言いたげなサクラさん。

 違和感を感じた俺はサクラさんへと視線を向けるが、


「ご武運を……」


 そう呟いただけで、それ以上は何も語らなかった。


 少しだけ後ろ髪を引かれる気もするが、そろそろ俺達も行かねばならない。


「ああ、必ず鬼を倒してくるよ。話があるならその後でゆっくり聞かせてくれ」


 サクラさんへとそう返し、俺はミーアと共にフワリと宙を舞う。



 見送る二人に小さく手を振り、俺達は白み始めた空へと駆け上った。



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