49 狙ってやってんの?
さて、どこから説明したものか……。
重苦しい雰囲気と喚き立てるエクレール。
あまりにも空気の違い過ぎる状況。
そんな板挟みにあってしまった俺だが……優先すべきはミーア達の不安の解消からだな。
これ以上どんよりと水を打ったような静けさが続けば、流石に居た堪れない気持ちになってくる。
「サクラさん、その二つの呪いですが、俺のどこが呪われてるかわかりますか?」
『ウニャァアァァァ! 私は呪いじゃないわよ!!』
『分かってるって。でも説明の為には呪いって事にしといた方が早いんだよ』
ポカポカと可愛らしい効果音が付きそうな仕草で俺の頭を叩くエクレール。
それをサラッと受け流し、俺はサクラさんへと視線を向ける。
以前エクレールに聞いた話では、<暴食の魔人>に呪われているのは俺の心臓、対してエクレールが宿っているのは脳だと聞いていた。
これでサクラさんが頭と心臓と言ってくれれば、めでたくエクレールは呪いの大賢者として……ではなく、心臓側の呪いだけを解くようお願いすれば良いだけの話だ。
そんな楽観的な思考の俺に対し、サクラさんは沈痛な面持ちで口を開いた。
「心臓と頭ですね……」
『祝! 呪いの大賢者エクレール様誕生! やったねっ! 巫女様のお墨付き! よっ呪いの迷惑女!!』
サクラさんの答えと同時、日頃の鬱憤を少しでも晴らすべく、呪いの大賢者誕生の瞬間を全力で煽る俺。
『ムキィイィィィー! 誰が迷惑女よ! 私はそんな重い女じゃないからね!!』
そんなエクレールとのやり取りも束の間に、ギュッと俺を背後から抱きしめるのは……、
「ミーア……」
「レイドさんっ……大丈夫、ですよ……絶対に私は諦めたりしません。聖女でも何でも……必ず私が探し出してみせます」
泣きながら決意を口にするミーア。
嗚咽交じりの言葉に震える体の振動がハッキリと伝わってくる。
どうやら俺がエクレールを煽っている間の沈黙を絶句と捉えてしまったようだ。
……温度差が酷い。
何が酷いって当事者の俺が一番焦ってないところ。
変に悪ノリするあたり、エクレールの影響をもろに受け始めてるな……。
自重しなければ……。
「ありがとう、ミーア。でも大丈夫だよ。頭の方は呪いじゃないんだ、だから心臓の呪いさえ解ければそれで良いんだけど……」
宥める様にミーアに声をかけると、視線をサクラさんへと向ける。
「……心臓だけでいいのですか? 頭の呪いもかなりのものだと思うのですが……」
『かなり重たい女だってさ』
『だーかーら! 私は重くないわよ! 大体サクラの言う事が一々私に喧嘩売ってんのよね! いっその事、私直々にスペシャルな呪いをプレゼントしようかしら』
『それはやめてくれ……』
そもそもエクレールを知らないサクラさんからすれば微塵も悪気は無いはずだ。
「ああ、心臓の呪いさえ解ければ何の問題も無い」
「分かりました……色々と事情がおありなんですね……」
本当に頭の呪いは放っておいて良いのか?
そんな心情がありありと見て取れるサクラさんだが、俺の言葉に不承不承ながらも頷いてくれる。
「心臓だけで良いのであれば呪いは解く事が出来ます……ただ……」
ここに来てようやく俺の欲しかった言葉を聞く事が出来たのだが、サクラさんは先ほどとは少し違った様子で、気まずそうに目線を背けた。
「ただ?」
「言い辛いのですが……心臓だけだとしても恐ろしい程根深く強い呪いです。これを解くには家宝である<八尺瓊勾玉>を使用しなければ解けないでしょう。勾玉の力は一度使えば失われてしまいます、なので……おいそれと使うわけには……」
尻すぼみに言葉の力が抜け行くサクラさん。
その視線は首から下げた山吹色の勾玉へと注がれていた。
どうやら簡単に呪いを解きました、とはならないらしい。
若干遠回りな言い回しだが、要は家宝を使うに足る人物だと証明できれば……
結果を出せば良いのだろう。
恐らくだけど……。
「俺達が鬼を全滅させてこの国の平和を取り戻す、それで足りるか?」
この状況であればこれしかない。
半ば確信を抱きながらも、俺は確認の為に条件を口にする。
「はい、十分です。恩人にこのような条件をつける無礼、どうかお許しください」
申し訳なさそうに深々と頭を下げるサクラさん。
その顔から察するに交換条件の提示は本来望むところでは無かったようだ。
ただ、彼女も巫女としてこの国の旗頭の様な側面もあるのだろう。
どんな手を使っても平和を取り戻したい、その為に打てる手は何でも打つ覚悟の現われなんだと思う。
ある意味では、鬼を倒せる冒険者を逃さない為の駆け引き。
『何だかまどろっこしい女ね。鬼は退治するって言ってんだから素直に呪いの一つぐらい解けばいいのにっ!』
『落ち着け。呪いに関しては頼んでんのはこっちだし、我が儘は言えないだろ?』
それに俺としては一度しか使えない家宝まで使ってくれるのならば、条件の一つや二つあっても当然だとは思う……特にこんな状況下でいつ国が滅んでもおかしくないのであればなおさらだ。
まぁ、エクレールの場合はたまたまサクラさんの発言が悪い方に聞こえただけで、ちょっとした対抗心を抱いているだけなのだろうが。
「いや、こっちこそいきなり押し掛けて家宝を使ってくれなんて言えないしな。必ず鬼は倒すよ、だからその時は俺の命を助けてくれるとありがたい」
「はい。白江の血に誓ってお約束いたします」
肩の荷が下りたのか、微かに笑みを浮かべるサクラさん。
「どの道アイシャとメイとの約束で鬼は倒すんだし、そんなに気負う必要はないよ」
言いながら俺はサクラさんの頭に手を置き、綺麗な黒髪を軽く撫でる。
どこか無理をして気丈に振る舞う彼女の気が少しでも楽になればと思ったのだが……、
「はぅっぅぅ……」
瞬間的に上気したサクラさんは、名前の通り頬を桜色に染め上げた。
『ねぇ、それって狙ってやってんの? それとも自然体? どっちにしろとんだスケコマシ野郎ねっ!!』
嬉々として煽り出す呪いの迷惑女。
『それもう答える意味ないじゃん……』
どう足掻いてもスケコマシ確定じゃねぇか。
桜色から真っ赤になりつつあるサクラさんを尻目に、俺はやらかした事態の収束にあたるのだった。
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