43 悪ノリではなくて?
『さぁ、派手にぶちかましなさいっ!』
迫り来る海竜を指さし、不敵な笑みを浮かべるエクレール。
派手にと言われはしたが、そもそも甲板に残ってるのは戦いを手助けしようとしてくれる善意ある冒険者だけであって商人は自室に引っ込んでいるんじゃ?
そう思わなくも無いが、どうやら考えている暇はなさそうだ。
俺は海上に躍り出ると、海竜との距離を一気に詰めようと加速し……、
「っ!?」
思わず動きを止めて静止する。
海竜の背後から大きく膨らむ海。
その大きさは海竜の比ではない程にバカでかく、ちょっとした孤島だと言われても納得できる巨大さを誇る。
そしてそこから出来てたモノは……、
「シャギョォォォッ!!」
異変に気付いた海竜が振り返り咆哮を上げるがもう遅い。
パクッと、そんな軽快な音すら連想させる様に、一飲みで口の中へと頬張られた海竜。
がぶがぶむしゃむしゃ。
脳内変換しなければ気持ち悪くて吐きそうになる咀嚼音。
「シュギャ! ギャッ……ギュャャ……キュゥ…………ュゥ……」
ついには海竜の悲鳴も途絶え、無事巨大生物の胃の中へと納まったようだ。
『おい、エクレール……。海竜を倒して称賛される話のはずだよな?』
流れる冷や汗を感じながらエクレールに問う。
『…………』
しかし、エクレールはジッと巨大生物を見つめるだけで何も言わない。
その様子に俺は不安を覚え、背筋が凍る様な感覚に陥った。
正直、海竜相手ならば勝てるイメージは湧いた。
しかし目の前に悠然と構える大きな亀には、全くと言っていい程勝ち筋が見えない。
「エ、エエエエエエンシェントタートルだぁぁぁぁ!!」
不意に甲板から悲鳴の様に鳴り響く声。
どうやら先の船員の様だが、遠目に見ても分かる程その顔は絶望に歪んでいた。
クソ……これだけ広い海でピンポイントに化物に会うなんて……。
どうやら【運命の導き】はお休み中の様だ。
こんなやつと戦う選択肢はない。
船には仲間も一般人もいる、この状況で大切なのはどうやって全員無事で逃げ切るかを考える事。
俺が囮となって誘い出し、その隙に船に離れて貰うのが一番だろうが果たしてそう上手くいくだろうか?
ゆっくりと、しかし着実に近寄って来る巨大亀を前に、焦る心が冷静な判断を妨害する。
『エクレール! 黙ってないで何とか言ってくれよ!』
『え!? あ、ごめんごめん! つい懐かしくてちょっとね』
懐かしい?
おおよそこの状況には似つかわしくない言葉に生まれる疑問符。
『ひょっとして知り合いか何かか?』
エクレールが反応してくれただけで幾分落ち着きを取り戻した俺の軽口。
情けない話だが、エクレールの頼り甲斐は改めて絶大だと認識する。
そしてそんな軽口に、エクレールは事も無さげに呟いた。
『ええ。昔友達が飼ってたペットよ』
…………。
ペットて……。
あんなもん放し飼いにしてんじゃねぇよ!!
『お~いっ! カメ吉~!』
俺の悲痛な思いもつゆ知らず、エクレールは巨大亀へと手を振りその名を叫ぶ。
見た目によらず可愛らしい名前ですこと。
ってかこの距離じゃ絶対聞こえないだろ……
『ワシの事をその名で呼ぶのは……やはりエクレールか』
聞こえてたよ……。
しかも普通に人語を喋るのね……。
流石は大賢者の友達のペット様。
『魔力で意識接続を繋いだからレイドも聞こえるはずよ?』
『ああ、聞こえてるよ』
何でもござれだな、この大賢者は。
ここに来てようやく、俺は緊張感から解放された。
話が通じるエクレールの知り合い……、知り亀ならば襲ってくる事もないだろう。
『やはり、ってことは私の魔力を感じてここへ来たってことかしら?』
『如何にも、お前さんは確か数百年前には死んだはずじゃよな?』
『数百年越しでも会いに来るなんて、私ってば罪な女ねっ。想像の通り肉体は既に果てたわよ、今は色々あってこの子の体にお世話になってるわ』
『罪か……。そうじゃな、幼い頃にお主から受けた行い、忘れておらんぞ』
ここで初めて、巨大亀の……カメ吉の言葉に感情が宿る。
『おい、お前はなにをやらかしたんだ?』
明らかにカメ吉は怒ってるぞ?
襲ってきたりしないよな?
『……てへっ!』
……うん、もうそれだけで色々察したよ。
でも数百年間恨まれるって相当だからな?
カメ吉も辛い目にあったんだろう……。
『まあいい……。お主がエクレールの宿主か? 色々大変じゃろうて、心中察するぞ』
お互い謎のシンパシーでも感じたように、カメ吉は俺へと話の水を向けて来る。
なぜだろう、今はすごくこの亀と友達になれる気がする。
『レイドだ。いつか二人で仕返しようぜ!』
『そうだな、エクレールの唯一の弱点は足の多い昆虫じゃて。それでこやつを攻め落とそうぞ』
まさかの昆虫嫌い。
意外と可愛らしい弱点じゃないか。
そう言えばリリアも滅法虫には弱かったな。
『ちょっと! 二人して意味分かんない事言ってんじゃないわよ! それよりもカメ吉、あんた暇なんでしょ? ちょっと私たちをヤマトまで運んでくれない? ってか契約なさい。ちちんぷいのぷーいっ! はい、契約完了~! 今後は私の為に馬車亀の如く働きなさいっ!!』
『…………』
『…………』
おい……。
そりゃあんまりじゃないか?
ってか人権侵害……亀権侵害が酷すぎやしないですかね?
『エクレール……強制的にテイムはちょっとやり過ぎじゃ……』
見れば俺の右手甲にはテイムの証を示す魔紋がくっきりと描かれている。
と言うかなんで、あんな意味の分からない呪文でこんな巨大亀をテイムできるんだよ?
テイマーならずとも目を疑わずにはいられない光景だろう。
『いいのよ、カメ吉は私の友達なんだし』
『いや、知ってる中とは言えここはお互いの了承をだな……』
いくらエクレールでも我が儘が過ぎる。
少しだけ苛立ちを覚えた俺は食い下がろうと語気を強めるも、
『レイド、ええんじゃよ。これもエクレールの優しさじゃて』
俺の言葉を遮ったのは、他ならぬカメ吉自身であった。
『エクレールの優しさ?』
悪ノリではなくて?
今の流れのどこに優しさが?
『数百年も暗い海を一人で生きるとな、中々に寂しいものじゃ』
……なるほど。
その一言で俺はカメ吉の気持ちと、エクレールの考えをようやく理解する事が出来た。
だからカメ吉はエクレールの魔力を感じて出て来たのか。
本当に恨んでいれば話もせずに襲って来ただろう。
しかし、カメ吉が望んだのは対話。
エクレールはそっとその思いを汲んだのだ。
『ったく、素直じゃないと言うか何と言うか……。いつもは無駄に煽って良く喋るくせに、大事な事は話さないんだな?』
『うるさいわねっ、移動用の足が欲しかっただけだし! こう見えてカメ吉は水陸両用、私たちが鍛え上げたスペシャルな亀なのよ! これで移動も楽ちん! 船より早くヤマトに着けるわ!』
照れ臭そうにそっぽを向くエクレールは、それを誤魔化す様に矢継ぎ早に言葉を並べ立てる。
『仲間になってくれるなら心強いけどさ、流石に大きすぎやしないか?』
ここまでデカいと当然港にすら連れて行けない。
まず間違いなく、討伐隊を編成されてしまうのがオチだ。
『それなら大丈夫じゃ。伊達に数百年も生きてはおらんからの』
そう言って見る見るうちに小さくなっていくカメ吉。
瞬く間に船と同サイズまで縮んでしまった。
「…………マジかよ」
驚きと呆れを混ぜ込んだ乾いた声が自然と漏れる。
あぁ……、たとえペットであろうとも、大賢者周りの連中を一般人の物差しで測っちゃいけねぇな……。
そんな事を思いながら、俺は船に残った仲間たちへの説明に頭を悩ませるのであった。
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