41 なんでお前が興奮してんだよ
「この人数を一撃とは……やはり拙者の目に狂いはなかったようだなっ!」
「レイド君かっこいぃー!」
感嘆を口にする姉妹に少し照れつつも、俺は辺りの様子をじっと伺う。
「残党もいないみたいだな」
撃ち漏らしも逃げた者もいないようで、俺はようやく胸を撫でおろす。
「レイドさん……」
物憂げなミーアが俺の肩にそっと頭を寄せて来る。
『あーあ。こりゃ都合の良い女確定だわ』
『その言い草は酷くないか……』
『自分で蒔いた種でしょ? 良かったじゃない、この際ハーレム帝国を築きましょうっ!』
『築かねぇよ!』
エクレールが皆に見えなくて良かった……。
こんなやり取りを聞かれた日には、申し開きのしようもない。
「あの……さっき言ってくれた事……」
もじもじと口を開くミーアは、いつもより幼く甘えるような仕草を見せる。
「あはは……ちょっと格好つけすぎたかな?」
ミーアの話に感情が高まった勢いとは言え、中々クサい事を言ってしまったかもしれない。
改めて振り返ると顔から火が出そうな程恥ずかしい。
「すごく嬉しかったです。これから一生、守ってくださいね?」
そう言って今まで見せた事のない、満開の笑顔の花を咲かせるミーア。
これ……、なんて答えれば良いの?
「……朝か……」
太陽の光を頼りなく遮る薄いテントの中、不意に感じた体の重みに目を覚ます。
久々のテント泊とあって、固い地面に慣れない体が悲鳴を上げている、と寝ぼけた頭で考えてはみたのだが、どうやらそんなありふれた状況ではないらしい。
俺の右腕を枕にするのはミーア。
これは問題ない。いつもの事だ。
問題は左腕。
「なんでメイまでいるの?」
スゥースゥーと俺の腕の中で静かに寝息をたてるのはメイ。
流れる様な金髪が少し乱れ、幼くも可愛らしい寝顔を覗かせている。が、白目を向いているのがどうにも残念で仕方ない。
昨日は結局、あれ以降野盗の襲撃も無く夜中にアイシャとメイに見張りを交代したのだが……。
朝方になって潜り込んで来たのか?
なら今はアイシャ一人で見張りを?
二人を起こさぬ様に全集中力を使いそっと腕を引き抜き抜くと、テントの外へと向かう。
「おはようレイド。清々しい朝だな」
俺が外へ出ると同時、意外と近くにいたらしいアイシャが日の光に目を細めながら声をかけて来る。
「おはよ……う……アイシャ」
俺も習って挨拶を交わそうとするも、思わずアイシャの姿に目を奪われてしまう。
『うわっ! この子隠れ巨乳よ隠れ巨乳! こいつぁヤバいやつですよ隊長!』
『落ち着け、なんでお前が興奮してんだよ』
アイシャの上半身は晒、と呼ばれる白い布一枚。
圧し潰されるのを必死で抵抗するかの如く、二つの膨らみは抑えきれない自己主張繰り出していた。
肩口は瑞々しい肌を惜しげもなく露わにしており、その姿は否が応にも俺の目線を奪って離さない。
…………朝から何を考えてんだ俺は……。
ミーアのせいで色々と我慢が溜まってるんだよなぁ……。
「二人はまだ寝ているのか?」
「あ……ああ。アイシャは朝の鍛錬か?」
思わずその格好に目が行ってしまったが、よく見れば刀を片手に、顔もほんのり上気しているようで赤味を帯びていた。
恐らくは素振りでもしていたのだろう。
「そうだ、毎朝の日課でな」
「そうか。邪魔しちゃ悪いし、二人が起きるまでに朝食でも作るよ」
後ろ髪を引かれながらも俺は川へと向かって歩き出す。
まずは冷たい水で頭を冷やしたい。
既にアイシャのおかげで眠気は吹き飛んでしまったが、この如何ともしがたい煩悩を振り払うためには川に頭を突っ込むのが一番早いだろう。
「レイド、待ってくれ」
二歩目を踏みだした所で、不意にアイシャが俺を呼びとめる。
「どうした?」
「もし良ければだが、拙者に稽古をつけて欲しい」
瞬間、アイシャの瞳に鋭い光が走る。
どうやら朝の軽い運動ではなく、本気の稽古お望みの様だ。
「俺で良いのか?」
「ああ、胸を貸してくれるとありがたい」
「胸を貸せる程強くは……いや、顔を洗って来るから待っててくれ」
言いかけた言葉を飲み込み、返事を返すと俺は再び川へと歩く。
ミーアを守る。
そう決めた以上、いつまでも弱気なままではいられない。
勇者パーティーに居た頃、戦闘面では自信の無さからサポートに徹してきた。
しかし、これからは先頭に立ち仲間を守る姿勢を見せなければミーアが不安になるかもしれない。
少しずつでも、自分の強さに自信を持とう。
傲慢になるつもりはないが、多少の自信は持ってもいいはずだ。
「待たせたな。始めようか」
川の水で煩悩を消し去った俺はアイシャと向かい合う形で対峙する。
「準備運動はいいのか?」
「川で済ませてきたよ」
「そうか。ならば時間も惜しい、さっそく始めさせてもらおう」
再び、アイシャの瞳に鋭い光が走る。
「いくぞっ!」
裂帛の気合と共にアイシャは一足飛びで距離を詰めてくる。
その速さは俺の予想の遥か上。
「ハァッ!」
完全にアイシャの実力を見誤った俺は簡単に刀の間合いへと引き込まれると、胴体目掛けて薙ぎ払われる斬撃を紙一重でどうにか避ける。
「あっぶねぇ……」
何が多少の自信は持っていいはず、だよ。
完全に自意識過剰じゃねぇか。
油断していたとは言え、いや、油断していたからこそ、早々に覚悟をへし折られた俺は、無意識の内に口角を上げていた。
「楽しそうだな?」
「アイシャのおかげで道を外さずにすんだよ」
傲慢では無く自惚れ。
自信があったところで相手を見誤れば簡単に足元を掬われる。
そう気づかせてくれたアイシャに対し、俺は遅ればせながら全神経を注ぎ迎え撃つ。
「それは……良かったっ!」
言いながら縦横無尽の連撃を繰り出すアイシャ。
流れる様な剣閃は美しくすらあり、そのどれもが恐ろしい程に一切無駄のない急所を的確についた動きだった。
これだけでも分かる、アイシャがどれだけの鍛錬を積んでいたのか。
ベテラン冒険者が束になっても到底太刀打ちできないレベルで彼女は強い。
しかし、綺麗すぎる型通りの動きは、時として弱点にもなり得る。
「綺麗すぎて読みやすい」
モンスター相手なら十分過ぎるが、対人戦においては先読みしてくれと言っている様なもの。
俺はそっと刀の軌道を外へ向けると、アイシャが知覚するよりも早く懐に入り込む。
「それと、懐に入られた時の対処が遅い」
反応出来ないアイシャの鳩尾へと短剣の柄を軽く押し当てる。
「……参った、降参だ。まさかこんなに早く決着がつくとはな……」
両手を上げて敗北の意を示すアイシャ。
その顔はどこか満足気に微笑んでいた。
「流石レイドだ。勝てないまでも、もう少し善戦出来ると思っていたのだが……。それに拙者の弱点も早々に見破ってくるとは、やはりお主は強いな」
「アイシャのおかげだよ。自惚れた俺の自意識をへし折ってくれたから本気で向き合えた」
「そうか。役に立てた様で嬉しいよ…………なぁ、レイド」
おもむろに言葉を区切ると、アイシャは真っ直ぐな視線を向けてくる。
少しだけ空気が張り詰めた様な錯覚を起こしつつ、俺は話の先を促す。
「どうした?」
俺の問いに、アイシャは少しだけ物憂げな影を落とし口を開いた。
「もし拙者が死んだときは…………メイを頼む」
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