4 暴食の呪い
…………?
短いの? 人生が? 俺の?
『そうね、長くともあと二、三年ってとこかしら』
はいぃぃぃい!?
死ぬのか? 俺!?
『厳密に言えば肉体的には死なない、魂が呪いによって魔人に乗っ取られるんだよ。それが実質的な死を意味する事は分かるよね?』
何だよそれ……。
だいたい俺はどうして呪われてんだ?
呪われた覚えなんて無いぞ?
『覚えてないの? 一年近く前に戦った魔王軍幹部、暴食の魔人を』
それは覚えているさ、忘れるはずもない。
あの戦いは俺の冒険者人生の中でも一番辛く、何度となく死を覚悟した戦いだった。
たった一人の暴食の魔人相手に約一千人の冒険者が昼夜を問わず戦い続け、多くの犠牲を出しながらもどうにか勝利も捥ぎ取ったまさに死闘と呼べる戦い。
確かにあの戦いには参加していたが呪われるような事はなかったはずだ。
『残念でした~! それが呪われてたんだな~! 君の呪いは純度百パーセント! 運命に赤い糸よりがっつり繋がってるよ! あついね! ヒューヒュー!』
……エクレール、今はその茶番に付き合う気になれねぇ。
少し大人しくしてくれ。
『およ? マジ凹みかい? 君はあの戦いで魔人が倒される最後の瞬間に立ち会っただろう、その時感じたはずだ、魔人の肉体が滅ぶのと同時にやつの魂が君へと乗り移った事は』
そんなもん一ミリも感じなかったよ。
『ふむ……。それはそれで疑問が残るが……まぁいいか。ついでだから教えておくけど、君はついさっきも死にかけたんだよ?』
……はい? 死にかけたの俺?
『闇に飲まれかけただろう? リリアの抱擁でギリッギリのギリで踏み止まったけど、あと一秒でも遅ければ君は今頃この街を破壊してたでしょうね。いやー! 流石我が子孫! ナイスミラクルプレー!! 伊達に私の血を引いちゃいないね!』
あの全てを塗り潰すような暗闇が呪い……。
認めたくはない。
認めたくは無いが、一応の説明はつく。
『魔族は人間のマイナス感情を利用する。だから君の心が弱ったあのタイミングを狙われたんだよ。ま、逆説的に言えば君が弱ったタイミングでしか今はまだ出てこれない、とも言えるがね』
慰めになってねぇよ……。
今は大丈夫でも二、三年で乗っ取られるんだろ?
『そうだね、今のままだと間違いなく君は闇に飲まれる』
……今のまま、ね。
そんな言い方をするって事は……期待しても良いのか?
『期待に応えるのも大賢者としての務めだと思っているであります!』
…………っ!
さっきからお願いしてばっかなのは百も承知だ。
だけど頼む……! 俺はまだ死にたくねぇ!
『まかせんしゃい! 解除の呪文、ちちんぷいのぷ~いっ!』
おいっ……。
ふざけてんのか?
なんだよそのへんてこな掛け声は。
『へんてことは失礼な! これは古来より伝わる由緒正しき呪文なのよ』
まぁ、解除してくれるならこの際なんでもいいか……。
ありがとな、エクレー……、
『むむっ?』
ん?
『あれぇ……おかしいな……』
どうした?
『いや、でも、イリーナは簡単に……くそぉぉぉ……あんなビッチ聖女に出来て私に出来ないはずがない! 頑張れ私! 負けるな私! 往生しろやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
エクレール!?
『…………フッ、負けちまったぜ。あんなドぐされビッチに出来て私に出来ないなんて……グヤジィィィィー! しくしくしく』
あの、エクレールさん?
下手な芝居してないで状況を説明してくれると助かるんだが。
『ごめん、無理みたい! テヘへへッ』
テヘへじゃねぇよ!
嘘だろ!?
それじゃあ俺はどうなるんだよ?
このままだとあと数年で死ぬんだぞ?
スキルだって覚醒したばかりなのに。
しかも魔人に体を乗っ取られて……最悪の死に方じゃねぇか……。
『うるさいなぁ! 男がガタガタ言ってんじゃないよ! 無理なら無理で次の手を考えれば良いだけでしょ、悲観したって何も変わりゃしないんだよ、人生舐めんなコラァ!!』
それはそうかもしれないけど……。
呪いを解く方法なんてそう簡単には思いつかないし。
そもそもの話『呪い』なんてものはおとぎ話でしか聞いた事が無い。
『今すぐにってわけにはいかないけど、私の方でも考えてみるわ。少なくとも数年の猶予はあるんだし、気長に行きましょ』
気長にって言われてもこっちは気が気じゃないんだが?
命かかってますんで。
『焦ったってしょうがないわ。それに呪いも悪いもんじゃないのよ? 少なくとも君がペンダントを食ったのは暴食の呪いによる影響だし。そして私の残留思念が君に定着したのも、暴食の能力である「食べたモノの能力を自分に取り込む」が働いたからに他ならない。そう考えれば悪いもんじゃないでしょう?』
そう……だな。
暴食の呪いにそんな効果もあったのは驚きだけど、エクレールにはスキルを覚醒して貰ったし、これから大賢者の知恵も借りれる、呪いも絶対に解除出来ないわけじゃ無い。
そう考えれば幾分気持ちも楽になった気がする。
『そうそう、大賢者のエスコートつきなんて普通じゃ絶対ありえないだからね! それだけでも感謝して欲しいぐらいよっ!』
感謝はしてるよ、五月蠅いのが玉に瑕だけどな。
『五月蠅いとは心外ね。レイドの心の声が駄々洩れなのが悪いのよ。そこを上手くやってくれれば私だってもうちょっと大人しくできるわ』
!?
どう言う意味だ?
『私は君の思考、頭は読めても心までは読めない。噛み砕けば、常時接続している念話とでも思ってくれればいい』
マジか……。
そんな仕組みなら最初に教えてくれよ!
『だって聞かれなかったし』
そりゃ聞いてはないけど……。
はぁ……、今さらか……。
『エクレール、これで聞こえてるか?』
『バッチリ聞こえてる』
ビッチ聖女に負けたクソババア。
『あ゛ぁん!? 今絶対変な事考えただろ?』
『べ、別に何も考えて無いよ?』
どうやら本当に心までは読めないらしい。勘は異常に鋭いが……。
しかしこれで俺のプライベートは守られる。
良かった……本当に良かった!
流石に四六時中駄々洩れであれば、監視の様でストレスも爆増だっただろう。
『もしまた私の勘が囁けば、遠慮なく全裸で逆立ちするからな。そこんとこ忘れるなよ』
『イエス、マム!』
なんだよこれ、ある意味呪いよりもタチ悪くない?
『良い返事だ。で、諸々の説明も終わり上下関係もハッキリした事だし、今後の予定はどうするつもりだい?』
『ああ、俺も丁度それを考えてた』
『呪い解除を優先するなら聖女に頼むのが一番手っ取り早い。私も手を尽くすとは言え命に係わる事だし、悩みの種は早めに払拭しておきたいでしょ? もちろん先に功績を上げてリリアを迎えに行くと言うのなら止めはしないけど』
『そうだな……』
一刻も早く冒険者として大成し、リリアを迎えに行きたい気持ちもあるが……。
流石に自分の命を確保しなければ、最悪すべてが中途半端で終わってしまう可能性もある。
……リリアには申し訳ないが今は自分の命を優先させてもらおう。
多少時間はかかってしまうが、然るべき功績さえ上げる事が出来れば魔術師協会に勇者ギジルのパーティーからの離脱と俺のパーティー加入の交渉も可能になるはずだ。
言ってしまえば魔術師協会も所詮は人間組織、有望なパーティーに自組織の魔術師が入る事で得られる名声と言う名の恩恵に与りたいだけだ。
極論を言えばそれが勇者パーティーかどうかなんて関係ない。
ごめんリリア、少しだけ遅れる。
『まずは聖女を探そう。迎えに行っても余命数年なんて言えないし、それならしっかり治して一生そばにいる覚悟で迎えに行きたい』
『ヒューヒュー! 青春だね! 男の子だね!! 告白する度胸も無い癖に口先だけはいっちょまえ!』
『べ、べつに度胸が無いとかじゃなくて……言うタイミングが無かっただけで……』
『そんな根性無しの君のためにアドバイスを送ろう……もしリリア以外の女に浮ついたらぶっ殺すからな?』
『……エクレールさん?』
声がマジで怖いんですけど?
ってかそれアドバイスじゃなくて脅し……。
『ま、これまでの君達を見てればそんな事にはならないと思うけど一応ね。私としてはリリアさえ幸せならいいんだけど、ついでに君の幸せも少しだけ願ってあげるよ』
『そりゃどうも。それはそれとして一つ聞き忘れてた。どうしてエクレールは今までの俺達を見てきたみたいに知ってるんだ?』
『リリアがずっとペンダントを身に着けていたでしょ、私もそこから「視て」いたのよ。だから二年前の旅立ちの日から君達の事はずっと知ってるわ。それ以前の数百年は屋敷の隅で埃を被っていたけどね……』
さっきとは違う意味で語尾に殺気が……。
粗雑な扱いにご立腹の様だがそれはアドルノート家の問題だ。
ここは触らぬ神に祟りなし、触れない方が身のためだろう。
『なるほど、それなら納得だ。それじゃあ聖女を探しに……、』
『その前に!! 私としてはせっかく自由に動ける体を手に入れたんだ、この記念にどうしても行きたい場所があるんだけど……付き合ってくれない?』
『行きたい場所?』
まさかアドルノート家の屋敷に行って数百年分の愚痴を吐くなんて言わないよな?
『なに、この街にあるちょっとしたところさ。時間は今日一日あれば十分だ、君にとっても必ずプラスになる』
どうやら実家に突撃する気は無い様だ。
時間も一日程度であれば問題無いだろう、それに俺にとってもプラスなら今後の関係性を考えると無下にも出来ない。
『分かった。付き合うよ』
『ヒャッホッー! そう来なくっちゃ!』
『そのかわり変な事はするなよ?』
俺の体を勝手に動かせる以上念押しは忘れない。
エクレールの事はなんだかんだと信用してきているが、下手に気を許すと何をしでかすか分からない節もある。
『だーいじょぅぶ! くだらない事はしない。見せてあげるわ。私が大賢者と呼ばれる所以を。そして知るがいい、深淵なる魔道の極致を!!』
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