39 Episode ミーア 5
驚きを隠せない顔で私の元へと駆け寄って来たのは、王都のギルドマスターでもあるクレスタさんでした。
この驚き方を見る限り、私は死んだと聞いていたのでしょう……。
一瞬、無意識の内に討伐隊の中にジート達がいないかを探してしまいますが……どうやらここにはいないようですね……。
複雑な胸中を隠す様に、私は出来る限りの笑顔を貼り付けて口を開きます。
「どうにか生きながらえました」
「良かった……! 本当に良かった! ジート達からは『俺達を逃がす為に囮になってくれた』と聞いていてな、もう駄目かと思っていたぞ」
安堵を浮かべるクレスタさんの顔は本心から喜んでいるのが分かります。
少しだけ心が軽くなった気がしました。
でも、『囮になってくれた』ですか……。
まあ、自分達が突き飛ばしたとは口が裂けても言えないですよね。
チクリ、と刺すような痛みが私の胸を襲います。
「生き残れたのは……運が良かっただけですよ……」
「運でも何でもいいさ。後は俺達に任せてくれ」
クレスタさんはそう言って背後の討伐隊へと目を向けます。
見たところ百名以上はいそうな大規模編成と呼べる集団ですが……この質と量であれば返り討ちに合って全滅するのが関の山でしょう。
殲滅しておいて良かったですね。
「あ、中の魔物に関しては私が一掃しておきましたので確認だけお願いします」
「なっ!? 一人でか!? ジート達の話じゃ万にも及ぶ大群だと聞いているぞ!?」
流石に万単位ではなかったと思いますが……。
まあ、敵の数は多ければ多い程逃げる正当性は増しますからね……。
その為に誇張したのでしょう。
「五十層に死体の山がありますよ。もっとも半分以上は燃やし尽くして塵になったので具体的な数は分からないと思いますが」
「そ、そうか……。なら俺達はこれから調査を兼ねて現場を確認しに行って来る。ミーア……一人で街まで帰れるか?」
驚きと呆れが入り混じったような顔を浮かべながらも、私を子供の様に心配してくれるクレスタさん。
「もう子供じゃないですよ? それくらい一人で大丈夫です」
言うが早いか、私はクレスタさんに会釈を行い街へと歩みを進めます。
正直、今はすぐにでも一人になりたい気分でした。
ひょっとしたら、ジート達が討伐隊に入って私を助けに来てくれるかもしれない。
そんな甘い考えが無かったかと言えば嘘になります。
彼らに受けた仕打ちを許す気はないです。
でも、長年ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染であり仲間をそう簡単に嫌いにもなれませんでした。
もし助けに来てくれていれば……。
一言で良いんです、私のわだかまりを解くために「ごめん」の言葉を掛けて欲しかった。
そうなれば…………きっと私は彼らを許していたでしょう。
そんな妄想とも呼べるエゴで頭を一杯にしながら、私は街へと歩き続けます。
枯れていたはずの涙が、溢れ出すのを止められないままに。
「Sランク昇格おめでとう! 歴代でも十指に入る程の異例の速さだ! ギルドマスターとして誇りに思うよ」
ギルドの一室、破顔して喜びを露わにするクレスタさんは今まで見た事も無い笑顔で祝福の言葉を投げかけてくれます。
ダンジョンで囮にされて約一月が過ぎ、私はその間ソロの冒険者としていくつものダンジョンを踏破していました。
結局、あの時街に帰ってから一ヵ月過ぎる今日まで、ジート達が会いに来る事もなければ顔すら合わせていません。
その鬱憤を晴らす、とまでは言いませんが、私は私の存在を知らしめるように冒険者として奮闘し、ついには万の軍勢をソロ討伐した功績も大きく評価され、冒険者としてソロでのSランク昇格を果たしました。
冒険者の数は十数万とも言われ、その中でもほんの一握りの多大な功績を残した者だけがSランクになる事が出来ます。
まぁ……今の私にはいらない称号なんですけど……。
「ありがとうございます……。ですが……このSランク昇格を以って、私は冒険者を引退します。長い間ご指導頂き、本当にお世話になりました。このような中途半端な形で去る事をお許しください」
そう言って私は誠心誠意、クレスタさんに頭を下げます。
ギルドマスターとしてはこれからも活躍して欲しかったのは間違いないと思います、それが歴代でも早くにSランク昇格を果たした冒険者なら尚更です。
でも……。
私の心はもう限界でした。
誰も信じられない。
この街にいるのが辛い。
一人で冒険するのは心細い。
もう、冒険者として生きていくのは無理そうです。
「顔を上げてくれ」
クレスタさんの顔を見るのが怖かった私ですが、そっと肩に大きな手が添えられます。
「実はな……薄々気づいてはいたんだ……最初からジート達の様子もおかしかったし」
優しく語り掛ける様に、クレスタさんは言葉を紡ぎます。
「お前ら、あの一件から顔すら合わせて無いだろ? 普通に考えておかしな話だ。一応俺も気になってジート達を問い詰めたが、あいつらはバツが悪そうに『ミーアが囮になってくれた』の一点張りだ。だから俺はお前が話してくれるのを待っていた。もう子供じゃないんだしお前の出した答えを尊重したかったからだ」
「……っ」
私の答え……。
「俺だって伊達に何年もギルマスをやっちゃいねぇ。ダンジョンから逃げてきたやつと生還したやつ、どっちが本当の事を言ってるのかは分かるつもりだ。まぁそれもミーアが話してくれれば、だけどな」
「……私からは……何も言う事はありません……」
今更そんな気力もありません。
真実をさらけ出したところで私の気が晴れる事はないでしょう。
そんな事よりも私は……もう一度……。
不意に、楽しかった頃の思い出が走馬灯の様に頭に流れます。
目頭が熱くなり涙が零れ落ちそうになった瞬間、
「そうか……。頼りないギルドマスターで本当にすまない!!!」
思わず飛び上がりそうになる程の大音量の謝罪が、私の涙を塞ぎ止めます。
「だが、お前がそう答えを出したのなら俺からは何も言えない。だからせめて、ミーアの意志だけは尊重したいと思う。本当に、冒険者は引退なんだな?」
「……はい。もう決めた事です」
このままここに居ても何も変わりません。
他人に期待するのは、もうやめましょう。
「分かった。これからどうするのかは決めてあるのか?」
「少し旅にでも出ようと思います」
実家があるのは小さな村です、期待されて出て来たのに冒険者を辞めて戻ったとなれば田舎特有の良くない噂で辟易する事になるでしょう。
なので帰省の選択肢はありません。
かと言って行きたいところも無いですし、気持ちが落ち着くまでは気ままな旅に身を置くつもりです。
「そうか、なら…………これを持っていくといい」
そう言って机から出し手渡されたのは一枚の紹介状。
「これでも王都のギルドマスターで顔は広い。これを見せればどこのギルドでも優良待遇で雇ってくれるぜ。使うか使わないかはその時の気分で決めればいい」
今の精神状態では冒険者と関りを持ちたいとは思いませんが……、
「……ありがとうございます」
折角の餞別を無下にもできません。
「困った事があればいつでも言って来い。そん時は必ず力になる」
クレスタさんの言葉に頷きを返すと、私はギルドを後にします。
最後にクレスタさんと話せてよかった。
冒険者として積み上げてきたものは間違っていない。
そう背中を押された気がして、私は王都から旅立ちました。
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