37 Episode ミーア 3
大扉を開けた先、そこはダンジョン内とは思えない程の広大な空間でした。
そして、その中にいたのは――
「ひぃぃぃぃっっっ!!!」
最初に悲鳴を上げたのは誰だったでしょうか?
ノルザの様な気もしますがワックの様な気もします。
少なくとも、今の私にそれを確認する程の余裕は微塵もありません。
「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!」
鼓膜を直接叩くかのようなジートの咆哮。
真横で発せられた大声に、固まっていた私の体が動きを取り戻します。
「走って!」
今だ恐怖で固まっているワックとノルザの背中を叩き正気に戻すと同時、私達は全力で元来た道へと駆け出しました。
――大扉を開いた先。
そこに居たのは数えるのも馬鹿らしくなる程に所狭しと蠢く魔物大群。
数千の目が一斉に私達を捉えた瞬間、私の体は恐怖で縛り付けられました。
あの場面で大声を上げてくれたジートには感謝です。
下手をすれば全員動けないまま囲まれて全滅すらもありえました。
九死に一生と言ったところですが、今の状況も決して油断できるものではありません。
「頑張って! 今は死ぬ気で走ってください!」
檄を飛ばしつつ後ろを振り返れば、逃げる私たちを追う様に動きの速い魔物から次第に距離を詰めてきます。
まずいですね……空を飛ぶタイプの魔物もいました。
このままでは洞窟を出る前に第一陣に追いつかれるでしょう。
追い付かれたが最後、物量で潰されるのは火を見るよりも明らか。
「フレアシールドッ!!」
本来防御の為に使う魔法ですが、今回は道を塞ぐ為の防壁として利用します。
これで多少の時間は稼げる。
そう考えていた私でしたが、直後に無慈悲な現実が突きつけられます。
「なっ!?」
まるで紙屑の様に無残に散っていく炎の防壁。
圧倒的な物量で押し通る魔物達の勢いに、欠片の抵抗も出来ませんでした。
「ミーア! もっと高威力の魔法はないのか!?」
半ば叫ぶように、ジートは走りながらも怒鳴る勢いで口を開きます。
「あるにはあるんですが……」
敵を背にして逃げながら魔法を撃つと言うのは存外難しいものです。
それにプラスして高威力の魔法であれば必然的に集中力も必要になるので、とても逃げながら放てるものではありません。
再び顔だけを捻り後方へと目を向ければ、そこには洞窟を埋め尽くすほどの魔物が我先にと押し寄せる地獄絵図が広がっていました。
「くっ……」
このままではあえなく追い付かれ、間違いなく全滅するでしょう。
どうやら、覚悟を決めるしかなさそうですね。
洞窟を抜けた先には亀裂を渡る為の橋があります、私がここで立ち止まり時間を稼ぐ間に皆には橋を渡ってもらう、皆の安全が確保できたところで私も橋を渡り、すぐに橋を切り離せばあの大群も容易に手は出せなくなるはず。
一歩間違えれば死に直結するでしょう。
私は頭の中で迎撃と逃走のイメージを固めます。
そして走りながらも呼吸を、心を落ち着かせると、駆けていた足を止めモンスターの大群と向かい合いました。
正面から向き合っただけで色濃く感じる死の恐怖。
私達は弱者で被食者、奴らにとって餌以上の価値は無いのでしょう。
自分が強くなったと勘違いしてこのザマです。
もっと慎重に行動していれば、仲間をこんな危険にさらす事もなかったはず。
だからせめて、仲間の命は私が守ります。
「私が時間を稼ぎます! 皆は――――――」
先に逃げてください。
私が仲間に伝えたかった言葉。
しかし、たったそれだけの言葉を、私は伝える事が出来ませんでした。
ドンッッ
「っ!?」
不意に、突き飛ばす様な衝撃が私の背中を襲います。
思わず前のめりでたたらを踏みますが、そんなことよりも状況を理解できない私の頭には混乱が広がるばかりでした。
「……っ。一体なに…………が…………」
バランスを取り戻した私が背後を、背中を押された方へと振り向けば、そこに在ったのは狂気に顔を歪める三人の姿。
「お、おおお俺はまだ死にたくないんだ!」
「ぼ、僕は悪くない……悪くないんだ!」
「死にたくない死にたくない死にたくない」
私を突き飛ばした手を引き戻し、反転すると一目散に逃げていく三人。
その光景を見て、ようやく私は気づかされました。
死すら覚悟して守ろうとした仲間から囮にされたのだと。
「…………」
言葉にならない感情が胸を締め付けます。
しかし、そんな私の心情など御構い無しにモンスターの大群は目前まで迫っていました。
「ヘルファイア!」
生への執着か冒険者としての経験か。
仲間に切り捨てられた私の心はグチャグチャだったにも関わらず、無意識的に魔法を放ち迎撃を開始します。
「フレイムトルネードッ!」
どれだけ消し炭を量産しても減る事の無い魔物の軍勢。
「暴爆陣」
時間を稼いで私も逃げるはずだったのに……。
「灼熱棘」
信じていた仲間から使い捨ての駒にされたショックが、私の足をこの場に縛り付けます。
「黒炎呪」
いつしか私は、泣きながら魔法を撃ち続ける機械の様になっていました。
「っ……」
あれから、いったいどれくらい魔法を撃ち続けたでしょう?
自分でも分からない程に、ただただ迫り来る魔物達を殲滅していました。
魔物の数が一向に減らないように、私の涙も溢れて止まりません。
そんな状況ですが、私の抵抗もそろそろ限界が近いようです。
魔力が枯渇し、体は悲鳴を上げる一歩手前。
逃げる事を考えれば、これ以上の魔法行使は危険域となってくるでしょう。
思えば、途中からは時間稼ぎと言うより逃げた先でジート達と鉢合わせしたくない思いで時間を潰していたのかもしれません。
目の前に迫る死の恐怖よりも仲間と……仲間だと思っていた人達に会いたくないが為にモンスターを殲滅する。なんて皮肉な状況でしょうか。
結果だけを見れば、彼らは助かったはずです。
それは私が望んでいた事でもあります。
ただ、私は私も生き残る事を考え、彼らは私を切り捨てる事を選択した。
私の命を望んでいるのは私だけでした。
その事実が私の心に影を差します。
とは言え、ここで大人しく魔物の餌になるなんてまっぴらごめんです。
私を囮に使うような人達の為に、最後の力を振り絞り自己犠牲の心で魔物と自爆心中なんて事は絶対にありえません。
元より私は生きたいのです。
「絶対に……こんなところで死ねません」
轟々と燃え盛る炎が魔物を包み灰燼に帰すところで、次の魔物が出て来ないうちに私は全速力で洞窟を駆け抜けます。
相当数を殲滅し、飛行タイプのモンスターが出て来なくなった今なら橋を渡って破壊してしまえば、やつらが追い付くのは不可能となるでしょう。
今は泣いてる場合じゃない。
涙をぬぐい、そう自分に言い聞かせます。
そして、死に物狂いで洞窟を抜けたところで――
更なる絶望が私を襲います。
「橋が……ない……」
そこに在るべき橋は、既に破壊されていました。
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