26 優しくて気の弱い子
『いいの? 勝手に抜け出しちゃったりして』
『良いんだよ、もう子供じゃないんだし』
ミーアの手によって地獄へのカウントダウンが始まろうとした瞬間、
「そう言えばここには大浴場があってな、中々趣があって良い所なのだがミーアも一緒にどうだ?」
「ミーアちゃん流しっこしよっ!」
天啓とも呼べるアイシャとメイの提案。
迷いながらも風呂を選択したミーアは仲良く大浴場へと向かって行った。
美女三人の入浴。
普通なら想像に心躍らせる場面ではあるが、今そんな事を考えてしまえばただでさえ生殺しが続いている俺には猛毒以外の何物でもない。
解放された俺は早々に宿を抜け出していた。
「さて、始めようか」
ここは宿から、更に言うなれば村からも出て少し離れた場所にある森。
光源と呼べるものは月明りの淡い光のみ。
多少心許ない気もするが贅沢は言っていられない。
「よろしくお願いします」
エクレールへと向かって恭しくも頭を下げる。
俺がこんな所に来た理由、それは何もミーアから逃げて来たわけでは無い。
エクレールに魔法を教えて貰うためにここまで来たのだ。
決して外の空気を吸って雑念を払おうなどとは思っていない。
『うむ。苦しゅうない。面を上げよ』
小さな妖精の尊大な態度。
妖精に憧れを抱く小さな子供には見せられない偉そうな口調と振る舞いで、エクレールはふんぞり返っていた。
まぁ、教えを乞う身だし多少は我慢するけどさ……。
「で、今日は何を教えてくれるんだ?」
『なによ、切り替えが早いわね……もうちょっと教えを乞う姿勢を見せなさいよ!』
「はいはい、稀代の天才大賢者エクレール様、どうか私奴に魔法のご教授頂きたく」
『そうそう、それで良いのよ。それじゃあ、サクッとやっちゃいましょうか』
単純と言うか扱いやすいと言うか……。
エクレールって実は割とチョロい。
『って言ってもね、実はまだ悩んでるのよ』
言いつつ珍しく眉根を寄せて思考を巡らすエクレール。
「悩んでる?」
『ええ。現状を考えるとレイドの魔力はまだまだ少ないわ。その中で重点的に精度を上げるべきは回復魔法なのよね』
「確かに……一番需要はあるし命に関わるもんな」
流石は大賢者とでも言うべきか。
俺は派手な攻撃魔法の一つも期待していたところだが、実用を考えれば回復魔法程有用なものは無いだろう。
しかもエクレールの回復魔法に至っては異常な程の回復量を誇っている。
俺が人命救助で駆けずり回っていた時や嫉妬の魔人に腹を貫かれた時、あまり意識する余裕も無かったが、冷静に考えて致命傷レベルの傷を一瞬で治してしまうのは明らかにおかしい。
数名の回復術師を知っているが、そこそこ深い切り傷を治すだけでも数分は掛かるし腹に空いた穴など応急処置程度にしか出来ないのが世間一般の価値観だ。
『そう。だから一番優先すべきは回復魔法。でもそれ以外の魔法も覚えておくに越した事は無いわ。だから二番目の魔法を攻撃寄りにすか補助寄りにするか……レイド自身はどっちが良いと思う?』
「うーん……」
いきなり言われてもな。
「攻撃魔法なら火や雷が撃てるって事だよな?」
『ええ、水も氷りも土でも風でもなんでもできるわよ!』
選択肢が多いのも考え物だな……。
「どうせ魔力は毎日使い切る予定なんだ、一通り試してみてもいいか?」
『いいわよ。実際使える事と得意不得意は別問題だしね。それじゃあ、まずは回復魔法から! 適当に自分の爪でも剝がしてみなさいっ』
!!?
「剥がねぇよ!」
なにシレっと恐ろしい事言ってんの?
バカなの?
『えぇー。絶対そっちの方が上達早いよ? 死ぬほど痛いからこそ本気で集中出来るし』
「荒療治にも程があるだろ……せめて切り傷ぐらいから始めさせてくれ」
言うが早いか、俺は短剣を引き抜く。
「……ふぅ」
一拍の間に覚悟を決めて、数ミリ程度、刃先を掌へと押し付ける。
「痛っつっ」
自分でやった事とは言え痛いものは痛い。
溢れる事は無いがゆっくりと血が流れだす。
『回復魔法は何度か使ったし、まずは自分の感覚でやってみなさい。あ、それと最初から私の真似して無詠唱とか無理だからちゃんと発動句は唱えなること』
「わかった……、治癒っ!」
俺が魔法を唱えた瞬間、傷ついた手を取り囲む様に淡い光が発生するも……、
「あれ……一瞬で消えたぞ?」
しかも傷は治っていない。
痛みこそほんの少しだけ和らいだ気もするが、それもわずか数秒だけ。
『ま、初めてなんだし最初はそんなもんよ』
「マジか……。もっと簡単だと思ってた」
『魔道の道は長く険しいのよ! そんな甘いもんじゃないんだからね!』
どうやら俺が思っていた以上に魔法を使いこなすのは難しい様だ。
これまで一番近い所で見ていたリリアは何食わぬ顔で魔法を連発している事もあったし、エクレールに至っては魔人すらも拘束できる魔法も使っていた。
魔法を行使できるようになって初めてわかる魔法使いの凄さ。
『魔法はイメージが大切よ。傷を治したければ傷の再生、完治した結果、そのイメージを自分の魔力に乗せて放出しなさい』
「イメージは分かるけど、自分の魔力に乗せて放出って感覚がな……」
『それこそ慣れるしかないわ。魔力コントルールは個人によって感覚も違うし、一概にこれが正解ってのは言えないのよ。上手くなりたけりゃ毎日コツコツ繰り返す事ね』
「地道な努力が一番の近道ってわけだな」
『良いこと言うじゃない。それに気づかず芽が出ない魔術師も多いのよ。ま、私がついてる以上レイドはそんじょそこらの魔術師レベルで落ち着いてもらっちゃ困るわ。大賢者の弟子として立派に成長しなさいよね!』
「ああ、やるだけの事はやるよ」
一体いつの間に弟子になったのかは疑問だが……。
まぁ、弟子として師匠の期待に応えられるよう頑張りますよ。
俺はエクレールの教えに従い、頭の中でイメージを膨らます。
あえて細かい魔力のコントロールは考えない。
自分のイメージと感覚のみに全集中力を注ぎ込む。
「ふぅ……やっと治った」
幾度かの回数を繰り返し、ようやく俺の傷は完治と呼べるまでに回復した。
エクレールであれば一瞬で治してしまう傷も、今の俺では簡単には治せない。
現実を知るにはこれほどわかりやすい実証もないだろう。
『やっぱりまだまだ魔力コントロールが荒いわね。たった数回の行使で半分以上魔力を持っていかれたわ』
「燃費度外視してたからな」
どちらかと言えば途中から意地になって、全部の魔力使って良いから治れ! とすら思ってたし。
実践する気は無いが、エクレールが爪を剝げと言った意味も少し分かった気がした。
追い込まれれば嫌でも集中せざるを得ない。
自分が痛いならなおさらだ。
『ま、初めてでこれなら十分及第点なんだけどね。回復魔法は攻撃魔法に比べて難しい方だし』
「おお、まさかの及第点」
ちょっと嬉しい。
もっとスパルタかと思えば意外と優いのな。
『初めてだしね。で、どうする? 今日は回復魔法だけにしてもいいけど?』
「いや、折角なんだ、攻撃魔法も試してみたい」
幾度となく見たリリアの攻撃魔法。
窮地を救われた数は片手じゃすまない。
その事もあってか、正直に言えば回復魔法よりも攻撃魔法に興味がある。
『あれれ~? ひょっとしてリリアの事考えてるぅ?』
エスパーかよ……。
「ああ、魔法で敵を薙ぎ倒すリリアは俺の憧れでもあったからな」
『そんな幼馴染をほったらかしで可愛い美少女三人侍らして旅するなんてっ……よっ! この口だけ誠実野郎!』
「言い方っ! 間違った方に捻じ曲がってるから!」
ったく、ほったらかしてるわけじゃねぇっての。
わかってて言ってるだろこいつ。
それにしても、リリアは元気にしているだろうか?
優しくて気の弱い子だ。
俺のいないパーティーで孤独を感じているかもしれない。
一人寂しく影で泣いてる可能性だってある。
大人しい性格故にストレスも溜め込んでないだろうか。
争い事を避け、言いたい事も言えず我慢もしているだろう。
そう思うと俺の心は締め付けられた。
新人が入ると言っていたし、リリアの話し相手になってくれれば良いのだが……。
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