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24 白目を向く美少女

『流石「聖剣を使わない勇者」。最早あなたの自制心に狂気すら感じるわ』


『もっとマシな褒め方ないのかよ……』


 地獄の生殺し生活二日目。


 それはただただ地獄でしかなかった。


 地獄は一度乗り越えたぐらいで慣れるものではない。


 この教訓だけは後世に残したい。





「早朝の空気って、美味いよなぁ……」


 しみじみと、俺は日の出直後の澄んだ空気を肺一杯に取り入れる。


『逆賢者タイムですね分かります』


 逆賢者ってなによ?


 限界まで我慢して悟りでも啓けってか?

 こちとら既に、後世に残したい教訓は生み出してんぞ?


 相変わらずエクレールの言う事はちょいちょい意味が分からない。


 生殺し地獄から生還した俺だが、煩悩の鎮静化も兼ねてミーアより一足先に家を出ていた。


 とは言ってもミーアも後は着替えるだけなので、一人の時間も束の間でしかないのだが。


 あぁ……、冷たい空気が俺の頭と体を癒してくれる……。




「お待たせしました」


 鈴が鳴る様な声に振り向けば、そこには完全武装を施したミーアが少し照れ臭そうに立っていた。


 白を基調とし、赤のラインが入った所謂ドレスアーマーを纏い栗色の髪もハーフアップで綺麗にまとめられている。


「…………」


 数秒、俺は呼吸を忘れミーアに釘付けとなる。


 その姿は思わず見惚れてしまう程に凛として輝いて見えたからだ。


「そ、そんなにジロジロ見ないでください……変、ですか?」


「い、いや、違う……すごく、綺麗だよ」


 我ながら乏しい語彙力しかないのが情けない。


「えへへ。褒められると照れちゃいますね。」


 しかしミーアはそんな俺の拙い言葉でも嬉しそうに微笑みを浮かべる。


「それじゃあ、行こうか」


「はいっ」


 早朝の冷たい空気を感じながら、俺達は新たな旅の一歩を踏みだした。






「おはよう。アイシャさん、メイさん」


「おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」


 時間にして徒歩数分の移動。

 街の正門横にある乗合馬車の待合所には既に美人姉妹の姿があった。


「いや、拙者達も今しがた来たばかりだ。レイド殿、ミーア殿、改めて礼を言わせてくれ。来てくれて本当にありがとう。これからの旅路、よろしく頼む」


「おはよ……れいどくんみーあちゃん……ぐぅー」


 しっかりと挨拶をしてくれる姉の横で立ったまま寝てる妹……。

 若干白目を向いているのがせっかくの可愛い顔を半減させている。


「困った時はお互い様だ、こちらこそよろしく頼む。それと、これから一緒に旅をするんだ、そのレイド殿ってのは堅苦しいんで呼び捨てにしてくれた方が楽なんだが?」


 元々俺はそこまで畏まった言葉使いが得意ではない。

 荒くれ者の多い冒険者の性とも言える。


「ふむ……ならば我々の事も呼び捨てにしてくれ。我々だけ呼び捨てと言うのも気が引けるのでな」


「わかった、そうさせてもらうよ。それでアイシャ、早速なんだが詳しい事情を聞かせてくれないか?」


「そうだな、……っとその前に出発の様だ、先に乗るとしよう」


 二頭の馬に繋がれた木組みの馬車。

 早朝だからなのか俺達以外の客は見当たらない。


 先に乗り込んだアイシャとミーアに続こうとした俺だが、


「……ぐぅー……」


 こいつ……全然起きる気ないな……。


「メイ、起きろ」


 立ったまま白目を向く美少女に声をかける。


「……んーっ……」


 もごもごと呻き声を上げたメイは右手を差し出す様に俺に向けてきた。


「引っ張れって事か?」


「ぐぅー……っん……」


 言われるがまま? 俺はメイの手を取ると馬車に向かって歩みを進める。


「寝ながら歩くなんて器用な事を……」


 これもう起きた方が早くないか?


 器用にも手を引かれながらその状態で馬車の中へと入ったメイは横広のシートに座るなり俺の膝を枕にし、ぐぅーぐぅーと寝息をたて始める。


 メイさん? ちょっと距離感近すぎない?


 言うて初めましてではないが、二度目ましてだよね?


 あ……、いや、昨日アイシャから聞いて話では嫉妬の魔人(ルクセリア)との戦いで気を失い空から落ちる俺を拾ってくれたのはメイだったらしい。


 そう考えるとメイからすれば三度目かもしれない。

 だとしても懐かれ過ぎな気はするが……。


「あぁっ……」


 ミーアさん?

 なんでちょっと羨ましそうな顔してんですかね?


「はぁ……妹がすまんな。何分朝には滅法弱くていつも苦労させられているんだ。邪魔であれば床にでも蹴飛ばしてくれて構わない」


 溜息をつきつつ呆れた目でメイを見つめるアイシャ。


「いや……流石にそれは……邪魔って程でも無いしこのままにしておくよ」


「あの、レイドさ「ミーアは座ってような」……はい」


 しょんぼりと肩を落とすミーア。

 そんな切ない顔をされると俺が悪いみたいじゃないですか……。


 若干の罪悪感を感じなくも無いがここからは少し真面目な話だ。

 ミーアにも聞いてもらう必要がある。


「アイシャ、さっきの続きを頼む」


 俺は乗車前に途切れた話の続きを促す。


「ああ、拙者達の故郷は極東の島国と呼ばれるヤマト。距離にしてここから馬車で十日の港町スーザリアから更に船で八日。馬車での移動は六日目以外は全て小さな町へ泊まる。六日目は時間短縮の為徒歩での山越えと野営となってしまうが承知願いたい」


 ヤマトか……どうやらエクレールの読みは当たっていたらしい。

 行きだけでも約二十日、それなりに長い遠征となりそうだ。


「六日目以外も野営で時短できる道があるならそっちでいいぞ? 早く故郷に帰りたいんだろ? 俺達に遠慮する必要はないからな?」


「お気遣い痛み入る。だが現状これが最速だ。もっとも六日目の山は『追い剥ぎの巣窟』と呼ばれる無法者の根城の様な場所でな、ほぼ襲撃はあるとみていい危険な道で実際に拙者達も行きがけに通った時は襲われたが、レイド殿……レイド達の実力であれば何の問題も無いと踏んでいる」


 追い剥ぎか……。

 俺も片手で数えられるぐらいには襲われた経験はある。


 冒険者崩れが徒党を組んで悪事に手を染める事はままある事で、中には真っ当に冒険者を続けていればそれなりの功績を残せたであろう強者も少なからずいた。


 まぁ、その真っ当が出来なくて野盗に身を落としたのだろうが。


「問題ない。もし他の事でも俺達に出来る事があれば遠慮なく言ってくれ」


 俺の言葉にアイシャは「かたじけない」と頷くが、その顔には一瞬の陰りが見て取れた。


「どうかしましたか? 顔色が優れませんが?」


 目敏くもアイシャの機微を見逃さないミーアが優しくアイシャに問いかける。


「いや、すまん、仲間の事がな……。そう簡単にくたばる連中では無いのだが少し不安になってしまった」


 俯き影を落とすアイシャ。

 実際のところ、外海の勇者まで探しに来るほど逼迫した状況であればその不安も仕方の無いものだろう。


 むしろアイシャもメイも普通に振る舞っている様に見えるが、内心では心配で圧し潰されそうなのかもしれない。


「大丈夫、なんて軽はずみな事は言えません、仲間を信じるのも大切ですが現実は時として残酷な事もありえます……」


 ミーアはそっとアイシャの手を握ると、厳しい言葉ながらも安心させる様に優しく語り掛けていく。


「ですが、少なくともここでへこんでいても状況は変わりません。だから今出来る事を最大限にしましょう。それがきっと未来の自分達の結果を変える事の出来る唯一の手段ですよ」


 迷いなく言い切るその目には有無を言わさず納得してしまう程の包容力と熱量が帯びていた。


 俺に膝枕を拒否され項垂れていたミーアは姿はそこには無い。


 と言うか最近の俺に対するミーアの態度がおかしいだけか。

 元々ギルドの受付として働いていたミーアはこの通り凛とした人物だったはずだ。


 ミーアってほんと、何物なんだろ?

 結局ここ数日一緒に居たはずなのに聞けずじまいだ。


「今できる事?」


 不思議そうに尋ねるアイシャにミーアは微笑(わら)って答える。


「はい、そんなに難しく考える必要はありません。お互いの戦い方や連携、得意不得意、馬車(ここ)じゃ狭くて体は動かせませんが、頭を使う事は出来ます。どんな状況か分からない以上、突発的な戦闘もあり得るでしょう、その時にお互いの動きを知っていのといないのでは大きな差も生まれます」


「確かに……落ち込んでいる暇など無いなっ!」


 ミーアの言葉に元気を取り戻したアイシャ。


「ミーアちゃん……好き……」


 一体いつの間に起きて俺から離れたのか、メイがミーアをギュッと抱きしめる。

 こいつ……マジで気配を感じなかったぞ……。


 そんな感想を抱きつつ、美女三人が仲睦まじく決意を固めたところで、俺は俺にしかでいない事をやろうと思う。



 それすなわち、




 助けて大賢者様!!



【作者からのお願い】

お読みいただきありがとうございます!

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