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20 握りしめた拳から溢れる血

「ふふっ。そんな困った顔をしないでください。私だって精一杯強がってるんですから」


 俺の腕に頭を預け……所謂腕枕の状態で微笑むミーア。


 まるで事後の様な状態だが、決して事後では無い。


 断じて否。


 俺は打ち勝ったのだ。


 煩悩に抗い、煽りまくるエクレールの言葉に惑わされず、過ちを犯さずに済んだ。


 血の涙を流し、断腸の思いで…………!!!




 ――数分前。


『それいけ! 男を見せろ! 野生の本能を呼び起こせぇぇぇ!!』


 もはや自分が楽しんでいるだけとしか思えない野次馬と化したエクレールの煽り。


『プルンプルンの生娘だ! お前色に染め上げちまえよ!』


 中身おっさんじゃないかと疑いたくなる言葉だが、


『やめろぉ! やめてくれぇ!!』


 その言葉のチョイスは俺の敏感になった煩悩をこれ以上なく刺激してくる。


『そもそも君は何をそんなに抗っているんだい? ミーアは君の事を待っている。君はそれに答えるだけじゃないか!』


『…………』


 答えるだけ、ある意味ではこの煽り文句のおかげで俺は冷静になれた。


 今、一時の感情で答えたとしても、それは本当の意味での答えではない。


 そんな当りまえの事が、俺の頭に小さな疑問符を生んだ。


『エクレール、お前どっちの味方なんだよ?』


 リリアとミーア、どっちとくっつけたいのか分からない。


 別にエクレールの言う通りにするわけでは無いが、少し前までリリア以外は許さないと言っていたにも関わらずこの変わりようは些か不自然に過ぎる。


『んー……現状の本音を言えば()の味方かな』


『俺の? 何でまた急に?』


『あとで言うつもりだったんだけど、生命力まで削って寝込んでいた影響か暴食の魔人がこれ見よがしに力を取り戻しはじめてね、簡潔に言えば君の寿命が半分に縮まったのよ。魔人復活までもってあと一年弱ってところかな。だからこれは女を知らずに死にゆく君への親心ってところね』


『親心ってなんだっけ?……ってか俺の寿命一年とかサラッとこんなタイミングで言うなよ……』


『だから後で言おうと思ってたんだってば、レイドが変に鋭いのが悪いのよ?』


『俺のせいかよ……まぁ、親心の方は気持ちだけ受け取っておくよ』


 こんな状況になってしまい非常に心も体も苦しいが、何事も中途半端はよろしくない。

 少なくともここで勢いに任せるのはもっての外だ。


 俺は断腸の思いで言葉を尽くし、本心を伝える。

 冒険者として名を馳せてリリアを迎えに行く事、こんな流される様な勢いでは無くミーア自身の体をもっと大事にして欲しい事。


 そして心からの謝罪。

 エクレールの事は言えないが、ミーア視点でみれば俺が抱きしめた事には変わりない。


 ありのままを伝えると、彼女は少し放心しながらも優しく微笑んでくれた。


「私はずっとレイドさんの事を好きでしたよ。気づいてなかったんですか? 今だってちょっと急とは思いましたけど、レイドさんになら良いかなって……。でも私の勘違いだったみたいですね……一人で盛り上がってごめんなさい……」


 言葉尻に伴いその瞳が愁いを帯びていく。

 彼女にこんな顔をさせてしまった事に酷く罪悪感が募る。


「レイドさん、一つだけ確認させて下さい。リリアさんとは幼馴染なだけで恋人でなければ将来も約束していない、迎えに行くとも言っていないんですよね?」


「そうだ……一方的に俺がそう思ってるだけだ」


「そうですか……わかりました」


 何が分かったのか、少しだけ吹っ切れた顔をしたミーアはおもむろに上体を起こすと、横にスライドするように移動し俺の腕へと頭を預けてくる。


 その際バスタオルからはみ出る双丘が俺の煩悩をけたたましく刺激するが、最早血反吐を吐きつくすほどの我慢の結果手に入れた鋼の意志を持つ俺の心が揺らぐことは少ししかなかった。


「勘違いした哀れな女のお願いです。少しだけ、腕の中(ここ)にいてもいいですか?」


 潤んだ瞳でそうお願いを口にするミーア。

 勘違いも何も、徹頭徹尾エクレールの暴走のせいですごめんなさい……。


 あぁ……この状況で否と言える男が世界にどれほどいるのだろうか?


 俺は口には出さず、小さく首を縦に振る。


「ありがとうございます」


 腕にかかる重みが増す。

 心地よい重さと伝わる体温。


「私、諦めませんから。レイドさんの邪魔をするつもりはありません。でも諦めるつもりもないです」


 甘い吐息と共に発せられる声には明確な意思が宿っていた。


「ミーア……俺は……っ」


 開こうとした俺の口を遮るようにミーアは人差し指を俺の唇にあてがい動きを止める。


「今は何も聞きたくありません」


 その言葉に再度俺は首だけを縦に動かす。


「ふふっ。そんな困った顔をしないでください。私だって精一杯強がってるんですから」


 そう言って微笑むミーアに、俺は何も返す事が出来なかった。




 そして今――


 ぎゅるるるるるるっ


 忍耐を限界まで酷使した影響か、この微妙な空気を吹き飛ばしてくれたのは他ならぬ俺自身の腹の音だった。


 それを聞いたミーアはすぐにハッとした顔を浮かべ、


「そうでした! 私ったらつい……三日も寝てればお腹もすきますよね。すぐに消化の良さそうなものを作ってきます」


 不意に軽くなる腕の重み。

 ミーアは立ち上がりキッチンへと向かって行く。


 この瞬間、離れる為に立ち上がったミーアのバスタオル姿を目に焼き付けたのは言うまでも無いだろう。


『あーあ、人生で一度きりかもしれないチャンスを逃しちゃったわね』


『言うな……エクレール……』



 正直に言おう。

 俺は今、人生で一番後悔している。




 握りしめた拳から溢れる血、それが俺の後悔を証明していた。



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