19 実況生中継
※レイド視点に戻ります
「……っ」
目が覚めると、そこは知らない部屋だった。
「俺は……」
寝ぼけた頭で記憶を辿る。
「あぁ……どうにか死なずにすんだみたいだな……」
最後の記憶はルクセリアをぶん投げた後に力尽きて落下していることろ。
ミーアが落下途中で俺を拾ってくれたのだろうか?
少なくとも気を失った状態で地面に激突していれば俺は今頃棺桶の中だ。
命の恩人にはお礼の一つも言いたいところだが……、
「どこだよここ?」
綺麗に整理整頓された部屋。
人の住んでる気配はあるがあいにくと家主は不在の…………っ!!
『エクレール!!』
寝ぼけた頭が回り出すと同時、俺は反射的にその名を呼んでいた。
『おい! 返事しろ! おい! エクレール!!』
何度呼びかけても……返事は無い。
「嘘だろ……」
血の気が引くような薄ら寒さが全身を包む。
『なあ! おい! いるんだろ!? 驚かそうと思って黙ってるだけなんだろ!?』
もう十分驚いたから……。
『出て来てくれよ……こんな終わり方……納得できるかよ…………』
短い付き合い……いや、半日にも満たない短すぎる付き合い。
それでも、エクレールは俺の心の一部に間違いなく入り込んでいた。
長い時間を過ごした友でもなければ、同じ死線をくぐった仲間でも無い。
だがしかし、それ以上の特別な何かを感じているのは確かだ。
言葉で言い表す事は出来ないが、一抹以上の寂しさを俺は覚えている。
勝手に出て来て勝手に消えやがって……。
まだまだ話したい事も沢山あったのに……。
思い出、と呼べる程の時間の積み重ねは無いが、この胸に刻まれた記憶は一生忘れる事は無いだろう。
俺は無意識の内にエクレールへと感謝の言葉を送る。
それはきっと自分なりのケジメだったんだと思う。
いなくなってしまった事実を受け入れる為に、俺から彼女への最後の言葉。
『ありがとう…………
…………ビッチ聖女に負けたクソババア』
『ぶっっっ殺すぞごらぁぁぁ! もっぺん言ってみろや! あ゛ん? もっぺん言ったら呪いの禁呪でテメェの○○○を一生使えねぇようにしてやっからなぁ!!』
突如として現れた憤怒の妖精は笑えない激情をぶつけてくるが……
『エクレール!!』
俺はエクレールを掌で包むと思いのままに抱き寄せる。
『良かった……本当に消えたかと思った……』
『……え? あれ? ちょ……そんなに? そんなに寂しかったの……?』
般若の形相から一変し、不思議そうな顔のエクレールをより強く抱きしめる。
『えへへへ……悪くないわね。私ってなんて罪な女なのかしら。レイド、この絶世の美女である大賢者様に惹かれるのも無理は無いわ、でもあなたにはリリアがいるでしょう? 私の事は諦めなさい。とうに体は朽ちた身、元より結ばれない運命なのよ!』
満更でもない顔でにやけ面を晒すエクレール。
何かものすごく勘違いをしている様だが、俺はそれに構わずより一層抱きしめる力を強くする。
『ひぎっっ!?』
正確に言えば、握り潰す勢いで力を籠める。
エクレールが奇妙な呻きを上げようが知ったこっちゃない。
『痛い!痛い!痛い! ちょっとぉ!! 痛いから! 潰れちゃう! 私のスペシャルセクシーボディがぁぁぁぁ!!』
『うるせぇ! お前絶対ワザと黙ってただろ!? 俺がどれだけ心配したと思ってんだよ!!』
『ごめん! 謝るから! ちょっと寂しそうにしてるのが面白くて……ぃてててっ! ごめんなさいぃぃぃぃぃ!』
エクレールが涙ながらに絶叫を上げたその時――
キィィ
不意に部屋の扉が開かれる。
そこから入って来たのはミーア。
あろうことか彼女は風呂上りなのか、バスタオル一枚だけを体に巻くあられもない姿。
濡れた髪から垂れる雫と風呂上がりで上気した顔。
そんな普段見る事のない一面を覗かせた彼女とバッチリ視線が交錯する。
「レイドさんっ!!」
俺が何か言うよりも早く、有無を言わずに飛び込んでくるミーア。
次の瞬間には寝ている俺の全身に覆い被さるようにミーアの全体重が伝わってくる。
「目が覚めたんですね。良かった……もう三日も寝たままだったんですよ?」
瞳に薄っすらと涙を湛え、心底安堵した様子のミーア。
どうやらかなり心配をかけてしまったようだが……、
「あ、あの……ミーア……さん」
顔が……顔が近いですよ……。
それにあなた今ほぼ裸……。
しかし、気にしてないのか気づいていないのか、ミーア自身はそんな事はお構いなしに俺から離れようとはしない。
「本当に良かった」
まるで俺の存在を確かめる様に強く抱きついてくるミーア。
純粋に心配を向けてくれる彼女に煩悩だらけの自分が嫌になる……。
「心配かけてごめん、もう大丈夫だから」
濡れた髪をそっと撫でる。
少しは安心してくれたのか、抱き着く力が少しだけ和らいだ。
『へぇ、私に振られた直後に他の女に手ぇ出すんだ?』
『振られてないし! 手も出してないから!』
なんで振られた事になってんだよ?
しかも俺は頭を撫でただけだ。
『据え膳食わぬは?』
『男の恥……って何言わすんだよ!? 別にミーアは俺を心配してくれてるだけだろ! そんな不純な考えしてんじゃねぇよ!』
『ほう、この状況で鈍感系主人公を気取るのね。いいわ、レイドのリリアへの想いと男の欲望、どちらが勝つか見せてもらおうじゃない!!』
言ってる意味が分からない。
その思いを口に出すより早く、エクレールは俺の体を勝手に動かしはじめる。
「れ、レイドさん!?」
俺の腕はエクレールによってミーアを抱きしめ返す形に……。
尚も勝手に動く手はミーアの背中を優しく撫でると、
「あっ……」
小さく漏れるミーアの吐息。
より強く感じるミーアの肢体の柔らかさ、そして漂う石鹸の香り。
調子に乗ったエクレールはミーアの反応を楽しむ様に、艶やかな指使いで全身を軽く撫でまわす。
『ちょ! エクレール! お前何やってっ!?』
『大丈夫、この子も満更でもなさそうよ?』
そこには頬を紅潮させながらも離れようとはしないミーア。
いや、どちらかと言えば抱き着く力が強くなり、吐息は徐々に荒さを増している。
「ぁの……私……その……初めてで……優しく…………してくださいね」
耳まで真っ赤になったミーアが潤んだ瞳でそっと呟く。
駄目だから! この状況でそのセリフは駄目だから!
理性が! 理性が吹き飛ぶから!
『見届けさせてもらうわよ、レイドの想いが本物か。もしリリアを裏切れば……今からあなたの卒業式を実況生中継しちゃうぞっ!』
悪魔の声が、俺の頭に響き渡った。
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