16 side勇者 ~リリアの憂鬱と崩壊計画 その1~
勇者側のリリア視点のお話
時系列的には第一話でレイドと別れた後になります
「はぁ……」
気分は最低最悪です。
レイドの辛そうな顔……それが頭から離れず、溜息が止まりません。
「どうしたんだい? ため息ばかりついて」
そう言って空になったコップに温かいお茶を注いでくれるのは宿屋の女将さん。
ここは宿屋に併設された居酒屋兼食堂。
ついさっきレイドと別れた私はここでパーティーメンバーが起きて来るのを待っています。
「ちょっと……色々ありまして……」
「そうかい、話したくなったらいつでも聞くからね」
内輪事を外に出す訳にもいかず、曖昧な答えで濁すしかないわたしでしたが女将さんは優しく微笑んでそう言うと颯爽とこの場を去りました。
素敵な人ですね。
わたしも魔術師なんかやめてレイドと宿屋でも始めようかしら?
そんな夢物語を考える事……
どれくらいの時間が過ぎたでしょう?
少なくとも既に二時間以上は待たされていますね。
これだから家柄だけで選ばれた勇者は……。
勇者としての責務を全うするどころか、その地位を利用して我が儘放題。
あまつさえレイドを追放するなんて正気の沙汰ではありません。
あいつらはどれだけレイドに支えられていたのか全く分かっていないのです。
あぁ……抑えていたイライラが止まりません。
もちろん追放を阻止できなかった自分の不甲斐なさにも苛立ちますが、諸悪の根源は…………やっと起きてきたこいつらです。
「おはようリリア。目覚めの良い朝だね」
そう言ってわたしの前に現れたのは、イキリ勇者、無能ゴリラ、脳筋ビッチの三馬鹿トリオ。
「朝からレイドがいないと目覚めもスッキリだな!」
五月蠅いのはお前だ。黙れゴリラ。
だいたい今何時だと思ってるんですか?
もうお昼前ですよ?
いつも起こしてくれてたレイドがいなくなった途端にこの体たらく。
わかってはいましたが初日からこれでは先が思いやられます。
「そうね、久しぶりに朝からゆっくり出来たし気持ちのいい朝だわ……ギジルは激しかったけど」
「おいおい、僕のベッドに潜り込んできたのはセルカだろ?」
「だってぇ~我慢できなかったんだもぉん」
…………。
死ね。
わたしはレイドと手だって繋いだ事が無いのにぃぃぃぃ!!!
呪ってやる!
呪ってやるわ!
魔術師教会に秘匿されていると噂の呪いの禁呪。
それを使ってお前らの下半身を呪ってやるわよぉぉぉぉぉぉぉ!!
…………はっ!?
失礼、取り乱しました。
こいつらには知る由もありませんが、わたしがさっきどんな思いでレイドと別れたか……。
レイドは笑って許してくれましたが、きっと心は傷ついたままです。
叶うならそばにいたかった。
俺について来いと抱きしめて欲しかった。
魔術師教会のしがらみも魔王の脅威も全部かなぐり捨てて一緒に居たかった。
その想いを押し殺してわたしここにいるのに……!
「朝からお盛んで羨ましいねぇっ」
黙れゴリラ。殺すぞ。
「はははっそう言ってくれるなよ。それじゃあ、朝食を摂ったらダンジョンへ行こうか」
爽やかな笑みでも浮かべているつもりなのでしょうが、わたしから見ればギジルのそれは生ゴミにたかるハエにしか見えません。
だいたいもうすぐ昼ですから。
冒険者の基本は早朝から日が暮れるまで。
夜は魔物が活発化します。
なので昼からのダンジョン攻略は時間的にも非常に非効率ですし、一つ判断を間違えれば活発化した魔物に襲われる可能性も高くなります。
レイドはそのことを考慮して無理のない様に毎日のダンジョン探索プランを立てていましたが、こいつらにはその基本すら覚えている節はありません。
それに、
「ダインジョンへ入る前にクエストの受注が必要ですけど誰か受けてるんですか? いつもはレイドがしてくれてましたけど」
「「「…………」」」
わたしの言葉に沈黙しかない三人。
気まずそうに目を彷徨わせてます。
知ってましたけどね。
いつもは朝早くからレイドが危険度と報酬を天秤にかけて最適な依頼を選定してくれていました。
朝早い理由は簡単でその時間に大量の依頼が出回るからです。
なのでこの時間からギルドに行ったところで余り物の割の悪い依頼しか残っていません。
「そ、そうだね。まずはギルドへ行って依頼を受けよう」
生ゴミ……じゃなくてギジルが首を縦に振りますが、極論を言えばギルドに行かずとも手当たり次第に見つけた魔物を狩って討伐証明さえ出せばそれなりの報奨金は貰えます。
依頼があるのは需要があるからで、多少報酬に色がつくからです。
したがってわざわざ割の悪い依頼を受けに行かずともよいのですがここは黙っておきましょう。
少しはレイドのありがたみを肌で感じなさい。
「やぁ、ミーア。今日も綺麗だね」
ギルドへ着くなり開口一番受付のミーアさんへと迷惑行為を開始した生ゴミ……じゃなくてクズ……じゃなくて勇者(笑)。
「こんにちは。クエストの受注でしょうか?」
華麗にスルーしたミーアさん、正しい反応だとは思いますが……。
少し雰囲気がいつもと違いますね。
基本的に受注も納品もレイドと私がしていたのでギジルは滅多にギルドに来ることはありません。
しかし裏を返せば稀に来る事はあります。
その時も同じように口から汚物を垂れ流していましたが、ミーアさんは美人で人気の受付嬢、慣れているのか笑って流していました。
ですが今回は前回とは明らかに違う。
隠しきれない刺々しさを感じます。
それはまるで仕事だと割り切ってるつもりでも割り切れず溢れる嫌悪感。
わたしの中の女の勘が囁きます。
ミーアさんは怒っていると。
しかも、その理由はレイドの事で。
恐らくはレイドがクエストを受けにギルドへ来たのでしょう。
その時に事情を聞いたのかもしれません。
何気にレイドとミーアさんは仲が良いですからね。
実は密かにわたしがライバル認定するぐらいには。
レイドは朝夕に受注と納品でギルドを訪れますが担当はいつもミーアさん。
これはレイドが狙ってミーアさんの所に行くのでは無くミーアさんが勇者パーティ担当だからです。
そしてなんの因果かこの二人は悔しい事にはた目からみてもウマが合ってます。
恋愛に発展するしないはさて置き人間的に波長が合うのでしょう、お互いいつも穏やかに笑っている印象です。
<救世の銀翼>は仮にも勇者パーティーなのでギルド側からすれば貴重な存在、何度か開かれたお酒の場でもミーアさんはいつの間にかレイドの隣に居ますからね。
わたしに見せる笑顔とは違う種類の笑みを浮かべるレイドを見て何度ハンカチを嚙み千切った事か。
「クエストもそうだけど、今度ゆっくり食事でもどうかな?」
は?
こいつは何をしにギルドへ来たのでしょう?
ミーアさんの静かな怒りに気づかないのは百歩譲っていいでしょう。
こいつに繊細な女心が分かるはずもないですし。
ですがこの状況でナンパですか?
勇者としての自覚は無いのでしょうか?
「お断りします。依頼を受けるのであればクエストボードから選びお持ちください」
そう言って目線だけを動かしギジルを促す。
言外にあっちに行けと言われているようなものですが、勇者(笑)がそれに気づきはずもなく、
「つれないなぁ。なら僕の勇者パーティーに入らないか?」
はい?
食事もダメなのにパーティーに誘うの?
バカなの?
ってかレイドを追放しといてどの口が言ってるんですかね?
「お断りします。依頼を受けるのであればクエストボードから選びお持ちください」
まるで焼き増しの様に一語一句違う事無く繰り返すミーアさん。
そこには一切の感情を宿していない空虚な瞳。
しかして、勇者(笑)の称号を持つ男は伊達ではありませんでした。
「【天焔の魔眼】を持ち、<紅極の戦姫 ミーア・ローウェル>と呼ばれた君の勇者パーティ加入を認めようじゃないか!」
まるで都合の悪いことは聞こえない様に設定されているのか、一人で勝手に盛り上がる生ゴミ。
どれだけ脳が腐れば断ってる人を上から目線で認めるなんて言えるんでしょう?
ただ、ミーアさんの過去には何かありそうですね。
紅極の戦姫……ここ一年近くは聞く事の無かった名ですが、それ以前は嫌でも耳に入って来る程の有名人。
まさかミーアさんがそんな高名な冒険者だったなんて驚きですが、そんな方がどうしてギルドで受付嬢を……?
「お断りします。依頼を受けるのであればクエストボードから選びお持ちください」
三度、今度は静かであれ明確な怒りを持ってミーアさんは呟きました。
色々と気にはなりますがこれ以上は本当に迷惑ですね。
わたしはクエストボードへ走ると適当な依頼票を数枚手に取り、ミーアさんへと渡します。
「ご迷惑をおかけしてすみません。これでお願いします」
なぜわたしがゴミの為に謝らなければならないのか釈然としませんが、ここはグッとがまんです。
「4件ですね。受理いたしました、どうぞお気をつけて」
最後まで表情を凍らせたミーアさんに会釈し、わたしはギルドを後にします。
ミーアさんの対応が気に入らなかったのかダラダラと文句を垂れながら歩く三人。
普通に考えてギジルの発言に怒りもせず流してくれただけ十分に人格者だとは思いますが、爪の垢にも満たない脳ではそれが理解できないみたいですね。
本当に文句だけは一人前です。
それ以外はミジンコですが。
はぁ……。
この愚図共、ちんたらしてないでさっさと歩いてくれませんかね。
こんなペースじゃ日が暮れちゃいますよ?
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