15 バカ野郎
ミーアの声に振り向けば、苦痛に顔を歪めつつも準備を終えたと首肯する姿が目に入る。
炎の様に赤い闘気をその身に纏い、放たれる覇気は魔人以上。
右眼を赫く輝かせ、手には生きた炎とでも形容すれば良いのか暴れ狂う様に蠢く黒炎を必死で抑えつけていた。
「ただ、ここだと街にも被害が出てしまします! 可能な限りもっと上空に誘い出して欲しいです!」
険しい顔でなかば叫ぶようなミーアに一切の余裕は見られない。
今でさえ地上50メートルは下らない高度に位置しているにも関わらず、これ以上の高さを求めると言う事は……その威力推して知るべしと言ったところか。
「わかった! どうにかしてみる!」
加えてミーアの表情から察するにそう時間もかけていられない。
俺は返事と同時に行動を……縋る様なお願いを開始する。
『エクレール! さっきのバインドもう一度行けるか!?』
『出来る出来ないで言えば出来るわよ。さっきも言ったように生命力を削ればね』
『5秒バインドでどれくらい生命力は削られるんだ?』
『あれぐらいなら数日寝込めば大丈夫よ』
数日寝込むだけ……。
命に比べれば随分と安い対価だ。
『ならそれで頼む!』
『良いけど、反動は甘く見ない事ね。生命置換で魔法を打てば恐らく1分もしない内に気を失うわよ』
『マジかよ…………でも迷ってる暇はねぇ! 合図したら頼むぞ!』
『あんまり気は進まないけど……仕方ないわね!』
「ミーア! これからやつを上に放り投げる! その瞬間を狙ってくれ!」
「わかりました! お願いしますっ!」
やる事は単純明快。
やつを拘束し、上に向かってぶん投げる。
瘴気は……、
息吸わなきゃだいじょぶだろう……たぶん。
「これで終いだ。根性見せろ」
自分で自分に言い聞かす様に活を入れる。
俺は踵を返す様にルクセリアの元へ戻ると、そのまま一直線に瘴気の渦へと突っ込んで行く。
「悪巧みしてる顔ね」
瘴気の渦に囲まれ佇むルクセリア。
もう痛みは引いたのかその顔には余裕の笑みを覗かせる。
「生きるために必死なだけだよ」
そう、生きる為にはこの魔人を拘束し空へと投げ飛ばす事が必須条件。
だがしかし、余裕を取り戻した魔人相手では馬鹿正直に真正面から魔法を放っても避けられるのが落ちだろう。
ならばどうするか。
答えは簡単だ。
ハッタリでも小細工でも何でもいい。
力で勝てないなら頭を使えばいいのだ。
「この一撃で決める」
まるで最後の大勝負に出る様な気迫を纏い、俺は宣言する。
「この刃がお前を貫けば俺の勝ち、貫かなければお前の勝ちだ」
思わせ振りに短剣を構えると、僅かに警戒を強めるルクセリア。
「対魔族消滅強化の魔法を施した。いくら魔人のお前でも確実に死ぬ」
「フンッ、何かと思えばこの期に及んでハッタリとはね。その剣からそんな魔力は感じない、興醒めもいいところだわ」
「そう思うなら受けてみろよ。アンタ自身が疑った『何者』からの一撃を」
「…………」
ジリジリと伝わってくるルクセリアの迷い。
「行くぞぉ!」
大声を張り上げ意識を強制的に短剣へと向けさせる。
体勢を低くし、今まさに飛び掛からんとした動きを見せた直後、
「くらいやがれっ!」
ルクセリアに向かって俺は全力で短剣を投げつけた。
「なっ!?」
俺に遠距離攻撃は無いと踏んでいたのだろう。
恐らくやつの思考では斬りかかってきた俺の一撃を防ぐか避けるかで葛藤があったはずだ。
だが俺の狙いはそこじゃない。
短剣に仕掛けが施してあると意識させれば否が応でも警戒せずにはいられない。
そのための嘘。
唯一の武器を投合する暴挙に驚きつつも、本能故か迫り来る短剣を回避すべく半身になったルクセリア。
このままでは回避されて終わり。
しかし、これこそが俺の狙い。
やつの意識が回避に集中している今なら、
『エクレェェール!』
『すぐ意識は飛ぶだろうけど、ちゃんと気合で放り投げなさいよ! それと、生命力まで使っちゃたら私もどうなるか分からないわ……ひょっとしたらこれでお別れかもね!』
『は!? お前消えるのか!? このタイミングでそんな大事な事言ってんじゃねーよ!』
『あれれ? 寂しいの? 寂しいの? 嬉しい事言ってくれるじゃない。お互い生きていたらまた会いましょう』
「拘束光帯!」
混乱する俺の思考とは裏腹に放たれる光の帯。
それは短剣に追従するようにルクセリアへ高速で接近すると、たちまち体の自由を奪う。
「なっ!?……」
動揺を浮かべるルクセリア。
エクレールの事は気になるがこの命がけの数秒を無駄には出来ない。
「ぶっっとびやがれぇぇぇぇぇ!!!」
俺は両手でルクセリアの頭を掴み上空へ向かって急加速、その勢いのままジャイアントスイングよろしく三回転半の勢いをつけて空高く放り投げる。
「ミーア! 今だ!!」
直後、俺の声に応える様に世界が赤く染まった。
「魔葬焔!!!」
ミーアから放たれた赤黒いエネルギーの奔流。
それは放電現象をも発生させルクセリアへと直撃すると極大の爆発を巻き起こす。
さながら地獄の業火を体現したような破壊の嵐。
余波だけでも爆裂音が鼓膜を叩き、灼熱の旋風が身を焦がす。
確かに街の近くで撃っていれば街ごと更地になっていただろう圧倒的な破壊の権化。
「やったか……?」
これでもしルクセリアが生きていれば……。
まぁ、これ以上は俺が考えてもしょうがないか。
目は霞み、頭は朦朧、もう指先一つ動かせない。
体は重力に逆らう事無く、地上へ向けて真っ逆さまに落下中。
このまま地面に激突すれば俺の即死は免れなだろう。
だが、今は不思議と死の恐怖は無かった。
今更慌てふためいても意味が無い、ある意味では諦めの境地とも言える。
ミーアは大丈夫だろうか?
あれだけの魔法を放てば相当な負担がかかるだろう、ひょっとしたら俺と同じで地上へ向けて真っ逆さまかもしれないが……今は無事だと祈る事しか出来ない。
『エクレール……』
薄れゆく意識の中、呼びかけても反応は無い……。
バカ野郎……勝手に消えてんじゃねぇよ……。
あぁ……。
もう意識が……。
中途半端な離脱だがやれることはやった。
願わくば生きて目が覚めますように。
そんな事を考えながら、俺は意識を失った。
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