1 追放はいつも突然に
「レイド、君と別れるのは辛いよ、だが僕等は前に進まなくちゃいけないんだ。分かってくれるよね?」
薄っすらと隠しきれない笑みを浮かべ、言外にパーティーから出ていけと圧を掛けるのは<救世の銀翼>のリーダーでもある勇者ギジル。
話がある、とおもむろに切り出してきたギジルの言葉に俺は食事の手を止め、その言葉の意味を反芻する。
「どうして……急にそんな……」
寝耳に水とはまさにこの事だろう。
言われた事の意味を理解するのが精一杯、すぐに反論できる程の余裕は無かった。
「急ではないさ、数日前から新人を入れる話はしていただろう? その新人が決まったんだよ」
「新人の話は聞いている……でも、だからって俺が抜ける必要はないだろ?」
「大ありさ、いつまでも役立たずを置いておけば皆の士気は下がる一方だ。新人に対する示しもつかない。そもそも神から授かりしスキルが【採取】の時点で君はここに居るべき人間ではないんだよ」
役立たず……。
この勇者パーティーに入って二年間、俺がどんな思いで頑張って来たかも知らずにこいつは……。
「前衛も後衛も中途半端、唯一出来る事と言えば採取だけ。僕らはもう駆け出し冒険者とは違って採取なんて低レベルなクエストはしないんだ。ならより強い戦闘職を仲間に入れるべきだよね?」
「それは……」
悔しいがギジルの言う事も一理ある。
しかし、断じて俺は採取だけをしていたわけでは無い。
「ごく潰しはいらないのよ、これまで我慢してたけどあんた何もやってないじゃん、いい加減こっちもうんざりなのよね」
「役立たずは必要無い、当たり前の事だろ?」
「…………」
格闘家のセルカと剣士ガリューゼの容赦無い罵倒。
唯一何も言わない魔術師のリリアは俯き目線を合わせない。
「無能はもういらないんだ、これ以上は僕の口から言わせないでくれ。僕は君に自ら引いて欲しい」
長い付き合いだから分かる。
勇者ギジルはいつも自分が責任から逃れるために半強制的な選択肢を与え自らの責任逃れの材料とする姑息な奴だ。
その後始末を俺がどれだけやってきたと……。
大方今回も「レイドの意思を尊重した」なんて都合の良い話に持っていくのが目的だろう。
『勇者がパーティーメンバーを追放した』では世間的にも外聞が悪くなることを見越して。
「大体図々しいとは思わないの? <救世の銀翼>は魔王討伐の為の勇者パーティー、いつまでも雑草や石を拾うしか能の無いアンタがいるべき場所じゃないのよ。今までお情けで置いてあげてた事に感謝して欲しいくらいだわ」
ギジルの背後から鼻息荒く見下した目で罵詈雑言を並べるセルカ。
雑草や石って……回復薬作成の為の薬草も魔石や鉱石もパーティーの為の活動資金としてどれだけ貢献したと……。
「分かったよ……」
この状況で駄々を捏ねても覆る事は無いだろう。
いや、もはや駄々を捏ねる気にもなれない、と言った方が正しいか……。
「ありがとう! 分かってくれると信じていたよ!」
醜悪に歪む口を隠そうともせずに嗤うギジル。
今まで散々パーティーの為に尽くしてきたのにこの仕打ちか。
「……そうかい、ならもう話す事は無いな」
俺はそれだけ言うと席を立ち酒場を後にする。
最悪の気分だ……。
俺の二年間……。
目標だってあったのに……。
ははっ
悔しくて涙が出てきやがる。
泣いたのなんて、いつぶりだろう?
「朝……か」
どうやら俺は泣き疲れて眠っていたらしい。
一瞬昨日の事は夢かもしれないと我ながらバカな事を考えてしまったが、泣き腫らした目の違和感に現実であったと再認識させられる。
昨日は悔し過ぎてどうやって宿屋に戻って来たかも記憶が曖昧だ。
「どうするかな……」
いつもであればパーティーメンバーを起こし、あいつらが飯を食っている間にダンジョン攻略用のアイテムの準備と補充、ギルドへ行ってクエストの選定と受注、昼飯の準備、色々と忙しく……、
「もう、そんな事考えても意味無いか……」
未練が無いと言えば嘘になる。
二年も一緒に居れば思い出もあるし仲間としての情も湧く。
だがいつまでも引きづっている訳にはいかない。
心残りはあるが部屋で腐っていても無為に時間を過ごすだけだ。
「よしっ」
自分を鼓舞するように一声上げると立ち上がり、大きく体を伸ばす。
クヨクヨ考えるのはもうお終いだ。
まずは当面の生活費確保、一人でも出来るクエストを探しに行こう。
俺は重い体に鞭を打ち、ギルドへと足を向ける。
「おはようございます、レイドさん。毎朝早いですね」
まだ人気も少ない早朝から爽やかな笑みと挨拶をくれるのはギルド受付嬢のミーア。
彼女は俺達がこの街を拠点に移して数か月、随分と世話になっている人だ。
栗色の髪と端正な顔つき、何より愛嬌の良さで冒険者のみならず街の住人からも人気なんだとか。
俺と違って必要とされる人材……。
ダメだな……。
つい卑屈な考え方をしてしまう。
自分の境遇に他人を重ねたところで何の意味も無い。
むしろ虚しくなるだけだ。
俺は幾分沈んだ気持ちを隠すよう、静かにミーアへと声をかける。
「おはようミーア。今日は一人でも出来るクエストを探してるんだけど「お一人で、ですか?」まぁ……色々あってね……」
「そうですか……少々お待ち下さい。一人でも安全で報酬が高いものを集めてきますね!」
聡明な彼女は俺の表情だけで色々と察してくれたのだろう、深入りはせずに明るく仕事を全うしてくれる。
「これなんかどうですか? お一人だと討伐系は危険ですので採取をメインにしましたが報酬としては高額な依頼を選んできました」
「ありがとう、助かるよ。でもいいのか? 安い依頼だけ残ったら迷惑じゃないのか?」
「いえ! レイドさんがいつも持ってきてくれる素材は質も高く量も多いのでギルドとしては大変助かっています。なので多少の優遇は何の問題ありません」
そう言う事なら少しだけお言葉に甘えさせてもらおう。
俺はミーアが用意してくれた依頼を――
「おお! レイドじゃないか! お前、ギジルんところ出て行ったんだってな?」
――受注しかけたところで、酒焼けした喉で大声を浴びせて来たのはこのギルドのギルドマスター、ジャフア。
「……ああ、色々あってな」
この言い方……やはり俺から出て行った事にされている様だ。
しかも早朝の時点で話が回っていると言う事は、ギジルは昨日の内から話をつけていたのだろう。
「聞いてるぜ。それで、だ。単刀直入に言おう、ウチのギルドとしては勇者パーティーを抜けたお前に依頼するクエストは無い」
「はっ!? どういう意味だ!?」
「そもままの意味だ。悪いがここは勇者御用達の高ランク冒険者専用ギルドでな。お前の個人ランクはCだろう? うちはB以上の高ランク冒険者以外は受け付けないんでな。雑魚は田舎に帰って畑でも耕せばいいさ」
ニタリ、と昨日見たギジルと重なる醜悪な笑み。
こいつ……さてはギジルと……、
「そんな!? そんな話聞いた事がありません! 理由は知りませんがレイドさんが勇者パーティーを抜けたからってあまりにも横暴じゃないですか!?」
俺が何か言うよりも早く、食って掛かったミーアの声がギルド内部に木霊する。
「これはワシが決めたことだ。君が何を言っても覆らん」
「でも! それじゃあレイドさんが……」
「ミーア。もう良いよ、庇ってくれてありがとう」
これ以上はミーアの立場が悪くなる。
彼女はギルドの受付嬢として非常に優秀だ、その芽を俺が原因で潰してしまう訳にはいかない。
ギジルの目的はパーティーだけでなくこの街からも俺を追い出す事、俺の口から真実が漏れるのを恐れてジャフアに手を回したのだろう。
ソロでCランクの冒険者とAランク勇者パーティー、どちらに着けば利があるかなんて子供でもすぐにわかる。
まったく、責任逃れの為なら労力を惜しまない奴だ。
その力を人の役立つ事に向ければもっと勇者としても大成するだろうに……。
「世話になったな」
ジャフアは視界に入れず、ミーアに向けて謝罪と別れの言葉を口にする。
依頼を受ける事が出来ない以上、ここにいても意味は無い。
俺は元来た道を戻るようにギルドを後にした。
「はぁー……」
溜息を吐くと幸せが逃げると聞いた事がある。
しかしよく考えてみて欲しい、幸せな人間は溜息など吐かない、なぜなら幸せだから。
溜息を吐くのは既に不幸せな人間だけなのだ。
故に不幸な人間が溜息を吐いたところで何も変わらないのが現実。
「別の街に行くにしてもなぁ……」
昨日は分け前を分配する前に追放されてせいで取り分を貰えずじまいだ。
多少の手持ちはあるが他の街に行くための準備や乗合馬車の代金を考えると心許ない。
今更昨日の分をよこせと言うのも……。
権利としては主張できるがあいつらに会いたくない……。
それに言ったところでもう関係無いと言われて着服されるのがオチだろう。
自ら分かりきった嫌味を受けに行くのも辛いだけだ。
「ははっ……情けねぇ……」
自嘲めいた笑いが自然と零れる。
昨日までは勇者パーティーの一員として前線で戦っていたはずなのに、たった一日でパーティーを追放されあまつさえ働き口すら締め出される始末……。
先の見えない絶望感に苛まれ、俺は行くあてもなくトボトボと歩き続ける。
朝日に照らされているはずなのに、世界の全てが暗闇にすら見えてきた。
どうして俺だけこんな目に……。
あんな自分勝手な連中なんて……。
際限なく溢れる負の感情。
一瞬で心は鉛の様に重くなり、目に映る全てが真っ黒に染め上げられていく。
そして、無明の闇が完全に俺の心を黒く塗り潰そうとしたその瞬間――
「レイド!!!」
っ!!?
――唐突に叫ばれる自分の名前。
それは鼓膜に突き刺さる様な大声量の衝撃となり、暗闇から無理矢理俺を引きずり出すように体全体へと響き渡る。
衝撃も治まらぬ刹那の後、俺の体には包み込む様に優しく抱きしめられる感覚が……、
「リ、リリア? どうした? なに? なんでいきなり抱き着いてんの!? ってかどうしてこんなところに?」
頭の中がグチャグチャだ。
俺は少しづつ頭と気持ちを落ち着かせ状況を再確認する。
今抱き着いて来た……抱き着いているのはリリア。
リリア・アドルノートその人だった。
彼女は同じ……じゃないな、『元』俺の所属していた<救世の銀翼>の魔術師。
そして物心ついた時からいつも一緒にいる所謂幼馴染と呼べる存在だ。
「ごめんなさい……わたし、昨日は……何も言えなくて……見ている事しか出来なくて……」
ああ……そう言う事か。
俺は泣きながら謝罪を口にする彼女の銀髪を優しく撫でながら口を開く。
「リリアの事情は分かってるよ、だから何も気にしないで欲しい。それよりも俺の方こそこんな形で離れる事になってごめん。もう少し俺に実力があれば……」
俺の言葉に彼女はブンブンと首を左右に振って怒りを露わにした。
「レイドは役立たずじゃない! あの人たちは何も見えてないだけ! 見ようともしないだけ! わたしは知ってる、レイドがどれだけ凄いのかを! どれだけ皆の為に頑張って来たのかを!」
本人には申し訳ないが、悔しさを露わに美少女とも呼べる幼くも整った顔をぐしゃぐしゃにして涙を流す彼女を見ていると『俺がやって来た事は間違いじゃなかった』そう思えてしまい幾分心が軽くなる。
それと同時にリリアにこんな思いをさせてしまった自分への罪悪感も募っていくが……。
「ありがとう、リリアにそう言ってもらえただけでも俺の二年間は無駄じゃなかったよ」
長いようで短かった勇者パーティーとして過ごした二年。
始まりは俺達の街に勇者ギジルと格闘家のセルカが立ち寄った事。
当時15歳だったリリアは【魔術】のスキルが発現し賢者見習いとして魔術師協会に勤めていた。
彼女の家系は元々【魔術】スキルの発現者が多く、古くは大賢者を輩出した由緒正しき家系、そんなリリアを勇者パーティーへと誘うギジル。
始めは断っていた彼女だが、どこからかその話を聞きつけた魔術師協会上層部が『勇者パーティーに入れば箔が付く』と判断したばかりに、ついには折れるしかなかった。
しかし彼女は一つだけ条件を提示する。
それは俺も勇者パーティーの一員として同行する事。
時を同じく冒険者として駆け出しではあったが【採取】スキルで順調に冒険者の仲間入りを果たしていた俺はリリアの後押しもあったおかげで勇者パーティーの一員となったのだ。
思えばあの頃が一番楽しかった、見るもの全てが新鮮で冒険者としては全員が駆け出し、どんな小さなことでも皆で一喜一憂していた。
最初は上手くいってたのになぁ……。いつからかギジル達の態度は高圧的になり威張り散らす始末、何度となく注意はしたが……いや、これ以上考えるのはやめよう。考えたところで俺には何も出来ない。
ただ、俺には今回の件で唯一の心残りがあった、
「一人で大丈夫か?」
リリアの事。俺がいないパーティで上手くやって行けるか。
俺達は同時にパーティー入りしたこともあり、離れ離れになるのは初めての事だ。
「大丈夫だよ。あんなんだけど女の子には甘いし。キモいけど。どうせもう上辺だけの付き合いだもん、表面上だけ取り繕ってればいいでしょ」
「おぉ……そうですか……余計な苦労増やしてごめんね」
いつも穏やかなリリアにここまで言わせるとは……。
多少俺の事を気づかって気丈に振る舞ってくれているのだろうが、珍しさ故におっかない。
「レイドのせいじゃないわよ。それよりも……『これ』、その……わたしだと思って……じゃなくて! お守り! うちの家系に代々伝わる大切なものなんだからね、貸すだけだから! 絶対返してよね!」
あたふたと言うだけ言って俺の返事を待つことなく、首に手を回してくるリリア。
「これは……いいのか?」
俺の首にかけられたのはリリアがいつも肌身離さず身に着けていたペンダント。
ペンダントトップは六芒星を形どった真鍮製だろうか、鈍く光を反射している。
「貸すだけ、必ず直接返してよね。約束だから!」
「……分かった。必ず返すよ」
俺の返事を聞いたリリアは満足気に頷くと、
「それじゃあ、もう行くね」
少しだけ名残惜しそうにそう呟く。
そんな顔するなよ? 引き止めたくなるだろ。
「……あぁ、わざわざすまなかったな。おかげで元気が出たよ」
ついて来て欲しい、その言葉を飲み込んでリリアを見送る。
彼女には魔術師協会から勇者パーティーに派遣された賢者見習いとしての立場もある、それに俺は仕事を受ける事すら出来ない無職男。
そんな俺の我が儘で困らせるような事はしたくない。
「またね……」
その一言を最後にリリアは行ってしまった。
「ありがとう」
既に姿の見えなくなったリリア。
聞こえる事は無いと分かっていても感謝の言葉が口をつく。
リリアに元気づけて貰った分、リリアのいない寂しさが込み上げてくる。
だがリリアのおかげで立ち直れたのも事実だ。
「いつか必ず……」
迎えにいく。
そう決意した俺は無意識の内にリリアから借りたペンダントを握っていた事に気づく。
六芒星を模したペンダントトップは握ると不思議な程に心が落ち着いてくる。
リリアが癒しの魔力でも込めてくれたのだろうか?
見ているだけでも吸い込まれそうになる不思議なペンダントトップを……
ガリッッッ――――
俺は咀嚼し、飲み込んだ。
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