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ペアチケット(2006)  作者: 瑞城弥生
4/11

 午後からは二回戦が始まった。僕ら南高校電算部は第一試合に出場するから、まずは機材置き場から試合会場までマシンを移動しなければならなかった。


「お待たせしました」


 一人で準備をしていると、更衣室で着替えを済まして千尋が、香澄と戻ってきた。さすがにノースリーブのワンピースを着たままでは、マシンの設置は無理だと分かっているようだった。着替えを持ってきて居るとは聞いていたけれど、おしゃれなブランド物だったらどうしようと心配はしていた。


「どうしたんだそれ」

「似合います?」


 だけど千尋が着てきたのは紺色の地味な作業着だった。確かに名前どおり作業に適した服では在るが、女子高生が着る服ではないだろう。嫌味のつもりでワンピースより似合っていると言ったら、千尋はどういうわけか喜んだ。香澄も同じ服装だったが、こっちは何故か似合っていた。彼女はもともと器量がいい方だったし、何よりもスタイルがすばらしい。だから、作業着を着てもかっこよかった。


「おまえはかっこいいから不思議だな」

「そう? 私もわりと気に入ったんだ、これ」

「ユニフォームなんですよ。先輩の分も有りますから、早く着替えて来てくださいよ」


 千尋はブランド品のマークが入った紙袋を差し出した。中には二人と同じ色の作業着が入っている。取り出して広げてみると、その左胸の部分に『南高校電算部』と刺繍が入っていた。


「それ、関根さんの手づくりなんだってさ」


 お世辞にも上手とはいえないが、意外によく出来ている。裁縫もできるんだと感心すると、また千尋が喜んだ。高校は私服だから、おそろいのユニホームは何となく新鮮で嬉しかった。


「よく似合ってますね」


 作業着に着替えて戻ると、千尋が手をたたいて喜んだ。本当に似合っているかと尋ねてみたら、香純が小さく噴出した。


「なんだよ!」

「いやべつに」

「大丈夫です。似合ってます」


 千尋は一所懸命フォローをしたが、香純は声を押し殺して笑っていた。


「それより試合がんばりましょうね」

「そうだな。がんばろう」


 強引に話をおとめようとする千尋の後ろで、香純は声を上げて笑い始めた。


 マシンを対戦会場に運び終えて、各自セッティングを開始した。試合開始の時間までにに組み立て、接続、運転試験まで終わらせなければ不戦敗となってしまう。

 最初に起動するメインマシーンにはOS以外入れてはいけないし、ハードの仕様も制限されている。しかも使用可能なOSは「ストロベリーシロップ」だけだった。ただしバージョンの指定はされていない。

 フリーキングマッチとは相手のメインマシンを自分のより先にシャットダウンさせる競技だった。攻撃用のマシンと防御用のマシンをそれに接続して行われる。それぞれのマシンとそのプログラムの仕様はかなり細かく決められていて、それ自体で大きな力の差が出る事は無い。重要なのはそれを操作する人間の能力だった。だからフリーキングマッチは電算大会でもっとも人気があり、会場に集まる観客も多かった。

 南高校電算部の攻撃担当は一年生の関根千尋、防御担当は二年生の深田香純である。

 全マシンの接続が終わり起動準備が完了した。特に問題はなかったので相手の準備が終わるのを待った。最初の対戦相手は宿敵である区立西高校電算機研究会だ。過去の対戦成績は二勝十七敗である。南高校の完全な負け越しで去年まで十二連敗だったりする。

 だけど今年は去年までの南高校とは違うのだ。何しろ目標はでっかく優勝だったから、そのための万全なプログラムを組んできた。香澄の腕も信頼できる。千尋が少しばかり不安だけれど、不思議と負ける気はしなかった。


「緊張してきました」

「なんだよ、お前らしくない」


 千尋は初めて参加するのだから緊張しても仕方がない。だけど同じく初参戦の香純は黙ってモニターに写るスクリーンセーバーを眺めていた。こっちは別段緊張している風には見えなかった。


「深田先輩は緊張しないんですか」

「あし、わたしね緊張とかしない人なんだ。関根さんは緊張してるの」

「もうバリバリ緊張してますよ」


 緊張している人のせりふには聞こえなかったけど、先輩として千尋の緊張をほぐさなければならないと思い、電算大会の公式パンフレットを取り出した。それには各高校の出場メンバーが紹介されている。まずは西高校の紹介ページを開いてみた。


「相手は素人だな、こりゃ」

「どうしてですか」

「ほらここ」


 西高校の防御を担当する三年生は電算歴五年とかいてある。たぶん中学に入ってからはじめたんだろう。十年のキャリアがある千尋と比べたらまだまだ素人だ。電算歴十年は経歴としては長い方でもなかった。一番長い経歴は、西岡の防御担当である三浦郁美が持つ十三年だった。


「星野先輩は十二年ですか」


 四歳の時にはコンピューターで遊んでいたから、多分そのぐらいで間違いない。何時を起点にするかなんてその人によって違っていた。初めて自分で電源を入れた日から数える僕のような人もいたし、本格的にやり始めてから数える人も居る。だからその経歴は参考にもならなかった。でも、千尋を落ち着かせるために利用した。


「わたしは二年なんだけど」


 スクリーンセーバーを見たままの姿勢で香澄が横から口を挟んできた。彼女は高校に入る直前に、ある後輩に影響されてプログラミングを始めたらしいが、今では学内では誰一人として彼女の足元にも及ばない。それほど高度な技術を持っていた。でも彼女は、やっぱり人付き合いに関してはあまり優秀とはいえなかった。彼女の発言は、僕の努力を無駄にした。


「深田先輩は天才ですから」

「相手も、天才だったらどうしよっか」


 そういわれて千尋がまた落ち込んでしまった。天才といわれてそれを否定しない香澄は大物に違いない。香澄のそういうところは彼女の魅力ではあるのだけど、こういう時くらい自重してほしいと思った。仕方が無いので、もう一度フォローを試みる。


「そうは見えないぞ、ほら」


 僕は対戦相手のブースを指差した。西高校の制服は、カラーの部分が水色の白いセーラー服で、紺色のスカーフが特徴である。本来は清楚なイメージなのに、西高校の防御担当はとても派手だった。髪は中途半端に脱色されていたし化粧も濃かった。


「見かけで判断するのは危険じゃない」

「そう、だな」


 心配したとおり香澄に一蹴されてしまった。相手だって西高校の看板を背負って参加するのだ。全員それなりの技術は持っているに違いない。西高校は公立の中では情報教育に熱心なことで有名だった。だけど、そんなことはどうでもよくって、千尋の緊張を解くのが目的なのに、香澄はそんな僕の心うちを最後まで読んではくれはしなかった。

 香澄はそういうやつだと、僕は一年半で学んでいたはずだった。


「あれ斉藤先輩ですよ」


 そんな心配をも跳ね飛ばすかのように、千尋が西高校の攻撃担当を指差した。


「誰だっけ?」

「ほら、中学のとき……」


 名前を聞いてすぐに誰だか分かったのだけれど、とっさに忘れている振りをした。千尋とは中学からの付き合いで、共通の知り合いも多かった。斉藤聖子もその一人で、中学時代は同じパソコンサークルに所属していた。腕のいいプログラマーなんだけれど、性格的な相性が悪かったので僕とはいつも喧嘩をしていた。対戦相手としては申し分ない実力の持ち主だったが、彼女が選手としてこの競技に出ているとは思わなかった。西高校は選手層も厚いから、目玉競技に二年生がエントリーされるはずは無いと思っていたのだ。それは多分彼女の腕がずば抜けているからに違いなかった。


「おーい、星野直樹!」


 正直なところ彼女とかかわりたくは無かった。でも、その願いは叶わなかった。聖子はこちらに気付いて手を振っていた。相変わらず大きな声で呼ぶものだから、観客が一斉に彼女を見た。


「今年も勝たせていただきますよ」


 聖子は両手を腰に当て女子高生らしからぬ怪しい笑い声を上げていたが、先輩らしき男に殴られて静かになった。


「なに、あれ」


 香澄が初めて画面から目を離し、対戦相手のブースを覗いた。


「西高校の攻撃担当だよ」

「あれが?」 


 そう思うのも無理は無い。彼女を知っている自分でも、そういいたい気分だった。


「あんな奴でも、腕は確かなんだよ。多分僕より技術は上だろうな。二年生で選手に選ばれるなんで、西高校では異例なことだしね」

「まじで」

「まじです」


 確かに聖子は、一般の女子高生にしては高い技術を持っている。差しで彼女と勝負したら勝てるかどうか分からない。いや、僕の力なら絶対に勝てないだろう。それでも彼女は重大な欠点を抱えていた。


「斉藤さんが攻撃担当なんですね。西高は結構強いんじゃないですか」

「どうだろうな」


 一回戦の様子を千尋から聞いた限り、独特な攻撃で相手を混乱させ、それに乗じて攻め込むのが彼女の戦略のようだった。それは昔から変わっていない。香澄にはそういった戦略は無意味だから、同じ手で負けることは無いだろう。

 それにしても、彼らは手際が悪かった。どう言うわけかセッティングに手間取っているようで、まだコンピューターを起動できる状態にもなっていない。

 勝てると思った。

 手際が悪いから弱いと言うわけじゃ無いけれど、この競技でチームワークは重要だ。聖子の自分勝手な性格が中学のときから変わってなければ、その相棒はよほどでなければ務まらない。しかし西高校のブースからは、攻撃担当である聖子と防御を担当する三年生の言い争う声がこちらまで聞こえてくる。そもそも彼女は団体戦に向いていないのだ。

 それが彼女の欠点だった。

 結局、試合開始の三十秒前になって、西高校はやっと準備完了の合図を審判に送った。


「なんだ間に合ったの。残念だな」


 試合開始時間までにマシンの設置が終わらなければ不戦敗、という規定があった。


「えー、不戦勝はもういいですよ」

「やっぱり好きなんだ、戦闘」

「それは違いますって」


 口では残念だとは言ったけれど、香澄はうれしそうだった。僕も因縁の対決がそんな終わりかたでは納得できない。出来れば完璧に打ち負かしてやりたいと思っている。西岡と対戦する前の腕試しも必要だった。

 だから僕はわくわくしていた。

 香澄は静かに笑っている。

 千尋も緊張がほぐれたようだった。


「両者スタンバイ」


 審判の言葉を合図に回線を接続する。

 OS標準搭載の防御ソフトが反応をはじめた。


「プログラム起動」

「了解」


 モニターにコンソールを表示させ、プログラム起動のコマンドを入力する。ものすごいスピードで流れていくアルファベットのメッセージは、順調に起動している事を示していた。最後にOKの文字が表示され、戦闘準備は完了である。


「起動完了です」


 審判にそう告げたのは、相手とほとんど同時だった。


「さてと。準備はいいですか、深田先輩」

「さっさと片付けるよ」


 静まり返った会場に緊張が走る。

 僕は作業着の腕を捲り上げ気合を入れた。メインコンピューターが担当だから、試合が始まってしまえば香澄と千尋に任せるしかない。それがとっても歯がゆかった。

 試合開始の笛がなる。


「区立南高等学校電算部一年、関根千尋。いっきまーす」


 千尋が攻撃をはじめた。僕の目の前にあるモニターでも彼女の打ち込んだパラメーターを見ることが出来た。もちろん相手の攻撃もある程度は監視できる。


「来たぞ」

「了解」


 相手の攻撃がものすごい勢いで香澄の防壁に突っ込んできた。相手の攻撃パターンを解析し、防御

パラメーターを変更しながら応戦する。千尋も負けじと相手に更なる攻撃を仕掛けていた。

 フリーキングマッチは、コンピューターがはじき出したシュミレーションの演算結果を瞬時に判断して、それぞれのパラメーターを適正なものに変えて行くという、集中力と判断力がとても重要な競技だった。


「深田先輩、どんな感じですか?」


 競技中は手を止める事は出来ないし、モニターから目も離せない。それでも口だけは動かせた。


「あの人、腕は良いみたいね」


 西高校の攻撃担当は聖子である。彼女の腕は中学のときから上級クラスだ。この二年でさらに腕を上げたようだった。それでも特級クラスの香澄を破る事は出来ないだろう。

 負けることは絶対に無い。それでも西高校に勝つには相手の防御を突破しなければならなかった。

 経過時間を示すデジタルカウンターが五分を超えた。最速記録は五年前に西高校が出した四分五十四秒である。その記録には及ばないが、六分以内で勝負を決めたかった。


「関根、後一分だぞ」


 簡単に勝負が付くと思っていたが、相手の防御は思った以上に硬かった。防御は攻撃より高い技術が必要である。聖子の場合は性格的に防御が不可能だから仕方なく攻撃を担当しているのだと思っていたが、西高校の防御担当は十分に力がある人物だった。さすがである。


「分かっています」


 千尋がパラメーターの変更速度を少しずつ上げていく。そのキータッチは見事なものだった。西高校が選手層の厚さで勝負なら、うちは少数精鋭だ。千尋クラスのプログラマーは西高校にもそうは居まい。

 下二桁が三十二に変わったとき、カウンターの数字がぴたりと止まった。


「やったのか?」

「そうみたいね」


 目の前にある赤い回転灯が勢いよく回り始め、場内から拍手が沸き起こった。


「やりました、先輩!」

「やったな」


 握手でもしようと近づいたら、いきなり千尋に抱きつかれた。あまりにも突然だったから、危うく倒れるところだった。


「おい、千尋」

「関根さん。時と場所はわきまえた方がいいんじゃないかな」


 何をしているのか気付いた千尋の顔が次第に真っ赤に染まっていく。抱きついていた彼女の腕が緩んだかと思うと、今度は勢いよく突き飛ばされた。バランスを崩して背中から床に倒れると同時に観客の笑い声が聞こえてきた。


「ご、ごめんなさい」

「いや、大丈夫だから。ほら、撤収するよ」


 必死に謝る千尋を促しながらメインマシンの電源を落とした。香純はすでに片づけを終えて、千尋の下敷きを団扇にして仰いでいる。冷房が入っているとはいえ、高性能のコンピューターとすし詰めに近い観客のおかげで、部屋の中はかなり暑くなっていた。


「お疲れ。よくやったね」

「いいえ、まぐれですよ」

「まぐれでも勝ちは勝ちよ」


 香澄は千尋の頭を優しく撫でてから自分の機材を運び始めた。西高校のブースでは、聖子が後片付けもしないで悔しそうに頭を抱えている。


「斎藤せんぱい!」


 今度は千尋が手を振った。


「お疲れ様でした!」


 聖子は顔をあげると千尋を睨み付けた。


「覚えてなさいよ、星野直樹!」


 彼女は持っていたキーボードをテーブルに叩き付けた。壊れたキーがそこいら中に飛び散って、彼女はまた先輩に怒られた。

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